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しがないラーメン屋の息子
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コールはしがないラーメン屋の息子である。
店主を務める頑固親父と、そんな夫を尻に敷く鬼嫁の間に生まれた、至って普通の少年だ。容姿も頭の出来も人並みで、出来るのは日々の小遣い稼ぎのために出前でラーメンを客に届ける事くらいだった。
「へいっ、醤油ラーメン一丁お待ち!」
「いつも悪いね、コール。こんな遠くまで持ってきてもらって」
それでも、知る人ぞ知る名店としてラーメン屋を経営し、客を笑顔にさせられる両親をコールは尊敬してきたし、自分もまたいずれは店を引き継ぎ、可愛い嫁と共に支えていくのだろうと思っていた。
「それじゃ、600カラーになります。……ってお客さん、ちょっと多いですよ?」
「なーに、いつも頑張ってる未来の店主への投資だよ。女将さんには内緒だぜ?」
そんなやり取りを終えた後、コールは次の注文を受けた家を目指し森を突っ切る。
(未来の店主ね……まあそのつもりではあるけど、こんな冴えないラーメン屋になんて嫁いでくれる娘がいるのかね)
店は住人の少ない村に構えてあるので、娯楽なんてものは客同士の世間話くらいしかなく、都会の流行とは無縁だ。とは言え、剣も魔法もからっきしなコールには、村を飛び出して他で生計を立てられるだけの手段がないのも確かだった。
(親父によれば、ここは前世から見て『ファンタジー』と呼ばれる世界らしい。何せお袋も魔王の娘って話だしな……今はただのオバハンだけど。
なんでわざわざ、異世界の『ラーメン』を再現するのに人生費やしてんだろうな? そりゃ旨いけどさ、跡継ぎとしては地味で女の子にモテないのが悩みどころだよな)
父の生き様に惚れ込んだからこそ、母も魔族である事を捨ててついてきたのだろう。ただ将来の伴侶をと意識した途端、コールにはアピールできるものが何もない事に気付いてしまうのだ。
彼自身の信念で、成し遂げたいという明確な夢も目標も……
「……ん?」
憂鬱な気分になりかけた時、ふとラーメンの香りに鼻孔を擽られて足を止める。他ならぬコールが出前をしているのだから、匂いがするのは当たり前なのだが。
(違う、おかもちからでもさっきの客の家からでもない。この先の森の奥から匂ってくるんだ。それに……)
手前の木を見上げると、一羽の小鳥が聞き覚えのあるメロディーで歌っていた。まるでこちらの気を引いているようにも思えたコールは、誘われるように匂いの元を辿った。
「……わいいオーガスティン、オーガスティン……」
道案内するように飛んでいく小鳥を追ううちに、ラーメンの匂いが濃くなる。と同時に、か細い歌声まで聞こえてきた。これは……小鳥と同じメロディーだ!
(確か『かわいいオーガスティン』とか言ったっけ?)
タイトルと同じく可愛らしい旋律だが、森の奥でラーメンの匂いと共に呼びかけてくるこの状況が何とも気味が悪い。
「かわいいオーガスティン、なんにも、ない……」
かと言って無視しても、後から気になって何も手につかなくなるに違いない。ここはさっさと確認してすぐに戻ろう。そう、思っていた。
歌声と匂いは、ボロい掘っ立て小屋から漏れ出していた。入り口にはドアもなく、中が丸見えだ。恐る恐る覗いたコールは、目の前の光景に「ひっ」と息を飲んだ。
ドレスを着た少女が床に押し倒されている。その上からガラの悪そうな男が圧し掛かり、今まさに彼女のドレスを捲り上げ、足に手をかけているではないか。部屋の奥にはかまどがあり、そこにかけられた小鍋が沸騰して、周りに取り付けられた鈴がチンチン鳴っている。そのメロディーは……『かわいいオーガスティン』。
(何だこれ……何が起こってるんだ。気が変になりそうだ!)
「あ? なに見てんだガキ。いいとこ邪魔すんじゃねえよ!」
男に睨みつけられ、思わず退散しようと回れ右するが、直後に踏み止まった。少女を見遣ると、虚ろではあったが焦点はしっかりと合っていた。か細い声が、途切れ途切れに歌詞を紡ぐ。
「か……わいい、オーガスティン……なんにも、ない」
「いい加減黙れよ、お姫さんよ!」
バシッ!
怒号と共に、少女の頬が張り飛ばされる。その瞬間、怖気づいていたコールの心に火がついた。ビュンッと風を切る音がしたかと思うと――
ガチャン!
「いてぇっ! 何すんだクソガキ!!」
丼鉢がヒットし、ラーメン塗れになった男が少女を突き飛ばして立ち上がる。片頬を腫らしながらも、彼女はぼんやりと一連の流れを見守っていた。
「ご注文の、豚骨ラーメン一丁お待ち。御代はいただきません」
「はぁ!? なに言ってやがんだ。関係ねえ奴はすっこんでろ!」
男は刃物を持ち出して威嚇してくる。初めてのゴロツキとの戦闘になるが、不思議と恐怖心はない。
(何せうちの夫婦喧嘩の方が数倍おっかないからな、ハハハ……)
「すみません、こちらからラーメンの匂いがしたもので。てっきりお客様かと」
「客? てめぇは一体……」
男の返事を待たず、空になったおかもちを思いっきり振りかぶる。
「名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです!」
彼女とは初対面でも、襲われてるならほっとけない。コールはそんなしがない、とびきりお人好しなラーメン屋だったのだ。
店主を務める頑固親父と、そんな夫を尻に敷く鬼嫁の間に生まれた、至って普通の少年だ。容姿も頭の出来も人並みで、出来るのは日々の小遣い稼ぎのために出前でラーメンを客に届ける事くらいだった。
「へいっ、醤油ラーメン一丁お待ち!」
「いつも悪いね、コール。こんな遠くまで持ってきてもらって」
それでも、知る人ぞ知る名店としてラーメン屋を経営し、客を笑顔にさせられる両親をコールは尊敬してきたし、自分もまたいずれは店を引き継ぎ、可愛い嫁と共に支えていくのだろうと思っていた。
「それじゃ、600カラーになります。……ってお客さん、ちょっと多いですよ?」
「なーに、いつも頑張ってる未来の店主への投資だよ。女将さんには内緒だぜ?」
そんなやり取りを終えた後、コールは次の注文を受けた家を目指し森を突っ切る。
(未来の店主ね……まあそのつもりではあるけど、こんな冴えないラーメン屋になんて嫁いでくれる娘がいるのかね)
店は住人の少ない村に構えてあるので、娯楽なんてものは客同士の世間話くらいしかなく、都会の流行とは無縁だ。とは言え、剣も魔法もからっきしなコールには、村を飛び出して他で生計を立てられるだけの手段がないのも確かだった。
(親父によれば、ここは前世から見て『ファンタジー』と呼ばれる世界らしい。何せお袋も魔王の娘って話だしな……今はただのオバハンだけど。
なんでわざわざ、異世界の『ラーメン』を再現するのに人生費やしてんだろうな? そりゃ旨いけどさ、跡継ぎとしては地味で女の子にモテないのが悩みどころだよな)
父の生き様に惚れ込んだからこそ、母も魔族である事を捨ててついてきたのだろう。ただ将来の伴侶をと意識した途端、コールにはアピールできるものが何もない事に気付いてしまうのだ。
彼自身の信念で、成し遂げたいという明確な夢も目標も……
「……ん?」
憂鬱な気分になりかけた時、ふとラーメンの香りに鼻孔を擽られて足を止める。他ならぬコールが出前をしているのだから、匂いがするのは当たり前なのだが。
(違う、おかもちからでもさっきの客の家からでもない。この先の森の奥から匂ってくるんだ。それに……)
手前の木を見上げると、一羽の小鳥が聞き覚えのあるメロディーで歌っていた。まるでこちらの気を引いているようにも思えたコールは、誘われるように匂いの元を辿った。
「……わいいオーガスティン、オーガスティン……」
道案内するように飛んでいく小鳥を追ううちに、ラーメンの匂いが濃くなる。と同時に、か細い歌声まで聞こえてきた。これは……小鳥と同じメロディーだ!
(確か『かわいいオーガスティン』とか言ったっけ?)
タイトルと同じく可愛らしい旋律だが、森の奥でラーメンの匂いと共に呼びかけてくるこの状況が何とも気味が悪い。
「かわいいオーガスティン、なんにも、ない……」
かと言って無視しても、後から気になって何も手につかなくなるに違いない。ここはさっさと確認してすぐに戻ろう。そう、思っていた。
歌声と匂いは、ボロい掘っ立て小屋から漏れ出していた。入り口にはドアもなく、中が丸見えだ。恐る恐る覗いたコールは、目の前の光景に「ひっ」と息を飲んだ。
ドレスを着た少女が床に押し倒されている。その上からガラの悪そうな男が圧し掛かり、今まさに彼女のドレスを捲り上げ、足に手をかけているではないか。部屋の奥にはかまどがあり、そこにかけられた小鍋が沸騰して、周りに取り付けられた鈴がチンチン鳴っている。そのメロディーは……『かわいいオーガスティン』。
(何だこれ……何が起こってるんだ。気が変になりそうだ!)
「あ? なに見てんだガキ。いいとこ邪魔すんじゃねえよ!」
男に睨みつけられ、思わず退散しようと回れ右するが、直後に踏み止まった。少女を見遣ると、虚ろではあったが焦点はしっかりと合っていた。か細い声が、途切れ途切れに歌詞を紡ぐ。
「か……わいい、オーガスティン……なんにも、ない」
「いい加減黙れよ、お姫さんよ!」
バシッ!
怒号と共に、少女の頬が張り飛ばされる。その瞬間、怖気づいていたコールの心に火がついた。ビュンッと風を切る音がしたかと思うと――
ガチャン!
「いてぇっ! 何すんだクソガキ!!」
丼鉢がヒットし、ラーメン塗れになった男が少女を突き飛ばして立ち上がる。片頬を腫らしながらも、彼女はぼんやりと一連の流れを見守っていた。
「ご注文の、豚骨ラーメン一丁お待ち。御代はいただきません」
「はぁ!? なに言ってやがんだ。関係ねえ奴はすっこんでろ!」
男は刃物を持ち出して威嚇してくる。初めてのゴロツキとの戦闘になるが、不思議と恐怖心はない。
(何せうちの夫婦喧嘩の方が数倍おっかないからな、ハハハ……)
「すみません、こちらからラーメンの匂いがしたもので。てっきりお客様かと」
「客? てめぇは一体……」
男の返事を待たず、空になったおかもちを思いっきり振りかぶる。
「名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです!」
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