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動乱
65話
しおりを挟む皇帝が倒れてから早二週間が経過した。皇后は皇帝の看病につきっきりで当たっているらしい。息子である第一皇子も第二皇子も二日に一回は見舞いに足を運んでいる。
唯一の妃である紫僑は皇帝のために実家の財力を使い効き目のありそうな薬を探しているとか。
宮廷内には日々皇族たちに関わる噂が流れ続けた。
正妻と側室、子供たちが慌ただしくするほど宮廷内は不穏な空気に包まれる。
紅龍は父に見舞いの品である本を渡し部屋を出る。そこには湖玉がいた。紅龍が歩き出したのに習って半歩斜め後ろを着いて歩き出す。
「先に戻ってても良かったのに」
「大事な主である紅龍様を置いて行くなど有り得ません」
ばっさりと言い返す湖玉になんだか恥ずかしいようなむず痒い気持ちになりながらもその様子を見せないように歩き続ける。
「陛下にはお渡し出来ましたか?」
「うん、喜んでらっしゃったよ」
そう笑った主の顔を湖玉が盗み見ると、取り巻きたちに見せるような冷たい笑い方をしていた。
紅龍が生まれた頃から仕える湖玉はこんな笑い方をさせてしまう道を歩ませてしまった後悔の念がじわりと滲み出る。
今でも大人とは言えない年齢だが、もっと幼少の頃はただ愛情を求める純真な子だった紅龍。母から暴力を振るわれ身も心も壊れそうだった時、自分はただ手当をして慰めることしか出来なかった。
紫僑に何度逆らおうと思ったことか。しかし下手に逆らうと紅龍皇子付き武官という立場を奪われてしまいかねない。湖玉はもどかしい気持ちでどうにかなりそうだった。
そんな時紅龍の心を救ってくれる存在が出来た。それからは紅龍はみるみる元気になり、本来の朗らかな姿を取り戻すのを目の当たりにした。
紅龍を救ってくれたお方達は湖玉にとっても恩人そのもの。そのお方達に助力する事で紅龍が救われるのなら、喜んで修羅の道だって歩こうと何年も昔に湖玉は誓決めた。
今こそ、その恩に報いる時。自分の命を賭してでも主の助けとなろう、湖玉はそう強く誓った。
物思いにふけっていた湖玉は突如立ち止まる主に、思考を現実に戻す。紅龍は前を向いたまま口を開いた。
「僕の心はもう定まっている。父上にあの本を渡した時にそれは確実になった。湖玉は……。湖玉だけは最後まで僕と一緒にいてくれる?」
ハッとした湖玉は微かに震える主の肩に気付き唇を噛み締める。そして主の正面に周り跪く。まだまだ小さなその両手を握りしっかり目を見つめる。
「もちろんです、紅龍様。私の人生は貴方様を一生の主だと心に決めた時から、命尽きるその時まで共にあると定まっているのです」
湖玉の言葉を聞いて紅龍は少しの間ぎゅっと目を瞑り、ありがとう――と絞り出すような声で湖玉に伝えた。
それは守り続けていたありのままの十一歳の少年の本心がむき出しになった瞬間だった。
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