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夢に見そうで
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自室の前に立ったコールは、ノックをしてカトリシアが着替え終わっているのを確認してからドアを開ける。
自分でもゆったりと余裕のあるサイズだった寝間着は、彼女が着るとさらにだぼだぼで、特に下はずり落ちないよう押さえなければならなかった。露出度は減ったのに母のお古より破壊力が増した気がする。
「お袋が変な事させて悪かったな。ここはお前一人が使っていいから」
「え、あの……コールはどこで寝るの?」
敷布団を畳んで持って行こうとするコールに、カトリシアは戸惑いの声を上げる。
「廊下で寝るよ。男と一緒なんて落ち着いて眠れないだろ」
「ま、待って……あっ!」
引き留めようとしたカトリシアがズボンの裾を踏ん付け転びかけたので、慌てて支える。飛び込んできた柔らかい肢体と、露わになった足に一瞬理性が飛びかけるが、何とか踏み止まった。
「一人にしないで……」
「へっ??」
「昼間の鼠の大群が……寄って来られて、肉片になった光景を思い出して……夢に見そうで」
「ああ……それは、俺もヤバいな」
ヤバい理由は他にもあるが。その言葉を飲み込んで、涙目で懇願するカトリシアを見下ろす。この無自覚な誘惑に流されてしまっても、きっと責められる事はない。怯えているとは言え、彼女自身がそれを望んでいるのだ。
(けど、今はまだダメだ。俺自身がもっと強くなって、こいつを守れるくらいにならないと)
「一緒には寝られない」
「私、コールを怒らせてばかりだから……嫌われたの?」
「違う! お前がちゃんと好きになった相手じゃないと後悔するだろ」
肩を掴んで宥めると、カトリシアの目から涙が零れ落ちる。泣かせてしまったと狼狽えるコールの胸に、彼女は頭を押し付けた。
「好きになっても……みんな私から離れていく。お母様は亡くなって、お父様は私を追い出して……ロジエル殿下にも捨てられた。だったら最初から、好きになんてならなければいい。そばにいて優しくしてくれるなら私は」
「それ以上言うな」
愛を諦めている言葉に悲しくなって、手でカトリシアの口を塞ぐ。もしロジエル殿下が彼女を見捨てず、隣国に出迎えていたなら……刹那的な仮初めの愛だけ与えて逃げた王子が恨めしい。
「分かった。怖い夢を見ないように、今夜は手を繋いでてやる。だから嫌なら無理して男を誘う真似は二度とするなよ」
言外に、今やっているのはそういう事だと含ませて布団を敷き直す。俯きながらも納得したらしいカトリシアがベッドに潜り込むのを確認してから自分も横になり、灯りが消えた暗闇の中でお互い手を伸ばして繋いだ。
(柔らかい……)
一日二日の水仕事では、蝶よ花よと可愛がられてきた姫君の手が荒れる事はない。初めて握った女の子の手を撫で回したい誘惑に駆られるが、コールはそれ以上の使命感で押さえ込んだ。
この手を、自分が守ってみせると。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ラーメン屋【煉獄】はラーメン以外のサイドメニューも充実しているのだが、来店客へのお土産専用に肉まんも販売している。出前を注文する客からも購入したいという要望はあるのだが、あくまでメインはラーメンである事と作るのにかかる時間を考えて、お持ち帰りのみとさせていただいている。
その肉まんが、コールの手の中にあった。ほかほかと湯気を立てていて食欲をそそるのだが、かぶりつこうとしても何故か手が動かないのだ。目の前にあるのに食べられない、こんなにも温かくて柔らかくておいしそうで……
ピピーッ、ピピーッ、ピピーッ!
いきなり聞こえてきた笛の音に、一気に覚醒して飛び起きる。昨日金物屋で買った鳥籠の中にいるナイチンゲールが、目覚ましに抜群なけたたましい笛の音を模して鳴いていた。唐突に夢を中断されたせいか、まだ手の中に肉まんのぬくもりが残っている気がする。
(いや、気のせいじゃない。現に今も手が動かな……うわぁっ!?)
視線を手の先に移動させたコールは、驚愕のあまり叫びかけた。ベッドで眠るカトリシアが、昨日から繋ぎっぱなしの手を抱きしめていたのだ。咄嗟に抜き取ろうとするが、下手に動かせばあらぬ場所に触れてしまいそうで躊躇する。しかし、いつまでもこのままではいられない。
「オーガスティン、オーガスティン起きろ!」
「むにゃ……かわいいオーガスティン……」
「歌ってる場合か! 朝だぞ、早く手を放せ」
反対側の手で揺り起こすと、寝ぼけ眼のカトリシアはようやく繋いでいた手を解放してくれた。その瞬間、ビリッと痺れが走る。長時間同じ姿勢を取らされたからだろうか。まずいなと思いつつも手を擦っていると――
「おはよう、コール。あ、あの……昨日は甘えた事言ってごめんなさい」
目が覚めたらしいカトリシアが、起き上がり顔を赤らめながら謝ってきた。寝起き姿でこんなしおらしい態度を見せられるのは心臓に悪い。だがコールは、表面上は何て事ないかのように振る舞った。
「別に……それで、怖い夢は見なかったか?」
「ええ、ずっと手を握っててくれたから。やっぱり魔法の手ね」
無邪気に褒めてこられると、逆にこっちが邪な想いで見ていた事で罪悪感に襲われる。カトリシアの自立も大事だが、同時にコールも彼女を支えられるだけの男にならなければと決意を強めた。最終的に彼女に選ばれるかどうかは別にして、だ。
「じゃ、今日からはちゃんと着替えられるな? 俺は廊下で着替えるから、終わったら呼んでくれ」
「随分早いのね? 外はまだ薄暗いのに」
「飲食店はこんなもんだぞ。朝は仕込みの時間だからな」
ドアノブに触れた時にまた腕が痺れたが、顰めた顔を見せないようにしてコールは部屋を出た。
自分でもゆったりと余裕のあるサイズだった寝間着は、彼女が着るとさらにだぼだぼで、特に下はずり落ちないよう押さえなければならなかった。露出度は減ったのに母のお古より破壊力が増した気がする。
「お袋が変な事させて悪かったな。ここはお前一人が使っていいから」
「え、あの……コールはどこで寝るの?」
敷布団を畳んで持って行こうとするコールに、カトリシアは戸惑いの声を上げる。
「廊下で寝るよ。男と一緒なんて落ち着いて眠れないだろ」
「ま、待って……あっ!」
引き留めようとしたカトリシアがズボンの裾を踏ん付け転びかけたので、慌てて支える。飛び込んできた柔らかい肢体と、露わになった足に一瞬理性が飛びかけるが、何とか踏み止まった。
「一人にしないで……」
「へっ??」
「昼間の鼠の大群が……寄って来られて、肉片になった光景を思い出して……夢に見そうで」
「ああ……それは、俺もヤバいな」
ヤバい理由は他にもあるが。その言葉を飲み込んで、涙目で懇願するカトリシアを見下ろす。この無自覚な誘惑に流されてしまっても、きっと責められる事はない。怯えているとは言え、彼女自身がそれを望んでいるのだ。
(けど、今はまだダメだ。俺自身がもっと強くなって、こいつを守れるくらいにならないと)
「一緒には寝られない」
「私、コールを怒らせてばかりだから……嫌われたの?」
「違う! お前がちゃんと好きになった相手じゃないと後悔するだろ」
肩を掴んで宥めると、カトリシアの目から涙が零れ落ちる。泣かせてしまったと狼狽えるコールの胸に、彼女は頭を押し付けた。
「好きになっても……みんな私から離れていく。お母様は亡くなって、お父様は私を追い出して……ロジエル殿下にも捨てられた。だったら最初から、好きになんてならなければいい。そばにいて優しくしてくれるなら私は」
「それ以上言うな」
愛を諦めている言葉に悲しくなって、手でカトリシアの口を塞ぐ。もしロジエル殿下が彼女を見捨てず、隣国に出迎えていたなら……刹那的な仮初めの愛だけ与えて逃げた王子が恨めしい。
「分かった。怖い夢を見ないように、今夜は手を繋いでてやる。だから嫌なら無理して男を誘う真似は二度とするなよ」
言外に、今やっているのはそういう事だと含ませて布団を敷き直す。俯きながらも納得したらしいカトリシアがベッドに潜り込むのを確認してから自分も横になり、灯りが消えた暗闇の中でお互い手を伸ばして繋いだ。
(柔らかい……)
一日二日の水仕事では、蝶よ花よと可愛がられてきた姫君の手が荒れる事はない。初めて握った女の子の手を撫で回したい誘惑に駆られるが、コールはそれ以上の使命感で押さえ込んだ。
この手を、自分が守ってみせると。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ラーメン屋【煉獄】はラーメン以外のサイドメニューも充実しているのだが、来店客へのお土産専用に肉まんも販売している。出前を注文する客からも購入したいという要望はあるのだが、あくまでメインはラーメンである事と作るのにかかる時間を考えて、お持ち帰りのみとさせていただいている。
その肉まんが、コールの手の中にあった。ほかほかと湯気を立てていて食欲をそそるのだが、かぶりつこうとしても何故か手が動かないのだ。目の前にあるのに食べられない、こんなにも温かくて柔らかくておいしそうで……
ピピーッ、ピピーッ、ピピーッ!
いきなり聞こえてきた笛の音に、一気に覚醒して飛び起きる。昨日金物屋で買った鳥籠の中にいるナイチンゲールが、目覚ましに抜群なけたたましい笛の音を模して鳴いていた。唐突に夢を中断されたせいか、まだ手の中に肉まんのぬくもりが残っている気がする。
(いや、気のせいじゃない。現に今も手が動かな……うわぁっ!?)
視線を手の先に移動させたコールは、驚愕のあまり叫びかけた。ベッドで眠るカトリシアが、昨日から繋ぎっぱなしの手を抱きしめていたのだ。咄嗟に抜き取ろうとするが、下手に動かせばあらぬ場所に触れてしまいそうで躊躇する。しかし、いつまでもこのままではいられない。
「オーガスティン、オーガスティン起きろ!」
「むにゃ……かわいいオーガスティン……」
「歌ってる場合か! 朝だぞ、早く手を放せ」
反対側の手で揺り起こすと、寝ぼけ眼のカトリシアはようやく繋いでいた手を解放してくれた。その瞬間、ビリッと痺れが走る。長時間同じ姿勢を取らされたからだろうか。まずいなと思いつつも手を擦っていると――
「おはよう、コール。あ、あの……昨日は甘えた事言ってごめんなさい」
目が覚めたらしいカトリシアが、起き上がり顔を赤らめながら謝ってきた。寝起き姿でこんなしおらしい態度を見せられるのは心臓に悪い。だがコールは、表面上は何て事ないかのように振る舞った。
「別に……それで、怖い夢は見なかったか?」
「ええ、ずっと手を握っててくれたから。やっぱり魔法の手ね」
無邪気に褒めてこられると、逆にこっちが邪な想いで見ていた事で罪悪感に襲われる。カトリシアの自立も大事だが、同時にコールも彼女を支えられるだけの男にならなければと決意を強めた。最終的に彼女に選ばれるかどうかは別にして、だ。
「じゃ、今日からはちゃんと着替えられるな? 俺は廊下で着替えるから、終わったら呼んでくれ」
「随分早いのね? 外はまだ薄暗いのに」
「飲食店はこんなもんだぞ。朝は仕込みの時間だからな」
ドアノブに触れた時にまた腕が痺れたが、顰めた顔を見せないようにしてコールは部屋を出た。
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