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使い捨て
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魔法陣で店に帰還した後、コールは両親にダンジョンで戦闘に加勢した事への報告を行った。トドキ草周辺の魔法陣が巻き添えで壊された事に関しても。
「チラシに、種を植える場所の安全性を確保する旨を追記しなきゃね」
「それよりもう、ダンジョンへの出前を禁止した方がいいんじゃないか?」
遅い昼食を取りながら両親の話し合いを聞いていると、横からカトリシアが覗き込んできた。
「ねぇコール、考えたんだけど。さっきマジックバッグがあれば便利だって言ってたよね?」
「ああ、わざわざ重いおかもちを持ち運ぶ必要がないからな。それがどうかしたか?」
「それ、魔法陣を使ってできない?」
カトリシアが言うには、届け先に手ぶらで言ってその場で魔法陣を描き、注文の品を取り寄せてはどうかという事だが……
「それができるのはお袋だけだぞ。しかも出前する度にいちいち描かなきゃいけないのは魔力の無駄遣いだろ」
「や、やっぱり無理……?」
名案だと思っていたのが却下され、シュンとして賄いの水餃子を蓮華で崩し始める。戦闘中のダンジョンまでラーメンを汁を零さず運べる手際は見事だが、やはりコールでも丼をダメにしたりとミスがないわけではない。魔法陣を多用できれば、手渡す直前までそうした手間を省けると思ったのだが。
「いいね、それやってみても」
二人の会話を耳にした母は、面白そうだとばかりに割り込んできた。あっさり了承されて、驚いたのはコールだ。母は店内に残って給仕や会計などで立ち回らなければならない。どう考えても、出前に同行する余裕はないのだ。
だが母が賛同したのは、魔法陣を使ってラーメンを出前先まで届けるという点だった。
「あらかじめ魔法陣を紙に書いておけば、使い捨ての転移魔道具として使える。まあ何度か実験してみる必要はあるけど、紙の束だけを持ち歩けば負担はかなり減らせるだろう?」
「いいのか? 一品一品となるとかなりの量になるぞ」
「そこは複製魔法で増やして、必要な箇所だけ書き込めばいい。それなら大量注文が来ても一度に届けられるし、お使い程度ならオーガスティンだって出前を手伝える。いいアイディアじゃないか」
カトリシアの提案に、母は乗り気のようだった。だが当の本人は、出前と聞いて固まっている。先ほどの戦闘がトラウマになっているのだろうか。
「どうした? 心配しなくてもダンジョンに出前なんてもう行かせねぇから」
「う、ううん……そうじゃないの」
浮かない顔をされ、気になったコールは、改めて寝る前に聞いてみる事にした。
「あの冒険者一行の中にいた女剣士さん……『カトリシア』を知っていたのよ」
その夜、ベッドと布団の間で手を繋ぎながら、カトリシアはコールの疑問に答えていた。あれから怖い夢は見ていないようだが、何か心に不安を抱えている時、彼女はこうして触れ合いを求めてくるのだ。
そうしてグレートボアの血抜きをしている間に話していた内容を聞かされ、コールは考え込む。
「第一皇女は病気で表に出られない事にしたのか……まあ妥当だな、まさか豚飼いの男と通じたので追い出したなんて、醜聞でしかないし」
「そんな私が平民に交ざってラーメン屋のバイトしてるのがバレたら、連れ戻されてしまわないかしら」
「オーガスティンは、帰りたくないのか」
これから生きていくために必死に仕事を覚えているカトリシアも、皇族に戻れば苦労なんてする必要はない。瑕は残ってしまうが、少なくとも平民よりは裕福な暮らしは保障されるだろう。
コールの問いに、繋いだ手がキュッと握られる。
「帰っても幽閉されるのは目に見えているもの……溺愛されてるなんて言われたけど、本当は分かっているの。お父様は私を持て余していたって。
お母様が亡くなった後、お父様はすぐに側妃を持ったわ。弟が生まれて、新しい皇后が立てられたのもあっという間。それはお父様が皇帝だから仕方のない事だけれど……
私は、そんなに簡単に気持ちなんて切り替えられない。皇后を新しいお母様と認める事も、姉として皇子を支える事も……お母様を亡くした悲しみを忘れて、大人になんてなりたくなかった。まだ子供のままでいたかった!」
涙声で訴えるカトリシアは、立ち直った周囲から置いてけぼりにされた迷い子だった。恐らく皇帝も、娘の心の傷を分かっていたからこそ、玩具やままごとに夢中になっても窘められなかったのだろう。だが求婚される年頃になって、彼女の悪癖は最悪の事態を招いてしまった。
「甘えが許されないのは理解しているわ……今、その報いを受けているのだし。
愚かなカトリシアは死んだの。私は何もないオーガスティン、だから」
「オーガスティン、もう……」
「帰れなんて、言わないで。お願い、私を捨てないで」
ガバッと起き上がると、コールは驚いているカトリシアの顔に触れた。指で濡れた感触を辿り、覆い被さって目元に唇を当てる。しょっぱい味が舌に広がった。
「そういう意味で言ったんじゃない。お前が望むなら、ずっとここにいていいんだ。さっき出した提案だって、凄いと思ったよ……お前は役に立ってる」
髪を撫でてやると、カトリシアに手を取られ、ドキッとした。勢いでとんでもない行動に出てしまった事を自覚する。
「コールは、私にここにいて欲しい?」
「あ、ああ……もちろん、オーガスティンの気持ちが大事だけど」
「さっきのキスは、そういう事なの?」
(そういう事って、どういう意味だ?)
普通なら好意と捉えるところだが、カトリシアの場合は当てにならない。嫌な予感がして聞き返そうとしたところ、今度は逆に顔を引き寄せられ、頬にチュッとキスされる。暗闇でもバレるんじゃないかと心配するほど赤面するコールに、ふふっと含み笑いをするカトリシア。
「コールからもらった以上は、ここにいてあげる」
囁きと共に離れていく気配に呆然とする中、カトリシアはコールを放置して再び毛布を被って寝てしまった。一人残されたコールは――
(あああああああああ!!)
声にならない雄叫びを上げながら、バフッと枕に撃沈した。
「チラシに、種を植える場所の安全性を確保する旨を追記しなきゃね」
「それよりもう、ダンジョンへの出前を禁止した方がいいんじゃないか?」
遅い昼食を取りながら両親の話し合いを聞いていると、横からカトリシアが覗き込んできた。
「ねぇコール、考えたんだけど。さっきマジックバッグがあれば便利だって言ってたよね?」
「ああ、わざわざ重いおかもちを持ち運ぶ必要がないからな。それがどうかしたか?」
「それ、魔法陣を使ってできない?」
カトリシアが言うには、届け先に手ぶらで言ってその場で魔法陣を描き、注文の品を取り寄せてはどうかという事だが……
「それができるのはお袋だけだぞ。しかも出前する度にいちいち描かなきゃいけないのは魔力の無駄遣いだろ」
「や、やっぱり無理……?」
名案だと思っていたのが却下され、シュンとして賄いの水餃子を蓮華で崩し始める。戦闘中のダンジョンまでラーメンを汁を零さず運べる手際は見事だが、やはりコールでも丼をダメにしたりとミスがないわけではない。魔法陣を多用できれば、手渡す直前までそうした手間を省けると思ったのだが。
「いいね、それやってみても」
二人の会話を耳にした母は、面白そうだとばかりに割り込んできた。あっさり了承されて、驚いたのはコールだ。母は店内に残って給仕や会計などで立ち回らなければならない。どう考えても、出前に同行する余裕はないのだ。
だが母が賛同したのは、魔法陣を使ってラーメンを出前先まで届けるという点だった。
「あらかじめ魔法陣を紙に書いておけば、使い捨ての転移魔道具として使える。まあ何度か実験してみる必要はあるけど、紙の束だけを持ち歩けば負担はかなり減らせるだろう?」
「いいのか? 一品一品となるとかなりの量になるぞ」
「そこは複製魔法で増やして、必要な箇所だけ書き込めばいい。それなら大量注文が来ても一度に届けられるし、お使い程度ならオーガスティンだって出前を手伝える。いいアイディアじゃないか」
カトリシアの提案に、母は乗り気のようだった。だが当の本人は、出前と聞いて固まっている。先ほどの戦闘がトラウマになっているのだろうか。
「どうした? 心配しなくてもダンジョンに出前なんてもう行かせねぇから」
「う、ううん……そうじゃないの」
浮かない顔をされ、気になったコールは、改めて寝る前に聞いてみる事にした。
「あの冒険者一行の中にいた女剣士さん……『カトリシア』を知っていたのよ」
その夜、ベッドと布団の間で手を繋ぎながら、カトリシアはコールの疑問に答えていた。あれから怖い夢は見ていないようだが、何か心に不安を抱えている時、彼女はこうして触れ合いを求めてくるのだ。
そうしてグレートボアの血抜きをしている間に話していた内容を聞かされ、コールは考え込む。
「第一皇女は病気で表に出られない事にしたのか……まあ妥当だな、まさか豚飼いの男と通じたので追い出したなんて、醜聞でしかないし」
「そんな私が平民に交ざってラーメン屋のバイトしてるのがバレたら、連れ戻されてしまわないかしら」
「オーガスティンは、帰りたくないのか」
これから生きていくために必死に仕事を覚えているカトリシアも、皇族に戻れば苦労なんてする必要はない。瑕は残ってしまうが、少なくとも平民よりは裕福な暮らしは保障されるだろう。
コールの問いに、繋いだ手がキュッと握られる。
「帰っても幽閉されるのは目に見えているもの……溺愛されてるなんて言われたけど、本当は分かっているの。お父様は私を持て余していたって。
お母様が亡くなった後、お父様はすぐに側妃を持ったわ。弟が生まれて、新しい皇后が立てられたのもあっという間。それはお父様が皇帝だから仕方のない事だけれど……
私は、そんなに簡単に気持ちなんて切り替えられない。皇后を新しいお母様と認める事も、姉として皇子を支える事も……お母様を亡くした悲しみを忘れて、大人になんてなりたくなかった。まだ子供のままでいたかった!」
涙声で訴えるカトリシアは、立ち直った周囲から置いてけぼりにされた迷い子だった。恐らく皇帝も、娘の心の傷を分かっていたからこそ、玩具やままごとに夢中になっても窘められなかったのだろう。だが求婚される年頃になって、彼女の悪癖は最悪の事態を招いてしまった。
「甘えが許されないのは理解しているわ……今、その報いを受けているのだし。
愚かなカトリシアは死んだの。私は何もないオーガスティン、だから」
「オーガスティン、もう……」
「帰れなんて、言わないで。お願い、私を捨てないで」
ガバッと起き上がると、コールは驚いているカトリシアの顔に触れた。指で濡れた感触を辿り、覆い被さって目元に唇を当てる。しょっぱい味が舌に広がった。
「そういう意味で言ったんじゃない。お前が望むなら、ずっとここにいていいんだ。さっき出した提案だって、凄いと思ったよ……お前は役に立ってる」
髪を撫でてやると、カトリシアに手を取られ、ドキッとした。勢いでとんでもない行動に出てしまった事を自覚する。
「コールは、私にここにいて欲しい?」
「あ、ああ……もちろん、オーガスティンの気持ちが大事だけど」
「さっきのキスは、そういう事なの?」
(そういう事って、どういう意味だ?)
普通なら好意と捉えるところだが、カトリシアの場合は当てにならない。嫌な予感がして聞き返そうとしたところ、今度は逆に顔を引き寄せられ、頬にチュッとキスされる。暗闇でもバレるんじゃないかと心配するほど赤面するコールに、ふふっと含み笑いをするカトリシア。
「コールからもらった以上は、ここにいてあげる」
囁きと共に離れていく気配に呆然とする中、カトリシアはコールを放置して再び毛布を被って寝てしまった。一人残されたコールは――
(あああああああああ!!)
声にならない雄叫びを上げながら、バフッと枕に撃沈した。
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