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宴
83話
しおりを挟む蓮花が飛の文を受け取った三日後、つまり宴の当日がやってきた。蓮花は給仕係の服に着替え、集合場所へと向かう。
何人かの給仕係か既に集まっており、その中に奏子もいた。奏子は蓮花に気づくと手を振り近づいてくる。
「とうとう本番だね! どう、緊張してる?」
「してるに決まってるじゃない! 何もヘマをしなければいいんだけど……」
「蓮花なら大丈夫だよ! 想定外のことが起こってもこの前みたいにきっと対処できるわ」
蓮花は笑顔でそう言ってくれる奏子に嬉しく思いながら、緊張する体を解すように深呼吸する。
第一皇子様はどんな方なのだろうか。急に父である皇帝が倒れたのにも関わらず次は正妃選びをしなければならない。
今の所皇帝が倒れてから施政体制が崩れたとは耳にしない。それは第一皇子がきちんと空いた穴を埋めているからなのだろう。
そんなきっちりした人の給仕係となっては気が抜けない。蓮花の頭の中に飛の言葉が蘇る。
心の余裕は仕事の余裕。つい固くなってしまいそうになる体から余分な力が抜けていく。
給仕係が全員揃った事を確認した上官からみんな持ち場に着くように指示される。蓮花も第一皇子の席の元へと向かった。
皇族の席、それも今日の主役の席ということもあり第一皇子の席はより一層豪華だった。
蓮花は持ち場に着くなり置かれている備品に過不足がないかを確認する。箸や匙の数、銀が錆び付いていないかを見る。特に異常はなさそうでひとまずほっとする。
そろそろ開始時刻が迫っているので、蓮花は順番を頭の中で確認する。
会場はこの前の所と基本的な流れはこの前の宴と同じだ。最初に令嬢五人が入場し、次に高官達が五人、そして最後に皇子。この前と違うのは高官が出席するという所。
正妃を決めるということは時代の皇帝の横に立つものを決めるということ。高官達の目から見てもふさわしいと思えるような人がなるようにという思惑があるらしい。
令嬢達は演目を行う際に皇子に近づくことが出来るので、皇子の近くの席に高官を配置している。
令嬢の席を皇子の横に配置すると両隣に当たる人がどうしても目に入る機会が多くなってしまい、公平性に問題があるということでその配置となった。
円形の会場をしっかり見回し実際の状況を確認する。蓮花があとの確認漏れはないかと考えていると鈴の音が響き渡った。入場の合図だ。
しずしずとご令嬢達が順に入ってくる。その中に綉礼を見つけて思わず蓮花の口角が緩む。
相変わらず綉礼はこの距離から見てもとても美しく、他のご令嬢から頭一つ飛び抜けていた。
綉礼に蓮花が第一皇子の給仕係になったことは伝えていたので、綉礼も蓮花に気づいたのかこちらを見て頷いたのが見えた。
やはり知り合いの顔を見ると落ち着くもので、鈴が鳴ってから再び緊張していた心が少し落ち着く。
ご令嬢達が席につき、一呼吸置いて高官達が入ってくる。やはり長年宮廷を仕切っている者達ばかりのため、持ち合わせた威厳が滲み出ている。その中には父、王林の姿もあった。
王琳は席につきちらりと蓮花を見た。傍目から見ても普段と違い緊張した面持ちの娘の姿を微笑ましく思いながら、これから起こる事を考えると心配にもなる。
しかし王琳はそんな様子を見せないよう娘に笑顔を見せた。
蓮花は父がこちらに笑いかけたのを見て軽く頷いた。父がそばに居てくれる、それだけでこんなに心強くなるとは。蓮花は自分もまだまだ子どもだなと心の中で苦笑する。
高官が席につき、蓮花のそばにある扉が開いた。とうとう第一皇子が入場する。高官と令嬢は立ち上がり、給仕係は跪き皇子が席に着くのを待ち構える。
落ち着いたはずの鼓動がまた激しくなる。これからは失敗は許されない。しっかりするんだ、と自分に言い聞かせた。
そして足音が徐々に近づき蓮花の横を通り過ぎる時、蓮花は閉じていた目を思わず見開いた。
そんな、嘘……。この香りは――。
動揺が頭の中に広がる。その香りはつい三日前、嗅いだばかりの香りだった。忘れるはずがない。
その人が席についた後、周りの給仕係が立ち上がる。いつまでも跪いてもいられない蓮花は恐る恐る立ち上がり顔を上げた――。
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