名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです

白羽鳥(扇つくも)

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バイトデビュー

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 昨日よりは早い朝食を済ませた後、カトリシアは母から説明を受けていた。

「いいかい? あんたの仕事は開店前の掃除と食器洗いとオーダー、それにお客様が帰った後のテーブルの片付けだよ。出前の注文はまだ難しいだろうからね」
「はい!」

 裏口から店頭に出ると、看板には謎の模様の下に【ラーメン屋・煉獄】と書かれている。読めない方の字は父の前世で使われていた文字だとコールに教えられ、思わず箒の手を止めて見入ってしまう。

「ボサッとしてないで、開店準備しとくれ!」
「は、はーい!」

 シャッターと呼ばれる上下に動く板を押し上げ、入り口前にマットを敷く。これは入店前に靴裏の泥を落としてもらうためらしい。飲食店だけあって衛生管理は徹底されていた。
 朝の店内は薄暗いので、店内のランプに灯りを点せばようやく明るくなった。

「午前中はそれほど来店数は多くないけど、問題は昼前だね。戦場になるから、ここ」
「せ、戦場!?」
「俺は出前が来たら行かなきゃならないから、ついててやれないけど」
「そんな……」

 不穏な宣告にカトリシアは青褪める。果たしてバイト一日目を無事乗り切れる事ができるのか。恐々と身構えていると、来店第一号がやってきた。

「おはようさん」
「らっしゃい!」
「いらっしゃいませー。ほら、あんたも頭を下げるんだよ」
「い、いらっしゃいませ……」

 髭面の中年男性が入ってきて、ビクッと身を竦ませるカトリシアの頭を、母が押さえつける。

「おや、新顔かい?」
「新しいバイトですよ。至らない点もありますけど、よろしくお願いします」
「ハハハ、坊主が店に出たばっかの頃思い出すなー。じゃあ、テストしてやるか」

 コールたちがそれぞれの場所に散ってしまい、オーダーを取れと言われたカトリシアは一人残される。手にはカラスのように真っ黒い羽ペンがあるが、これは書く度にいちいちインク壷に浸す必要がないと聞いた。メモを握りしめ、おずおずと声をかける。

「お、お客様。ご注文はどうされますか?」
「ああ、『いつもの』で。大将にはそう言えば分かるから」
「た、大将??」

 戸惑いつつも言われた通りにメモ帳に書き付けるカトリシア。思わず漏らした疑問に、客は店長の事だと教えてくれた。

「それは、ここが戦場になるからでしょうか?」
「へぇ? プッ、上手い事言うな。そうそう、店長はこの戦の采配を握ってるからな」
「トクさん、新人をからかわないでください。オーガスティンも、無駄話してないでオーダー取ったらすぐ戻る!」
「は、はーい!」

 慌てて走ろうとすると、うっかり転びそうになる。咄嗟に腕を掴んでやりながら、コールは注意した。

「店内で走るな。床は滑りやすいし、ぶつかったら危ないだろ」
「ご、ごめんなさい……えっと、ご注文は『いつもの』って」
「はいよ!」

 カトリシアがオーダーを告げた瞬間、父がお盆にラーメンとライス、それに唐揚げを載せた。

「???」
「トクさんはいつもこのメニューなんだ。常連さんが頼むのは大体固定だから、覚えておくと楽だぞ」
「そうなの……」
「それと、オーダー取る時は水も一緒に持って行ってコップに注ぐんだ。お代わりも頼まれたらその都度頼むな」

 頷きながらもメモを取ろうとするが、待たせている間に麺が伸びてしまう。落とさないようにヨタヨタお盆を運び、常連客のテーブルに置く。ガタッと少し大きな音が鳴り、スープが波打ってしまったのでヒヤリとする。

「お、お待たせいたしました。ご注文のラーメンセットです……お水もすぐにお持ちしますね」
「おいおい、大丈夫か? 随分重そうだったが」
「へ、平気、です……」

 心配そうに見守る常連は、まさかこの新人が自国の皇女殿下だとは思いもしないだろう。


 昼前は戦場になる、という言葉の意味を、カトリシアはすぐに思い知る事になった。ダンジョンが近いので、村人だけでなく立ち寄った冒険者たちも訪れるのだ。

「ちょっとぉ、これ頼んでないんだけど?」
「おーい、味噌ラーメンまだか?」
「すっ、すみません間違えました!」
「おい、水がないって何度も言ってるのに聞こえてないのか?」
「すみません、今すぐ!」
「オーガスティン、六番テーブルに豚骨一丁!」
「はいっ、ただいま……あっ!」

 ガチャン!

 慌しく店内を駆け回っていたカトリシアは、持って行こうとしたお盆を傾け、載っていた丼を落としてしまう。慌てて破片を拾おうと手を伸ばしたところで、母にスパーンと頭を叩かれた。

「危ないから触るんじゃないよ! 箒とちりとり、それにモップを持ってきな」
「ふえぇ……」
「泣いてる暇があるなら、さっさと行く! お客様をお待たせするんじゃないよ」

 ボロッと涙が零れるが、母の言う通り今は仕事中だ。コールの説得でここに置いてもらっているのだから、彼にも迷惑はかけられない。ぐいっと目元を拭うと、走らないよう早歩きで掃除用具を取りに行った。

「女将さん、いつになく怖いな……新人なんだから、あんな怒る事ないのに」
「いやいや、最初が肝心だよ。コール君もあれで随分鍛えられてたからなー」
「と言うかあの娘、えらく別嬪だがコール君の嫁候補か?」
「だからあんなにあたりがきつく……」

 ハラハラと様子を見守っていた常連たちが好き勝手言うのも聞こえないふりで、母は新しいラーメンを注文客に運ぶ。戻ってきたカトリシアは目元が腫れていたものの、もう泣いてはいなかった。歯を食い縛って指示通りに割れた丼鉢を片付けている。

「客商売なんだから、店内では笑顔第一!」
「グスッ、はい!」
「お盆は落とさないよう両手で持つ!」
「はい!」
「トラブルがあったら、『お待たせして申し訳ありません』だよ」
「はい……!」

 昼食は、客の出入りが落ち着いた頃になる。カトリシアがバックヤードに行くよう言われる頃に、コールはおかもちを手に戻ってきた。彼女の涙の跡を見て何か言いかけるも、先に両親に報告する。仕事中なので口調も店員のそれだ。

「すみません、おかもち落として中のラーメンがぐちゃぐちゃになりました」
「はぁ? 何やってんだい、あんたまで」
……?」

 首を傾げるコールの腕を、父が突然掴み上げる。途端にビリッと電流が走った。

「いって……!」
「腕が痺れてるな。見たところ、朝から庇っていた」

 ハッとしたカトリシアは、ガタンと椅子から立ち上がる。

「ごめんなさい、それは私のせいで……」
「バカッ、黙ってろって」
「なんであんたのせいでコールが……ははーん、昨日あれだけ啖呵切っといて、結局は腕枕して一緒に寝てやったのかい。隅に置けないねぇ」

 予想通りの勘違いをされ、コールは顔に手を当てる。カトリシアは「違うんです!」と弁解しているが、顔が真っ赤なので逆効果だ。

「ベッドと床で寝てて腕枕なんてできるわけねえだろ……一人で寝るのは怖いからって、手を繋いでただけだよ」

 それでもわざわざバラすのは恥ずかしかったが、母は二人のあまりの初心さに呆れていた。

「何でもいいが、早いとこ治しとけ。代わりのラーメンを用意するから、すぐお客様に届けないとな」
「そうだったね。ほら、腕をお出し」

 母はコールの手を取ると、触れた部分がパアッと光る。カトリシアにとって見るのは初めてだったが、この現象が何かは知っている。

「回復魔法……!」
「よしっ、行ってきます!」

 彼女の驚きをよそに、コールは何度か腕を動かして確認すると、渡されたおかもちを受け取って再び裏口から出て行った。カトリシアの何か言いたげな視線にも応えず、母は賄いの準備を始める。

「さ、お昼を食べたらもうひと踏ん張りだよ。空腹じゃ力出ないから、しっかり食べときな」
「はい……」

 その日出されたのは、塩ラーメンだった。トッピングのチャーシューを見つめながら、昨日コールが作ったものを台無しにしてしまったのを思い知る。塩と言うだけあってしょっぱいんだな、とカトリシアは麺を啜りながらぼんやり考えていた。

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