名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです

白羽鳥(扇つくも)

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両親の馴れ初め

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 コールの父グルタ=パガトリーは、遠くの国にある険しい峡谷の村に生まれた。ある時に足を滑らせ谷底へ落ちたグルタは死にかけたものの、九死に一生を得たショックで別の世界で生きていた頃の記憶が蘇ったのだ。

 彼は『ニホン』という国の『ラーメン』を売る店で働いており、近々師匠と仰ぐ店主の娘である幼馴染みとの結婚、そして暖簾分けが決まっていた。
 幸福と使命に燃えながら待ち侘びていたその日は、二号店で準備中に突っ込んできたトラックにより永遠に来なくなった。

 前世を思い出してからは、失われた夢を取り戻すために再びラーメン屋を目指す事にする。が、この世界には『ラーメン』という概念はない。一から自分で開発しなければならなかった。

 こうしてグルタは村を飛び出し、世界中を放浪して食材を探す旅を始めたのである。
 異世界と同じ物がなければ代わりのものを。色々試したおかげか、動植物研究の権威から何度もお声がかかる。参考にしつつも、グルタはあくまでラーメン屋開店のためにひとところに留まる事はなかった。

 そして探し求めた果てに魔界にまで足を延ばしたグルタは、ついに出会うのである……全ての食材と、運命の相手に。

 その頃の魔界は魔王が倒された影響で混沌としていた。秩序を失い、押しかけたハンターによる魔族狩りが行われていたのである。魔王の娘だったマクル姫は陥落する城から落ち延びたものの、ハンターから逃げ惑う生活に疲れ果てていた。復讐のために魔王軍を再興させる気力もなく、ただ楽になりたくて人間たちに降伏し、逃亡生活にもこの世にも区切りをつけたいほどには追い詰められていたのである。

 最後の晩餐とばかりに選んだ食事は、奇しくも完成させたばかりのグルタのラーメンだった。みずぼらしい、小さな屋台から漏れる嗅いだ事のない匂いに誘われ、マクル姫は教えられた通りに食べる。
 熱いスープが、疲れ切った体と心に染み渡っていく。気付けばマクル姫は咽びながら夢中で麺を啜っていた。替え玉を勧めてくる声も優しくて……

「店主、旨かったよ。ありがとう」
「そりゃよかった。いやぁ、お嬢さんの食いっぷりが気持ちよくて、こっちも作り甲斐があったよ。今日は奢りにしてやるから、よければまた来てくれよ」

 その時の笑顔が忘れられなかったマクル姫は、店主――グルタについていくために魔族を捨てる決意をする。魔王の娘はあの瞬間、死んだのだ。
 一方のグルタも、最初こそ押しかけ女房に困惑していたものの、前世の婚約者の面影を持つマクルの情に、最終的には絆されてしまった。元より、たった一人で夢を追いかけるのは寂しかったのだ。

 そして再び世界を巡り、息子のコールが生まれる頃には、ドラコニア帝国の辺境に【煉獄】一号店を構えるまでになっていたのである。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「ご両親は、とても波乱万丈な人生を送ってきたのね」

 話し終わると、暗闇の中からカトリシアの眠そうな声がする。目を凝らすためにベッドの方を向けば、同じくこちらを向いていた彼女と目が合って慌てて顔を正面へと逸らす。

「それに、とてもドラマチックだわ」
「まあな……親に比べたら俺なんて、地味で何の変哲もない男だよ」

 口に出してみて、改めて思い知る。コールは将来、親の跡を継ぎたいと漠然と考えていたものの、自分がやりたい事を見つけられていないだけだったと。そんなつまらない男の下に、来てくれる相手なんているはずもない。
 そう自嘲するが、カトリシアは違う考えのようだった。

「そんな事ないわ。少なくとも、私を助けてくれたのは、あなただもの」
「あれは、たまたま通りかかっただけで」
「それだけじゃない。自分でも愚かだったと分かっている私の行いを、間違ってないと認めてくれたのも……私、嬉しかったの。この価値観は捨てなくていいんだって言ってもらえた事」

 そこまで感激されるような事だったかとコールは少し驚くが、彼女にはもう後がないのだから、救世主のように思われるのも当然かもしれない。だがコールにとって、困っている相手を見捨てるのは自分の中で納まりが悪い。だからつい手を差し伸べてしまうのは性分だった。

「私……生まれ変わるわ。あなたのご両親のように懸命に、生きて……いつか必ず恩を返せるように頑張るから、その時は……」

 固い決意に似合わぬ、ふわふわとした口調。眠気も限界に来ているのだろう。コールも大きな欠伸が一つ出た。

「分かったから。今日はもう寝な」
「ええ……おやすみなさい……」

 半ば夢見心地で答えたカトリシアから、しばらくして安らかな寝息が聞こえてくる。コールの方は、まだ目が冴えていた。視線はベッド脇のテーブルへ自然と向く。

「生まれ変わる、ね……今も未練を捨てられないくせに」

 テーブルの上には、彼女が持ち歩いている小鍋とガラガラが置かれていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ドサッ!

「ぐえっ」

 早朝、いきなり腹の上に何かが転がり落ちてきて、コールは飛び起きた。何事かと目を開ければ、至近距離で眠っている美少女がいて心臓が止まりそうになる。

(あー、びっくりした。カトリシア皇女……じゃない、オーガスティンを昨日部屋に泊めたんだった)

 身を包んだ服が捲れ上がり、腹が見えてしまっている。目に毒なのでとりあえず毛布をかけて隠そうとしたところ、ちょうど向こうも起きたらしい。

「キャーッ!?」

 いきなり悲鳴を上げられビンタされる。昨日のスカート捲りはともかく、今のは理不尽だとムスッとしていると、徐々に状況を思い出してきたようだ。

「あ、ごめんなさい……寝惚けていて。あの……私、ベッドで寝ていたはずなのだけど」

 カトリシアはそそくさと捲れ上がった服を直しながらも縮こまっていた。とりあえず着替えるのに邪魔だろうと部屋を出ようとすると――

「ま、待って! その、一人じゃ着替えられないの」
「は? 昨日はどうやって着たんだよ」
「それは……奥様に手伝ってもらって」

 意地悪とか言っておきながら、結構世話を焼かれていたのに呆れる。まさか、コールに着替えさせるつもりなのだろうか。

「冗談じゃない、お袋呼んでくるから待ってろ」

 ぶつくさ言いながらドアを開けて母を連れてくるコールだったが、頬についた手の跡について散々揶揄される羽目になるのだった。

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