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魔除けの薬
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朝食の準備をしていると、着替え終わったカトリシアが厨房に下りてきた。昨日は拒絶した母の古着に袖を通している。髪も編み込んでいて普通の娘のような装いだったが、それでも滲み出る気品と美貌に見入ってしまう。
「どうだい、似合ってるだろ」
「あーうん、いいんじゃねえの」
母にせっつかれて仕方なく気のない返事をすると、呆れたように首を振られる。カトリシアの方は落ち着かないようで、スカートの裾を意味もなく弄っている。
「あんた、一晩を共にした割にはつれな過ぎやしないかい? まさか無理強いしようとして拒絶された事、根に持ってんじゃないだろうね」
「だからそんな事してねーって! 大体、無理やり同室にしたのお袋だろ」
どうやらコールの頬についた紅葉を勘違いしているようなので、何のつもりか問い質そうと声を荒げるも、ニヤニヤ顔ではぐらかされるばかりだ。
「まあ、好きにすればいいさ。オーガスティン、今日は店が休みだから、朝食後は明日からの仕事を一通り覚えてもらうからね」
「は、はい!」
昨日とは違い、店内のテーブル席に腰かけたカトリシアは、運ばれてくる料理を目を丸くしながら見守っていた。朝食作りはコールの仕事であり、今日はライスと野菜炒めとスープだった。
「これ、あなたが作ったの?」
「ああ、親父ほど上手くはないから店に出すほどじゃないけど……食べられない物はあるか?」
「食べられないと言うより、ほぼ見た事のない料理だわ」
米は昨晩チャーハンにも使われていたが、今日のは白飯である。野菜に好き嫌いはいくつかあるものの、文句を言えば取り下げられてしまうのでそこは我慢するとの事。問題はスープだ。
「この黒くてコリコリしているのは何?」
「キクラゲ……キノコだよ」
「透明の麺みたいなこれは?」
「ハルサメ」
「この黄色いレースも食べられるの?」
「おい、卵くらいさすがに分かるだろ」
そんなやり取りをしつつ、コールは野菜炒めが減っていないのに気付く。食べたくないなら残してもいい、と呼びかけると、顔を赤らめて首を横に振られ、何の決意か箸を構えられた。
「せっかく作ってくれたんだもの……いただくわ」
戦場にでも赴きそうな表情で、はむっと一口食べた後は、無言で咀嚼しながら箸を進める。やがて完食すると、昨日教えた通り手を合わせ「ご馳走様でした」と締めの挨拶をした。
そして我慢していたであろう感想をぶつけ始める。
「本当は人参とピーマンと玉葱とキノコが大嫌いなの。ここにはなかったけどカボチャもね。でもキャベツは平気よ」
「そうなのか」
「でも味付けは悪くなかったし、全部食べたわ」
「偉いな」
褒めて欲しいのかと思い頭を撫でようとすると、嫌そうに距離を取られ、伸ばした手が宙で止まる。
「昨日までの私には出来なかった事よ。これで少しは、大人になれたかしら」
カトリシアの言葉に、何を気にしているのかが見えてきた。彼女は昨夜、生まれ変わると言った。それは子供っぽくてすぐに騙されてしまう自身からの脱却。
大人とは――成人すれば、役職に就けば、異性と関係を持てば、なれるものだろうか。少なくともコールから見れば、痛みを知ったカトリシアはとっくに子供ではなかった。
朝食が済むと、母から掃除のレクチャーを受ける。箒とはたき、雑巾入りのバケツを持たされたカトリシアの後を、コールもフォローという名目でついて行かされた。
「最初は天井の煤や蜘蛛の巣を掃うんだよ。先に下を綺麗にしても、埃が落ちちゃ無駄だからね。それからだんだん下がって最後に床を掃く。拭き掃除はその後だよ」
カトリシアは言われた通りに箒で掃いていくが、少しでも手を抜こうものなら即座に檄が飛んでくる。
「隙間にゴミを押し込まない! いいかい、うちは食べ物を扱っているんだ。そうするとどうしても鼠や虫がわいてくる。衛生管理は奴らとの戦いなんだよ」
「ひっ」
掃き続けるうちにぼんやりしてきていたカトリシアは、青褪めてシャキッと背筋を伸ばすと丁寧に隅まで箒で清める。鼠や虫がダメなあたりはお姫様らしい……とは思うが、彼女は最初から生き物全般が苦手なのだった。
拭き掃除の段階になると、母は茶色い液体が入ったガラス瓶を取り出し、バケツの水や布巾に垂らしていく。
「何です、それ?」
「魔除けのまじないだよ」
「ま、魔女の薬……!」
「なわけないだろ。ただのハーブビネガーだから」
ラーメン屋【煉獄】では掃除の仕上げに自家製のハーブビネガーを使う。四種類のハーブをワインビネガーに二週間ほど漬け込むと、虫除けになるのだ。特に鼠は病気の元として、徹底した対策を取っていた。
「お金も恋もなんにもない、かわいいオーガスティン……」
「景気の悪い歌だね」
床を雑巾で拭きながら口遊むカトリシアに、母が文句を言ってくる。きつい仕事なのだから歌でも歌わないとやっていられないのは分かる。中でも『かわいいオーガスティン』はお気に入りなのだから好きにさせろとは思うのだが。
「言葉には魂が宿るってのが父ちゃんの持論だからね。曲は可愛いのかもしれないけど」
「じゃあ、景気のいい歌を教えてください」
ムッとして雑巾を放り投げたカトリシアに得意げな顔を見せると、母は上機嫌で歌い始める。
「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム……」
「どこが景気のいい歌だよ? 曲調却って暗くなってるじゃねえか」
「何言ってんだい、さっきのビネガーにも使われてる、魔除け効果があるハーブなんだよ?
これはね、路上で無垢なお嬢さんを引っかける妖精の騎士を追っ払う歌なんだ」
明らかに正体不明の豚飼いに身を許した事への揶揄だろう。それを察したのか、カトリシアが顔を赤らめて頬を膨らませる。
「やっぱり意地悪……」
「と言うか、妖精の騎士なら魔王の手下なんだからお袋の管轄じゃねえの?」
「とっくに引退してるよ。昨今うろついてんのは、完全に野良騎士だからね」
魔王の娘が歌う魔除けの歌……釈然としないものを感じながらも、カトリシアは乾燥させたハーブを厨房に吊るした。
「どうだい、似合ってるだろ」
「あーうん、いいんじゃねえの」
母にせっつかれて仕方なく気のない返事をすると、呆れたように首を振られる。カトリシアの方は落ち着かないようで、スカートの裾を意味もなく弄っている。
「あんた、一晩を共にした割にはつれな過ぎやしないかい? まさか無理強いしようとして拒絶された事、根に持ってんじゃないだろうね」
「だからそんな事してねーって! 大体、無理やり同室にしたのお袋だろ」
どうやらコールの頬についた紅葉を勘違いしているようなので、何のつもりか問い質そうと声を荒げるも、ニヤニヤ顔ではぐらかされるばかりだ。
「まあ、好きにすればいいさ。オーガスティン、今日は店が休みだから、朝食後は明日からの仕事を一通り覚えてもらうからね」
「は、はい!」
昨日とは違い、店内のテーブル席に腰かけたカトリシアは、運ばれてくる料理を目を丸くしながら見守っていた。朝食作りはコールの仕事であり、今日はライスと野菜炒めとスープだった。
「これ、あなたが作ったの?」
「ああ、親父ほど上手くはないから店に出すほどじゃないけど……食べられない物はあるか?」
「食べられないと言うより、ほぼ見た事のない料理だわ」
米は昨晩チャーハンにも使われていたが、今日のは白飯である。野菜に好き嫌いはいくつかあるものの、文句を言えば取り下げられてしまうのでそこは我慢するとの事。問題はスープだ。
「この黒くてコリコリしているのは何?」
「キクラゲ……キノコだよ」
「透明の麺みたいなこれは?」
「ハルサメ」
「この黄色いレースも食べられるの?」
「おい、卵くらいさすがに分かるだろ」
そんなやり取りをしつつ、コールは野菜炒めが減っていないのに気付く。食べたくないなら残してもいい、と呼びかけると、顔を赤らめて首を横に振られ、何の決意か箸を構えられた。
「せっかく作ってくれたんだもの……いただくわ」
戦場にでも赴きそうな表情で、はむっと一口食べた後は、無言で咀嚼しながら箸を進める。やがて完食すると、昨日教えた通り手を合わせ「ご馳走様でした」と締めの挨拶をした。
そして我慢していたであろう感想をぶつけ始める。
「本当は人参とピーマンと玉葱とキノコが大嫌いなの。ここにはなかったけどカボチャもね。でもキャベツは平気よ」
「そうなのか」
「でも味付けは悪くなかったし、全部食べたわ」
「偉いな」
褒めて欲しいのかと思い頭を撫でようとすると、嫌そうに距離を取られ、伸ばした手が宙で止まる。
「昨日までの私には出来なかった事よ。これで少しは、大人になれたかしら」
カトリシアの言葉に、何を気にしているのかが見えてきた。彼女は昨夜、生まれ変わると言った。それは子供っぽくてすぐに騙されてしまう自身からの脱却。
大人とは――成人すれば、役職に就けば、異性と関係を持てば、なれるものだろうか。少なくともコールから見れば、痛みを知ったカトリシアはとっくに子供ではなかった。
朝食が済むと、母から掃除のレクチャーを受ける。箒とはたき、雑巾入りのバケツを持たされたカトリシアの後を、コールもフォローという名目でついて行かされた。
「最初は天井の煤や蜘蛛の巣を掃うんだよ。先に下を綺麗にしても、埃が落ちちゃ無駄だからね。それからだんだん下がって最後に床を掃く。拭き掃除はその後だよ」
カトリシアは言われた通りに箒で掃いていくが、少しでも手を抜こうものなら即座に檄が飛んでくる。
「隙間にゴミを押し込まない! いいかい、うちは食べ物を扱っているんだ。そうするとどうしても鼠や虫がわいてくる。衛生管理は奴らとの戦いなんだよ」
「ひっ」
掃き続けるうちにぼんやりしてきていたカトリシアは、青褪めてシャキッと背筋を伸ばすと丁寧に隅まで箒で清める。鼠や虫がダメなあたりはお姫様らしい……とは思うが、彼女は最初から生き物全般が苦手なのだった。
拭き掃除の段階になると、母は茶色い液体が入ったガラス瓶を取り出し、バケツの水や布巾に垂らしていく。
「何です、それ?」
「魔除けのまじないだよ」
「ま、魔女の薬……!」
「なわけないだろ。ただのハーブビネガーだから」
ラーメン屋【煉獄】では掃除の仕上げに自家製のハーブビネガーを使う。四種類のハーブをワインビネガーに二週間ほど漬け込むと、虫除けになるのだ。特に鼠は病気の元として、徹底した対策を取っていた。
「お金も恋もなんにもない、かわいいオーガスティン……」
「景気の悪い歌だね」
床を雑巾で拭きながら口遊むカトリシアに、母が文句を言ってくる。きつい仕事なのだから歌でも歌わないとやっていられないのは分かる。中でも『かわいいオーガスティン』はお気に入りなのだから好きにさせろとは思うのだが。
「言葉には魂が宿るってのが父ちゃんの持論だからね。曲は可愛いのかもしれないけど」
「じゃあ、景気のいい歌を教えてください」
ムッとして雑巾を放り投げたカトリシアに得意げな顔を見せると、母は上機嫌で歌い始める。
「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム……」
「どこが景気のいい歌だよ? 曲調却って暗くなってるじゃねえか」
「何言ってんだい、さっきのビネガーにも使われてる、魔除け効果があるハーブなんだよ?
これはね、路上で無垢なお嬢さんを引っかける妖精の騎士を追っ払う歌なんだ」
明らかに正体不明の豚飼いに身を許した事への揶揄だろう。それを察したのか、カトリシアが顔を赤らめて頬を膨らませる。
「やっぱり意地悪……」
「と言うか、妖精の騎士なら魔王の手下なんだからお袋の管轄じゃねえの?」
「とっくに引退してるよ。昨今うろついてんのは、完全に野良騎士だからね」
魔王の娘が歌う魔除けの歌……釈然としないものを感じながらも、カトリシアは乾燥させたハーブを厨房に吊るした。
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