名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです

白羽鳥(扇つくも)

文字の大きさ
12 / 47

夢に見そうで

しおりを挟む
 自室の前に立ったコールは、ノックをしてカトリシアが着替え終わっているのを確認してからドアを開ける。
 自分でもゆったりと余裕のあるサイズだった寝間着は、彼女が着るとさらにだぼだぼで、特に下はずり落ちないよう押さえなければならなかった。露出度は減ったのに母のお古より破壊力が増した気がする。

「お袋が変な事させて悪かったな。ここはお前一人が使っていいから」
「え、あの……コールはどこで寝るの?」

 敷布団を畳んで持って行こうとするコールに、カトリシアは戸惑いの声を上げる。

「廊下で寝るよ。男と一緒なんて落ち着いて眠れないだろ」
「ま、待って……あっ!」

 引き留めようとしたカトリシアがズボンの裾を踏ん付け転びかけたので、慌てて支える。飛び込んできた柔らかい肢体と、露わになった足に一瞬理性が飛びかけるが、何とか踏み止まった。

「一人にしないで……」
「へっ??」
「昼間の鼠の大群が……寄って来られて、肉片になった光景を思い出して……夢に見そうで」
「ああ……それは、俺もヤバいな」

 ヤバい理由は他にもあるが。その言葉を飲み込んで、涙目で懇願するカトリシアを見下ろす。この無自覚な誘惑に流されてしまっても、きっと責められる事はない。怯えているとは言え、彼女自身がそれを望んでいるのだ。

(けど、今はまだダメだ。俺自身がもっと強くなって、こいつを守れるくらいにならないと)

「一緒には寝られない」
「私、コールを怒らせてばかりだから……嫌われたの?」
「違う! お前がちゃんと好きになった相手じゃないと後悔するだろ」

 肩を掴んで宥めると、カトリシアの目から涙が零れ落ちる。泣かせてしまったと狼狽えるコールの胸に、彼女は頭を押し付けた。

「好きになっても……みんな私から離れていく。お母様は亡くなって、お父様は私を追い出して……ロジエル殿下にも捨てられた。だったら最初から、好きになんてならなければいい。そばにいて優しくしてくれるなら私は」
「それ以上言うな」

 愛を諦めている言葉に悲しくなって、手でカトリシアの口を塞ぐ。もしロジエル殿下が彼女を見捨てず、隣国に出迎えていたなら……刹那的な仮初めの愛だけ与えて逃げた王子が恨めしい。

「分かった。怖い夢を見ないように、今夜は手を繋いでてやる。だから嫌なら無理して男を誘う真似は二度とするなよ」

 言外に、今やっているのはそういう事だと含ませて布団を敷き直す。俯きながらも納得したらしいカトリシアがベッドに潜り込むのを確認してから自分も横になり、灯りが消えた暗闇の中でお互い手を伸ばして繋いだ。

(柔らかい……)

 一日二日の水仕事では、蝶よ花よと可愛がられてきた姫君の手が荒れる事はない。初めて握った女の子の手を撫で回したい誘惑に駆られるが、コールはそれ以上の使命感で押さえ込んだ。
 この手を、自分が守ってみせると。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ラーメン屋【煉獄】はラーメン以外のサイドメニューも充実しているのだが、来店客へのお土産専用に肉まんも販売している。出前を注文する客からも購入したいという要望はあるのだが、あくまでメインはラーメンである事と作るのにかかる時間を考えて、お持ち帰りのみとさせていただいている。
 その肉まんが、コールの手の中にあった。ほかほかと湯気を立てていて食欲をそそるのだが、かぶりつこうとしても何故か手が動かないのだ。目の前にあるのに食べられない、こんなにも温かくて柔らかくておいしそうで……

 ピピーッ、ピピーッ、ピピーッ!

 いきなり聞こえてきた笛の音に、一気に覚醒して飛び起きる。昨日金物屋で買った鳥籠の中にいるナイチンゲールが、目覚ましに抜群なけたたましい笛の音を模して鳴いていた。唐突に夢を中断されたせいか、まだ手の中に肉まんのぬくもりが残っている気がする。

(いや、気のせいじゃない。現に今も手が動かな……うわぁっ!?)

 視線を手の先に移動させたコールは、驚愕のあまり叫びかけた。ベッドで眠るカトリシアが、昨日から繋ぎっぱなしの手を抱きしめていたのだ。咄嗟に抜き取ろうとするが、下手に動かせばあらぬ場所に触れてしまいそうで躊躇する。しかし、いつまでもこのままではいられない。

「オーガスティン、オーガスティン起きろ!」
「むにゃ……かわいいオーガスティン……」
「歌ってる場合か! 朝だぞ、早く手を放せ」

 反対側の手で揺り起こすと、寝ぼけ眼のカトリシアはようやく繋いでいた手を解放してくれた。その瞬間、ビリッと痺れが走る。長時間同じ姿勢を取らされたからだろうか。まずいなと思いつつも手を擦っていると――

「おはよう、コール。あ、あの……昨日は甘えた事言ってごめんなさい」

 目が覚めたらしいカトリシアが、起き上がり顔を赤らめながら謝ってきた。寝起き姿でこんなしおらしい態度を見せられるのは心臓に悪い。だがコールは、表面上は何て事ないかのように振る舞った。

「別に……それで、怖い夢は見なかったか?」
「ええ、ずっと手を握っててくれたから。やっぱり魔法の手ね」

 無邪気に褒めてこられると、逆にこっちが邪な想いで見ていた事で罪悪感に襲われる。カトリシアの自立も大事だが、同時にコールも彼女を支えられるだけの男にならなければと決意を強めた。最終的に彼女に選ばれるかどうかは別にして、だ。

「じゃ、今日からはちゃんと着替えられるな? 俺は廊下で着替えるから、終わったら呼んでくれ」
「随分早いのね? 外はまだ薄暗いのに」
「飲食店はこんなもんだぞ。朝は仕込みの時間だからな」

 ドアノブに触れた時にまた腕が痺れたが、顰めた顔を見せないようにしてコールは部屋を出た。

しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...