名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです

白羽鳥(扇つくも)

文字の大きさ
4 / 47

【豚飼い王子】

しおりを挟む
※アンデルセン童話「豚飼い王子」を元に……と言うか、私なりの解釈です。
----------

 始まりは一年前、カトリシア第一皇女の誕生式典の日。
 招待された来賓の一人、隣国ピグマリオンの王子ロジエルは大変見目麗しい姿で、令嬢たちも浮かれ沸き立っていた。ピグマリオン王国は貧しくはあったが、生き物は動物も植物も強い魔力を保持しているため、他国への贈り物もこの世に二つとない重宝されるべきものとして名を馳せていた。

 そしてロジエル王子は、カトリシアに二つの国宝を贈り求婚してきた。
 一つは父王の墓に四年に一度、たった一輪だけ咲く薔薇。もう一つはこの世のメロディー全てをさえずる事のできるナイチンゲールだった。人々は薔薇の香りや小鳥の声にうっとりしたが、これらが生きているという理由でカトリシアは、贈り物ごとロジエルを拒絶したのだった。

 それからしばらく後、帝国の宮殿に顔が真っ黒な汚らしい青年が雇われる。豚飼いに任命された彼はみすぼらしい小屋で、何かを作り始めた。

 ある時、カトリシアが女官を連れて庭を散歩していると、美しい鈴の音が聞こえてきた。

「あら、この曲は『かわいいオーガスティン』ね。わたくし、これだけはピアノで弾けるの」

 亡き母が愛用していたオルゴールのメロディー。不器用で指一本でしか弾けないけれど、病床の母に聞かせるといつも褒めてくれた……
 懐かしい思いで音の出所を調べさせると、豚飼いが所有する不思議な小鍋だと分かった。煮物を沸騰させると取り付けた鈴が『かわいいオーガスティン』のメロディーを奏で、さらに蒸気からは周辺で作られる料理の匂いがするのだという。

「なんて素晴らしい発明なのかしら。豚飼いなどしているけれど、きっと相当教養があるのね」

 カトリシアは女官を通じて、豚飼いに小鍋を譲ってもらうよう交渉するのだが……

「何ですって、わたくしとのキス十回と交換!? 身の程を弁えない下郎が!」

 怒った彼女はすぐに交渉を取り下げる……が、気が付くと耳が鈴の音を拾ってしまう。夢の中で、母の笑顔と共にあのメロディーに包み込まれ、目覚めと同時に消えてしまう虚しさは彼女を苛んだ。
 あれから職人を探し、同じ物を再現できないかと持ち掛けるも、どういう仕組みなのかも分からないと断られてしまった。そうしているうちに、今度は鈴の音が聞こえなくなった事で不安な気持ちになってくる。まさかあの豚飼い、小鍋を捨ててしまったのだろうか……

 耐え切れなくなったカトリシアは、女官を数名引き連れて豚小屋へ押しかけた。汚らしい場所に顔を顰める者もいたが、気にしてはいられない。

「あなた、近頃は鍋を使っていないようだけれど、廃棄はしていないでしょうね?」
「捨てようが何しようが、あれはおいらの所有物ですよ、皇女殿下」

 ふてぶてしい態度に女官たちはいきり立つが、それを手で制し、カトリシアは真っ直ぐ豚飼いに向き直った。

「では……今ならわたくしが直々に情けをかけてもよいと言ったら?」
「それは、おいらに唇を吸わせてくれるって事で?」

 あからさまな言い方に赤面するカトリシアだが、手元に小鍋がないのなら交渉は決裂だ。しかし隠し持っていたそれをサッと出されては、もう引っ込みがつかない。元より、何としてでも手に入れるつもりだった。

 こうしてカトリシアは十回のキスと引き換えに、念願の小鍋を手に入れた。彼女にとって初めてのキスに思うところがないわけでもない。が、それほどに小鍋に心を奪われてしまったのだと、毎日水を煮立たせながら自分に言い聞かせた。

 またしばらくして、豚飼いの新発明の話を聞き、カトリシアは目を輝かせる。振っただけで、誰でもこの世の全ての楽曲を奏でられるというガラガラの話だ。この世の全て、というところで既視感を覚える。そう、隣国のロジエル王子から贈られたナイチンゲールだ。

(だけど、小鳥なんていつかは死んでしまう。玩具なら……)

 再び交渉に行ったカトリシアだが、対する豚飼いの要求には呆れるしかなかった。

「今度はキス百回だ。一回たりともおまけはできん」
「無礼な! 皇女殿下、このような下郎の戯言になど耳を傾けてはなりません!」
「豚飼い……あなたの技術は大変優秀だと認めます。ならばみすぼらしい豚小屋などではなく、魔道具職人として宮廷に取り立ててもらえるよう、父を説得しますが?」

 ここで、報酬内容を変えるようアプローチしてみるが、豚飼いはがんとして受け入れてくれなかった。一体何故、ここまでして彼は皇女のキスを欲するのだろうか?

「お姫様、勘違いしちゃいけない。おいらが欲しいのは金でも地位でもない。あんたの覚悟だよ。欲しいもののためなら他は全て捨ててでも掴み取る。それくらいでなきゃ、おいらも応えられないね」
「覚悟……」

 彼の言い回しに、要求している『百回のキス』が言葉通りではない事を悟り、さすがに躊躇する。玩具のために、卑しい豚飼いにその身を捧げられるのか。

(だけど――)

「明日、おいらは豚飼いを辞めて故郷へ帰る」
「……えっ?」
「それまでに決めといてくれ」

 低い声色にハッとして顔を上げたカトリシアの前で、小屋の扉はバタンと閉じられた。
 そして、夜が明け――


 次の日の夕方、城を追い出された二人は国境付近の森に停められた馬車を下りて歩いていた。先頭を歩く豚飼いの向かう先は、隣国ピグマリオンだ。
 昨夜、二人の『取り引き』がバレ、激怒した皇帝によって二人は城を追放されていた。カトリシアの手には、『報酬』により入手した小鍋とガラガラしかない。今まで皇女として当たり前のように傅かれてきた彼女は、これからは豚飼いの恩情に縋りながら生きていくしかないのだ。

「もし、あの時」

 国境の門を潜る直前、カトリシアがぽつりと漏らす。

「見目麗しいロジエル殿下の求婚を受けていたら、今頃……」

 そこまで呟いたところ、堪え切れないと言った風に豚飼いが大笑いした。呆気に取られるカトリシアを放置し、先に門を潜った豚飼いがしばらくして戻ってきた時、その姿は輝くばかりに美しくなっていた。顔の黒ずみとぼろ服を脱ぎ捨てた豚飼いの正体は――

「ロジエル、殿下」
「カトリシア、君には失望したよ」

 心底軽蔑するような眼差しで、ロジエルはそう吐き捨てた。

「誠実な王子が愛を込めて贈った美しい薔薇や小鳥には目もくれず、くだらないガラクタのために卑しい男には易々と身を委ねる。物の価値の分からない愚か者には、相応しい末路だと思わないか?」
「……」
「今や君は帝国の皇女なんかじゃない。その手にしたガラクタと同じく、何の価値もない、くだらない女だ。ついてこられても迷惑だから、さっさと立ち去れガラクタ女!」

 どん、と突き飛ばされ、倒れ込んだその隙に、ロジエルは門番に銘じてカトリシアの目の前で国境の門を閉じさせたのだった。

しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...