才能が開花した瞬間、婚約を破棄されました。ついでに実家も追放されました。

キョウキョウ

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第11話 幸福の宣言

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「待って、待ってくれ! 何を言っているんだ?」

 ヴィクターは机に両手をついて、私を見つめた。その眼差しには、信じられないという困惑が宿っている。自分の耳を疑っているかのような、混乱した表情。

「エリアナ、君は誤解している。俺の話をちゃんと聞いていたのか?」

 自分の提案がこんなにもあっさりと拒絶されるなんて、完全に想定外だったのでしょう。私が話を聞いていないか、もしくは何かを勘違いしていると思ったらしい。彼の中では、自分の申し出は魅力的で断る理由など存在しないものだったのでしょうね。

「もちろん、ちゃんと聞いていました。それで、そんな提案は断るべきだと判断したので答えました。何も誤解していませんよ」

 貴方と違って、私は最後まで話を聞いたうえで冷静に判断しました。そんな気持ちを込めて、私は淡々とした口調で答えた。彼の期待を裏切ることに、何の罪悪感も感じないのです。

「そんな……。君がここに戻れば、すべて解決するんだ! 君にとっても悪い話じゃないはずだ!」

 ヴィクターの声は次第に高くなっていく。平静を装おうとしているが、焦りが隠しきれずにいる。彼なりに必死なのでしょうけれど。

「考え直してくれ、エリアナ! 昔の関係を思い出してくれ! 俺たちは婚約者だったんだ!」

 昔の関係? 彼の記憶の中では、私たちの関係はどのように美化されているのかしら。

 私を見下し、魔力不足だと罵り、努力を認めようともしなかった冷酷な男と、屈辱に耐えながら必死に彼の期待に応えようとする、何も知らなかった少女。それが、私たちの真の関係。もう二度と、元通りになる可能性はない。終わった関係に縋りつこうとするヴィクターの姿は滑稽だ。

 私は静かに首を振った。

「あなたは先ほど、ご自分の不幸な現状をお話しくださいましたね」

 私は穏やかな微笑みを浮かべながら続けた。

「では今度は、私の現在の状況をお聞かせしましょうか。今度こそ、ちゃんと私の話を聞いてくれますか?」
「……」

 ヴィクターが黙り込む。その表情に、一瞬戸惑いの色が浮かんだ。私の落ち着いた態度に、何かを察したのかもしれない。

 ようやく、聞く態勢になってくれました。でも、もうすべて遅いのですけどね。

「私は今、心から愛し、尊敬できる方と一緒にいます」

 師匠の優しい笑顔を思い浮かべながら、私は自然な温かさを込めて話し始めた。声のトーンも自然と柔らかくなる。師匠のことを語る時、いつもこうなってしまう。

「師匠は私の才能を信じ、導いてくださる。私も師匠を深く愛し、信頼しています。お互いを支え合い、理解し合える関係なんです」

 その言葉を口にした瞬間、胸の奥から温かな幸福感が湧き上がってきた。師匠と過ごす日々がいかに充実しているか、話すたびにいつでも実感する。二人で歩む道のりの尊さ、共に過ごす時間の輝き。

「……それは」

 ヴィクターが何かを言いかけたが、私は彼に話を遮る隙を与えなかった。今度は私が話す番ですよ。あの時の仕返しというわけではないけれど、最後まで聞いてもらいましょう。

「世界各地を回りながら、困っている人々を助ける毎日を送っています。古代魔法で枯れた大地に花を咲かせ、病を癒し、争いを和解に導いています」

 様々な村や街で出会った人々の笑顔を思い出しながら、私の声は自然と弾んでいく。感動が蘇ってきて、語る言葉にも生き生きした響きが宿る。

「人々からの感謝の言葉、子供たちの純粋な笑顔、それらすべてが私の喜びなんです。毎朝目覚めるたびに、『今日は、どんな人を助けることができるだろう』と心が躍るんです」

 ヴィクターの顔が青ざめていくのが見えた。彼の不幸話とは正反対の、充実した日々を語る私に動揺しているのでしょう。

「美しい風景を見ながら旅をして、各地の美味しい料理を味わい、様々な文化に触れてきました。毎日が新しい発見と感動に満ちていて、一日たりとも退屈したことがありません」

 私は微笑みを深めながら続けた。話していると、旅の記憶が次々と蘇ってくる。山々の朝焼け、海辺の夕暮れ、市場の活気、祭りの賑わい——すべてが輝いて見えた日々。

「多くの人たちと、かけがえのない絆を築いてきました。お互いを信頼し、支え合う本当に特別な関係。私はそんな人達の力になりたいと心から思います。残念ながら、その中に貴方の存在はありません」

 出会ってきた人たちの顔を思い浮かべながら語る。師匠を始め、助けた村人たち、知り合った商人や旅人たち、各国の貴族や王族——皆が私を一人の人間として尊重してくれる。そして私も、彼らを尊敬してる。

「『聖女エリアナ』と呼ばれ、各国の王族からも厚い信頼をいただいています。国際会議にも顧問として招かれることが珍しくなく、私の一言が重要な決定に影響を与えることもあるんですよ」

 ヴィクターの手が微かに震えているのが見えた。彼が必死に築こうとしている社会的地位を、私は既に軽々と超越している。その現実が、彼のプライドを深く傷つけているのでしょう。

 貴族社会から孤立し、王家から責められ、領地も荒廃している彼と、国際的な影響力を持つ私。その格差は、もはや埋めようのないほどに開いている。

「先ほど貴方がおっしゃった『完璧な夫婦』『最強の組み合わせ』ですか?」

 彼の言っていたことを繰り返しながら、私は首を傾げる。

「私はすでに、それ以上の関係を築いているんです。師匠との絆、世界中の人々との繋がり、そして自分自身の成長。すべてが完璧に調和した、幸せな人生を送っています」

 私は立ち上がりながら、最後の言葉を告げた。

「なぜ、今の幸せを捨てて、過去の不幸な記憶しか残っていないような場所に戻らなければならないのでしょうか? 私には、その理由が見つかりません。だから、お断りするのですよ」
「そ、それは……」

 ヴィクターの声は掠れていた。完全に劣位に立たされた屈辱感で、彼の顔は赤く染まっている。反論しようにも、私の言葉に対抗できる材料を持っていない。彼の申し出が、いかに一方的で魅力のないものだったかを理解してくれたかしら。

「今回のご依頼は『戻ってこい』ということでしたね」

 やることは終わった。これ以上この場にいる理由はないでしょう。その部屋で彼と向かい合う状況から早く解放されたくて、足は扉の方へ向かう。

「でしたら、その依頼もお断りさせていただきます。それでは、私はこれで失礼しますね」

 最後まで丁寧な口調を保ちながら、私は辞去の挨拶をする。社交的で上品な振る舞いを崩さずに。

「待ってくれ! まだ話は終わっていない!」

 ヴィクターが叫ぶ。私を引き留めようと必死だ。だけど、彼の声には威厳も自信もない。ただの懇願でしかなかった。

「君は俺を見捨てるのか!? 昔の関係を何とも思わないのか!」

 彼の叫び声が響く。けれど、もう私の足は止まらない。扉に向かって歩き続ける。一歩、また一歩と、確実に彼から遠ざかっていく。

「エリアナっ!」

 その瞬間だった。

 突然、背後に鋭い魔力の発動を感じた。ヴィクターが魔法を使ったのだ。振り返ると、彼が両手を前に突き出している。その表情には、理性を失った怒りと絶望が刻まれていた。

 攻撃系の魔法——それも、殺意すら感じられる威力で放たれている。青白い光が、私に向かってくる。

「まさか、ここまでするなんて」

 ヴィクターが放った魔法を見つめながら、私は冷たく呟いた。
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