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動乱
64話
しおりを挟む夜も更け、あたりは窓の外は真っ暗だ。飛龍は執務室で黙々と書簡の山と格闘している。期せずして自分が皇帝となった時の予行演習ができていることになんとも言い難い感情になる。
今までも手を抜いていた訳では無いがいかんせん量が急激に増えている。これでは息抜きに蓮花会いに行こうにも時間が取れない。
「ふう……」
長時間書簡と向き合って霞む目頭を押さえてため息をつく。
飛龍は改めて父、泰龍の偉大さをしみじみと実感する。父は涼しい顔をしながらこれを毎日こなしていたかと思うと自分の未熟さがまざまざと見せつけられる。
通常の業務と根回しをするのは流石に業務量と体が割に合わないので王琳にも一部仕事をお願いしている。
それでもやはり体に蓄積する疲労が誤魔化せなくなってきている。
しかしこうやって苦労している甲斐もあり着々と敵のしっぽを掴む準備も進んでいるので飛龍は気持ちを切らさないようにしなければ、と言い聞かせる。
皇帝が倒れたという一報は思ったよりも効果を発揮していた。飛龍達が予想していた者達だけではなく、表向き中立だった者達の中にも怪しい動きをしているもの達がいたので動向を注視するよう部下に指示を出している。
一通り処理を終え筆を置く。筆を離しているはずなのにまだ筆を手に持っている感覚が残っている。飛龍は固まった手を解しながら机の端の方に置いておいた一枚の紙を広げる。
そこには震えた泰龍の筆跡で文字が書かれていた。
【次期皇帝、第一皇子の正妃選びのため宴を開催すること。開催はひと月後】
この前の宴は親睦会という名目だったが、次はとうとう表向きも正妃探しになっている。
脳裏ににやにやと笑う泰龍の顔が思い浮かんだがそれを消すように軽く首を振る。
飛龍は自分も父と母のように比翼連理の妻を見つけることができるのかその未来が今まで全く思い浮かばなかった。
泰龍の貴妃である紫僑は表向き飛龍に害を成すことは無かったがひしひしと感じる悪意。飛龍は子供ながらに女というのは恐ろしいものだと感じていたようにも思う。
異母兄弟の紅龍は小さな頃よく飛龍の後をついてまわりなんでも真似をしたがった。
庭にある大きめの池で落ちていた小石で水切りをしていると、真似をしようとした紅龍が大きな石を水に落とし跳ね返った水しぶきでびしょびしょに濡れたこともあった。
しかしそうやって飛龍と紅龍が仲良くしていると紫僑はにこやかに紅龍を連れていった。
紅龍が必死に伸ばした手を掴もうと飛龍も精一杯手を伸ばしたがそれは繋がれることなく二人の距離は開いていく。
飛龍が自分の無力さを感じたのはそれが初めてだったかもしれない。
それから飛龍は次期皇帝として、守るべきものを守れるよう武術や知識を身につけた。
次こそは自分の手で家族を守って見せる。飛龍はその一心で今踏ん張っている。
首をひと回しして再び飛龍は筆をとった。
その日、飛龍の自室から蝋燭の火が消えることはなかった――。
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