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同室解消
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パガトリー家の住宅はラーメン屋【煉獄】と一体化していて、二階がコールと両親の部屋、トイレ、そして物置になっている。トイレの横にある引き戸の中はかなり狭く、荷物を全て出したとしても布団を敷くスペースすらないのだが。
「お袋……オーガスティンをこんなところに押し込める気か?」
「まさか。家族として迎え入れるって言っただろ? だからちゃんと部屋を作ってやらないとね」
母はそう言うと、引き戸に手を当てる――と、その目が血のように真っ赤になった。手から魔法陣が出現し、扉に刻み付けられる。
「はあああああっ!!」
ドン、と一瞬の揺れの後、魔法陣が消えた。その跡には、何もない戸から煙が立っている。
「きゃっ」
「お、お袋!? どうしたんだよ、それ」
カトリシアが背中に隠れ、コールも呆然として母を指差す。瞳の色が赤いままだった。それだけではない、歯や耳が微妙に尖り、額にも棘のようなものが生えている……あれは、角?
「ああ、久しぶりにこれだけ使っちまったからねぇ。あんたも知ってるだろ?」
「実際見るのは初めてなんだけど……あ、お袋は魔法を使い過ぎると魔族に戻っちまうんだと」
後ろで恐る恐る窺っているカトリシアに説明してやると、母は伸びた爪で頬を掻きながらカラカラと笑う。
「しばらくしたら元に戻るんだけど、そういうわけで明日は風邪でもひいた事にして引っ込んでるから、店も上手く回しといて。
さ、そんな事より戸を開けてごらん」
促されておずおずと、カトリシアが前に出て引き戸に手をかける。ガラ、と開けて中を覗き込んだ彼女の目が驚愕で見開かれた。
「うわぁ……」
「すっげー、何だこれ!」
コールも感嘆の声を上げる。狭くて薄暗いはずの物置が、シャンデリアに照らされた豪華な寝室に変わっていた。床はふかふかの絨毯、ベッドは天蓋付きで枕元にたくさんのぬいぐるみ。壁には皇帝とその家族の肖像画がかけられている。
「お袋、サービスし過ぎ」
「ここ……お母様の部屋に似てる」
カトリシアの呟きに、え、とコールが振り向くと、部屋の中を見回しながら目を潤ませていた。何が何だか分からない二人に、母が得意げに説明する。
「灯台下暗しってやつさ。お亡くなりになった前皇后の部屋に立ち入る者はそうそういないだろ」
なんと、田舎のラーメン屋の二階物置と、宮中にある前皇后の私室を魔法で繋げてしまったのだ。いくら娘が使うからと言って、色々問題ではなかろうか……魔王の娘からすれば細かい事だろうが。
「いや、それでもたまに掃除しに来るだろ。皇帝だって……」
「もちろん、その対策はしてある。まずどちらかの入り口が使われている間、もう片方からはどうあっても入る事はできない。さらに向こう側から入った人間は、出た瞬間に部屋にいた時の記憶を忘れるように仕掛けておいた。これで多少不審に思われても、オーガスティンが城の人間と鉢合わせする事はないだろ」
そこまで手の込んだ魔法を使うなら、別の場所でもよかったのではないか。飽きれながらコールは、引き戸とは逆方向にある扉 (繋がったのはトイレ・浴室に通じるスライド式の方だった)を見遣った。
「えーと……オーガスティン、どうする? さすがにこれは……」
いくら何でも、死んだ母親の部屋を無断で使っていいものか。一応確認のために訊ねたところ、何故か神妙な顔を返された。
「でもコールは、私とは一緒の部屋じゃない方がいいんでしょう?」
「え? それは……」
恋人でもない未婚の男女が、いつまでも同室を続けるのはよろしくない。そういう意味で線引きをしていたのだが、何故かカトリシアの言い方だと好意的ではないからという意味に聞こえてしまう。断固否定したいが、引き留めるタイミングでもないので返答に困る。
「私もね、いつまでも甘えてばかりなのはダメだと思っていたの。女将さんは家族だって言ってくれたけれど、やっぱり一日でも早く恩返しができるように、【煉獄】の一員としてコールの力になりたい。
そのためにもまずは一人で眠れるようにならなきゃね」
「いや、心がけは立派だけど前皇后の寝室じゃなくてもよかったんじゃ……」
確かに見つかりにくくはあるが、いつまでも安全というわけでもない。もちろん繋げたのは一時的なもので、時期が来ればまた移る事になる、と母は言う。
「時期って、いつだよ?」
「あんたたちがまた同室になる日さ。それまでにこの子の中できちんと親離れを済ませてやらなきゃね」
また同室になる。
その意味を理解して、コールは顔に火が点いたように赤くなった。いずれはとは思うが、自分でもゴールが見えないのにカトリシアの部屋問題に関してだけどんどん話が進んでいる。しかしろくに別れも済ませられないまま城を追い出された事を思えば、母の言う『親離れ』もカトリシアには必要なのかもしれない。皇家を捨てるという意味でも――
「引き戸同士を繋げちまったから、こっちから入れば城のトイレと風呂は使えないけど、問題ないだろ。寝る時に持ち込んだ私物は、起きて部屋を出る時に全部持ってくるんだよ」
「完全に寝るためだけの部屋だな……窓から部屋に灯りがついてるのが見えると怪しまれる。カーテン閉めて、ベッドサイドランプだけにしておこう」
気を取り直して母と部屋を使う際のルールを決めている間、カトリシアはナイチンゲールの鳥籠をランプとは反対側のテーブルに置き、そこの引き出しからオルゴールを取り出した。前皇后の形見で、死後も棺に入れず部屋に置いたままなのだとか。
蓋を開けると『かわいいオーガスティン』のメロディーが流れ、それに合わせてナイチンゲールも歌い出す。昼とは違い、眠りを誘う優しい調べだった。
「さすがにガラガラを振りながらだと眠れそうにないから……」
「まあ便利だよな」
王子に贈られたプレゼントというところが複雑だが、逃がしてもこうしてカトリシアについててくれるあたり、友達や家族だと思われているのかもしれない。こうなれば諦めて受け入れるしかなかった……カトリシアだけでなく、コールもだ。
「じゃあ、また明日な」
「おやすみなさい」
母と二人、ベッドからこちらに挨拶するカトリシアに手を振り返すと、引き戸をパタンと閉める。そうして久しぶりに自分のベッドで横になったコールだったが、仄かな残り香に今まで彼女がここにいた事と、もう使わない事を突き付けられ、どうしようもない虚しさに囚われてしまった。
「お袋……オーガスティンをこんなところに押し込める気か?」
「まさか。家族として迎え入れるって言っただろ? だからちゃんと部屋を作ってやらないとね」
母はそう言うと、引き戸に手を当てる――と、その目が血のように真っ赤になった。手から魔法陣が出現し、扉に刻み付けられる。
「はあああああっ!!」
ドン、と一瞬の揺れの後、魔法陣が消えた。その跡には、何もない戸から煙が立っている。
「きゃっ」
「お、お袋!? どうしたんだよ、それ」
カトリシアが背中に隠れ、コールも呆然として母を指差す。瞳の色が赤いままだった。それだけではない、歯や耳が微妙に尖り、額にも棘のようなものが生えている……あれは、角?
「ああ、久しぶりにこれだけ使っちまったからねぇ。あんたも知ってるだろ?」
「実際見るのは初めてなんだけど……あ、お袋は魔法を使い過ぎると魔族に戻っちまうんだと」
後ろで恐る恐る窺っているカトリシアに説明してやると、母は伸びた爪で頬を掻きながらカラカラと笑う。
「しばらくしたら元に戻るんだけど、そういうわけで明日は風邪でもひいた事にして引っ込んでるから、店も上手く回しといて。
さ、そんな事より戸を開けてごらん」
促されておずおずと、カトリシアが前に出て引き戸に手をかける。ガラ、と開けて中を覗き込んだ彼女の目が驚愕で見開かれた。
「うわぁ……」
「すっげー、何だこれ!」
コールも感嘆の声を上げる。狭くて薄暗いはずの物置が、シャンデリアに照らされた豪華な寝室に変わっていた。床はふかふかの絨毯、ベッドは天蓋付きで枕元にたくさんのぬいぐるみ。壁には皇帝とその家族の肖像画がかけられている。
「お袋、サービスし過ぎ」
「ここ……お母様の部屋に似てる」
カトリシアの呟きに、え、とコールが振り向くと、部屋の中を見回しながら目を潤ませていた。何が何だか分からない二人に、母が得意げに説明する。
「灯台下暗しってやつさ。お亡くなりになった前皇后の部屋に立ち入る者はそうそういないだろ」
なんと、田舎のラーメン屋の二階物置と、宮中にある前皇后の私室を魔法で繋げてしまったのだ。いくら娘が使うからと言って、色々問題ではなかろうか……魔王の娘からすれば細かい事だろうが。
「いや、それでもたまに掃除しに来るだろ。皇帝だって……」
「もちろん、その対策はしてある。まずどちらかの入り口が使われている間、もう片方からはどうあっても入る事はできない。さらに向こう側から入った人間は、出た瞬間に部屋にいた時の記憶を忘れるように仕掛けておいた。これで多少不審に思われても、オーガスティンが城の人間と鉢合わせする事はないだろ」
そこまで手の込んだ魔法を使うなら、別の場所でもよかったのではないか。飽きれながらコールは、引き戸とは逆方向にある扉 (繋がったのはトイレ・浴室に通じるスライド式の方だった)を見遣った。
「えーと……オーガスティン、どうする? さすがにこれは……」
いくら何でも、死んだ母親の部屋を無断で使っていいものか。一応確認のために訊ねたところ、何故か神妙な顔を返された。
「でもコールは、私とは一緒の部屋じゃない方がいいんでしょう?」
「え? それは……」
恋人でもない未婚の男女が、いつまでも同室を続けるのはよろしくない。そういう意味で線引きをしていたのだが、何故かカトリシアの言い方だと好意的ではないからという意味に聞こえてしまう。断固否定したいが、引き留めるタイミングでもないので返答に困る。
「私もね、いつまでも甘えてばかりなのはダメだと思っていたの。女将さんは家族だって言ってくれたけれど、やっぱり一日でも早く恩返しができるように、【煉獄】の一員としてコールの力になりたい。
そのためにもまずは一人で眠れるようにならなきゃね」
「いや、心がけは立派だけど前皇后の寝室じゃなくてもよかったんじゃ……」
確かに見つかりにくくはあるが、いつまでも安全というわけでもない。もちろん繋げたのは一時的なもので、時期が来ればまた移る事になる、と母は言う。
「時期って、いつだよ?」
「あんたたちがまた同室になる日さ。それまでにこの子の中できちんと親離れを済ませてやらなきゃね」
また同室になる。
その意味を理解して、コールは顔に火が点いたように赤くなった。いずれはとは思うが、自分でもゴールが見えないのにカトリシアの部屋問題に関してだけどんどん話が進んでいる。しかしろくに別れも済ませられないまま城を追い出された事を思えば、母の言う『親離れ』もカトリシアには必要なのかもしれない。皇家を捨てるという意味でも――
「引き戸同士を繋げちまったから、こっちから入れば城のトイレと風呂は使えないけど、問題ないだろ。寝る時に持ち込んだ私物は、起きて部屋を出る時に全部持ってくるんだよ」
「完全に寝るためだけの部屋だな……窓から部屋に灯りがついてるのが見えると怪しまれる。カーテン閉めて、ベッドサイドランプだけにしておこう」
気を取り直して母と部屋を使う際のルールを決めている間、カトリシアはナイチンゲールの鳥籠をランプとは反対側のテーブルに置き、そこの引き出しからオルゴールを取り出した。前皇后の形見で、死後も棺に入れず部屋に置いたままなのだとか。
蓋を開けると『かわいいオーガスティン』のメロディーが流れ、それに合わせてナイチンゲールも歌い出す。昼とは違い、眠りを誘う優しい調べだった。
「さすがにガラガラを振りながらだと眠れそうにないから……」
「まあ便利だよな」
王子に贈られたプレゼントというところが複雑だが、逃がしてもこうしてカトリシアについててくれるあたり、友達や家族だと思われているのかもしれない。こうなれば諦めて受け入れるしかなかった……カトリシアだけでなく、コールもだ。
「じゃあ、また明日な」
「おやすみなさい」
母と二人、ベッドからこちらに挨拶するカトリシアに手を振り返すと、引き戸をパタンと閉める。そうして久しぶりに自分のベッドで横になったコールだったが、仄かな残り香に今まで彼女がここにいた事と、もう使わない事を突き付けられ、どうしようもない虚しさに囚われてしまった。
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