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宴
89話
しおりを挟む虎州の令嬢は演奏を終え、一礼するとさっさと袖に引っ込んでしまった。彼女自身はもしかすると妃の地位には興味は無いのかもしれない。
その後、料理も演目も順調に進みそろそろ終盤に差しかかろうとしていた。
最後の甘味の前に食後の酒が注がれはじめ、舞台には舞い踊る妓女たち姿がある。高官たちはその姿を肴に酒を楽しむ。
ふと蓮花は食後酒を注いでいるのが宇民だということに気付き驚く。最近姿を見ないと思っていたがこんなところで見かけるとは予想外だった。
心なしか少し痩せたように見える。しかもやつれたと言ってもいいほどの様子だった。
怪訝に思いながらも主菜の皿を片付ける。
皿を下げようと飛龍の前に手を伸ばした時。さらに伸ばす手とは逆の方を捕まれ動きが止められる。
突然かかった力につんのめりそうになりながらもどうにか踏ん張る。
「蓮花、このまま聞いてくれ」
飛龍の声は舞の演奏にかき消されそうなほどささやかなものだった。蓮花は周りに気取られないように皿をゆっくり動かす。
「これから君に何かしらの疑惑がかけられる可能性がある。きっとなにを言っているか分からないだろう。しかし分からなくていい。ただ何が起こっても君に危害だけは及ばないようにする」
飛龍の言葉は要領を得ず、一体なんの事を言っているのか分からない。しかし蓮花はここで口を挟んではいけないと本能的に思った。
「だから私の事を信じてくれ……頼む。これは君を愛するただの男としてのお願いだ」
飛龍から飛び出た言葉に思わず皿を落としそうになる蓮花。
今聞き間違いでなければ飛龍は自分のことを愛すると言っていなかっただろうか。
小声でなら聞き返せるかもしれない。もう一度確かめようと蓮花が息を吸ったとき――。
「失礼いたします。こちらが食後酒となります」
仕切りの向こうから宇民が現れる。
順番に給仕をしてきて、最後に飛龍の元へ来たようだ。
宇民は飛龍の横にいる蓮花の姿に一瞬目を見張ったが、咳払いをしてそれをかき消す。
蓮花はやはり宇民がいつもの様子と違うことに気付く。酒の入れ物を持つ手が震えているような気がした。
第一皇子の給仕などする機会がないので緊張ゆえだろうか。
宇民がそっと酒を注ぎ、飛龍は酒の香りをかいだ。
そして一気に口をつけ酒を煽った。
ごくり、と飛龍の喉仏が上下し酒が嚥下される。
飛龍がふうと息を吐き、蓮花の方をちらりと見た。蓮花は酒器も一緒に下げようと手を伸ばした。
――手が飛龍の前を通り過ぎる時、それと交差するように飛龍の体が蓮花の方へと倒れた。
けたたましい音が会場に響き、舞を踊っていた妓女や演奏していたもの達も手が止まる。
「……ッぐ! うぅ――」
「飛様!!」
蓮花は持っていた皿を手から離し、倒れ込む飛龍の元へ駆け寄る。
蓮花は一瞬にして頭が真っ白になった。
一体今、何が起こったのだろう。
先程まで蓮花の手を掴んでいた飛龍が、何故床に倒れているのだろう。
なぜ――苦しそうに喉元を掴んでいるのだろう。
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