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朝議
106話
しおりを挟む飛龍の前に飛び出した蓮花は自分の体を襲うだろう衝撃に備えた。
しかし飛龍の大きな声が聞こえたかと思うと、目の前にいたはずの梠尚書が倒れていた。突然の出来事に理解が追い付かず、飛龍の無事を確認する言葉にただ頷くだけだった。
「とうとう本性を出したか。皆も見たであろう! この行動こそが動かぬ証拠! ――連れて行け」
控えていた武官が渧淳を縄で縛り運んでゆく。
飛龍は座り込んだままの紫僑に目線を移す。紫僑は先程の渧淳が倒れた時の様子を思い出し、後ずさる。
「わ、私は殺そうだなんて思っていないわ! 全てはあの人が勝手に――」
「父上のことは、な。母上と私には死んで欲しくてたまらなかっただろう」
紫僑を見る飛龍の瞳は憎しみでも悲しみでもなく、ただ公平に罪を裁く為政者の瞳だった。そんな息子の姿を泰龍は口を挟まずただ見ている。
それは次代を担うことが飛龍にできるのか見定めているようにも見えた。
「私は、ただ泰龍様の正妃になりたくて……」
「なりたくて暗殺の片棒を担いでは元も子もないだろうに――連れて行け」
抵抗する力も無くしただされるがままに縛られ立たされる紫僑。紅龍はただそれを静かに見つめている。
しかし紫僑はただ泰龍だけを見つめて涙を流していた。
紅龍はもうそんな状況にも何も思わなくなっていた。ただ、哀れんだ。泰龍に対する愛が、いつからか執着と皇后に対する対抗心にすり変わっていた事にも気付いていないだろう。
「さようなら、母上」
紫僑とすれ違う瞬間別れの言葉を告げる紅龍。紫僑は最後まで紅龍をその瞳に映すことはなかった。
渧淳と紫僑が去ったことで朝議の間は騒然としていた。泰龍はゆっくりと足を進め玉座へと腰掛ける。
それでもざわめきは収まらず、痺れを切らした泰龍がぱん、と手を叩くと静寂が戻った。
「突然の出来事で混乱しているものも多いだろう。此度のことは余と飛龍が計画し、宮廷に巣食う毒をまとめて浄化しようと考えたものだ」
毒、と聞き数人の顔が強ばる。その様子を飛龍は素早く見渡す。
「ここには紅龍が集めてくれた梠尚書に与するものたちの名前が書かれている。追ってこの者達には処分を沙汰する。逃げようと思っても無駄だ。私たちの手のものはどこにでも潜んでいる。それを忘れるな」
先程表情を変えた高官たちの目をじっと見つめる飛龍。
「皆も先程見たように、龍人には人間と獣人を威圧する能力が備わっている。過去の歴史にはこの力で圧政を強いたこともあった」
思い当たる節があるもの達はごくりと唾を飲み込む。圧政で縛られていた時代は悲惨なものだと記録が残っているからだ。
「しかし余はそんなことはしたくない。だからこそ今までその力を誇示することはなかった。先程の飛龍の様子で初めて力を目にした者がほとんどだろう」
泰龍は臣下達の顔を一人一人見てゆく。臣下達もきちんと自分たちの立場を考えてくれる主君の姿に改めて尊敬の意を向ける。
「どの種族も支え合わなければこの天聖国は成り立たない。それは国外に向けてだけではなく国内でもそうだ。国民達が安らかに生活ができるように余も力を尽くそう。だからどうか余に力を貸してくれ――頼む」
この国の頂点に立つただひとりの男が、臣下立ちに向けて頭を惜しみなく下げる。他国ではありえないであろう光景に忠臣たちは慌てて礼をとる。
「私たちも全力であなた様と国民に尽くします――皇帝陛下」
それまで行く末を見守っていた王琳の言葉に続くように忠臣たちは続いて誓った。
こうして今、天聖国の結束は強固なものになり新たな未来への一歩を踏み出した――。
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