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宴
90話
しおりを挟む飛龍が床に倒れる時、まるで世界の速度が百分の一になったかのような錯覚になった。
蓮花は飛龍の体にとてつもない異変が起こっていることは理解したが、下手に触ってさらに悪化しては駄目だと思い触れようにも触れられなかった。
「ふ、飛様っ……! 誰か! 誰か医官は!」
周りにどう思われようがどうだっていい。飛龍を一刻も早く助けなければ。その一心で蓮花は大声を張り上げる。
すぐさま、雲嵐が走り寄ってくる。
「飛龍皇子! おい! 担架を持ってこい、早く!!」
その声を聞いた部下と思われる男たちが担架を持ってきた。飛龍は担架に乗せられて運ばれて行く。
先程までの和やかな雰囲気とは違い、周囲は騒然としていた。ヒソヒソと話す高官たちの言葉の端々が蓮花の耳に入る。
「陛下に続き第一皇子まで毒牙にかかるとは――」
「なんと不吉な……、龍人の加護もここまでか」
「天聖国はどうなってしまうのだ……」
蓮花は震えの止まらない手をぎゅっと握りしめた。
何故この人たちは飛龍の心配をしていないのだろう。自分の身に災いが振りかからないかどうかそれだけを気にしている。
蓮花はつい先程まで腕に感じていた飛龍の温もりが消えてしまわないようさらに力強く自分の手を握る。
その時――。
「そいつを捕まえろ!!」
雲嵐の鋭い一言で警備に当たっていた武官が、一気に宇民へと掴みかかる。宇民はあまり抵抗する素振りもを見せず大人しく捕まる。
そうだ、先程飛龍は宇民の注いだ酒を飲んで倒れた。それはつまりあの酒に何かしらの毒が盛られていたのかもしれない。
どちらにしろ宇民は重要な証拠を持っているかもしれないので、武官達が取り押さえるのも納得がいく。
「宇民さん、あなたが……?」
宇民へ蓮花が問いかけた。すると宇民は苦しそうな表情を浮かべ目を逸らす。
そして何も言うことなく武官に連れられて行く。
その姿を見つめる蓮花の肩を、後ろから来ていた王琳が包む。
父の姿に一気に張り詰めていた心の線が切れた蓮花の目に涙が込み上げてくる。
「父様……飛様が! 私一番近くにいたのに――」
「お前の責任ではないよ、飛龍様ならきっと大丈夫。さあこっちへおいで」
王琳は蓮花がこんなに取り乱すのを初めて目にした。目の前で人が毒に倒れたのだ。しかもそれがここ最近親しくしていた男性なら尚更だ。
王琳は娘の体を抱きしめ、落ち着くようにとん、とん、と優しく叩く。
そんな二人に雲嵐が近づいてくる。
「蓮花さん。申し訳ありませんがお話を伺いたいので、こちらへ来ていただいてもよろしいでしょうか」
蓮花は慌てて涙を拭いて頷く。
王琳と蓮花は雲嵐に促され、会場を後にした。
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