名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです

白羽鳥(扇つくも)

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小さな変化

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 日も昇らない早朝に、コールは目が覚める。ナイチンゲールは毎日決まった時間にけたたましいメロディーを諳んじてくれるので、まだ寝ていてもいいかと枕を抱きしめ……いつもより天井が近い事に気付く。違う、ここ数日で慣れてしまっていたが、今が本来の状態――ベッドの上だ。

 ガバッと飛び起きて部屋から廊下に出ると、物置から鳥の歌声が漏れ聞こえる。この辺りでようやく昨晩のやり取りを思い出した。カトリシアが寝室を移したのだ……何故か、宮廷にある亡き前皇后の私室に。あまり騒げば城の者に感づかれそうだが、母によれば引き戸から入った時点で城内からは音声も完全にシャットアウトされるらしく、退室する際に証拠を片付けていけばバレる心配はないのだとか。

「おーいオーガスティン、起きてるかー?」

 ドンドン、と戸を叩くと、向こうでドテッと何かが落ちる音がした。

「いたたた……」
「朝だぞ。今日はお袋も店に出られないから早く支度しろよ」
「ふぁい」

 眠そうな声と共に、ごそごそ衣擦れの音がする。自分も一旦着替えに戻り、もう一度確認したところ、まだ時間がかかっていた。

「いつまでやってんだよ。お袋呼ぼうか?」
「待って待って……今開けるから!」

 ガラリ、と戸がスライドし、顔を出したカトリシアの手には脱いだ服と魔道具、足元には鳥籠。そして……

「服が後ろ前逆になってるぞ」
「むっ」

 寝ぼけているのか慣れないのか、失敗を笑ってやると、膨れっ面をしたカトリシアがくるりと背中を向けた。途端にコールの笑いが引っ込む。文字通り、後ろを向いて腕を袖から抜いたので背中が丸見えなのだ。

「こ、ここで着替え直すなよ!!」
「また間違えるかもしれないでしょ?」
「分かった、俺が悪かったから!」

 カトリシアは近頃、コールが思い通りにならないとこうやって試すような真似をする。最初は無意識だったが、彼があからさまに慌てふためくので味を占めてしまったらしい。

「肌を見せたりして、自分もダメージ負ってるんだけどな……」
「背中くらい見られたって平気よ。ドレスもデザインによっては露出が高いのもあるもの」

 デザインとして背中を見せるのと、男の目の前で着替えるのは全然違う。大体、カトリシアはコールを異性として認識しているのだろうか。よくて兄妹のような関係になってしまっている。

(背中なら裸のうちに入らないって? 冗談じゃない、こっちはしばらく忘れられそうにないってのに)

 ほんの数秒だったが、積もったばかりの雪のような眩しさで、目に焼き付いてしまった。まだ誰も踏み荒らしていない、真っ白な景色。もちろんロジエル王子との関係は知っているので気のせいなのだが……

(いや実際、具体的なあれそれなんて分かんねえけど。キス百回なんて見つからないうちにさっさと済ませようとするだろうし、そんなゆっくり眺めてる余裕は……)

「コール? ボーッとして、熱でもあるの?」
「へ……いやっ、何でもない! それより使った毛布はちゃんと元通りにしておけよ。シーツも皺がよってる!」

 悶々と考え事をしていたところをひょいと覗き込まれ、ギクッと硬直する。やましさを誤魔化すためにシャキシャキ歩きながら、カトリシアのベッドメイキングをしてやるコールだった。

 母が抜けた店の遣り繰りはかなりきつかったが、風邪を引いた事にして何とか三人で回す事ができた。それを可能にしたのは、カトリシアが考えた出前の注文品を魔法陣で届ける案だ。

 あらかじめ紙にある程度の紋様まで書き込んでおき、魔法で複製して直前に一対の転送用簡易魔法陣に仕上げる。店内に出られないと言ってもバックヤードでスタンバイしている母は、今回出前の受付に終始していた。コールは転送紙を注文数の分だけ持ち運び、出前先で受け取って客に渡す。おかげで今まで以上のスピードで配達をこなし、空いた時間は店を手伝う事ができた。
 母が出られない以上はカトリシアが給仕と会計を請け負う事になってしまったが、これが意外と上手く立ち回れていた。ここ最近、マスコット的な人気で可愛がられていたおかげか、来店客は忙しい彼女を気遣って何かとフォローしてくれる。それだけでなく、レジが上手く使えない代わりに算盤という特技を発揮して勘定を計算したのだ。

「お城の教育で習った事だけど、まさかこういう時に役立つなんて……」
「そう言えば俺ら、魔道具を使った計算機に慣れてるから麻痺してたけど、世界はまだまだ算盤が現役なんだよな」

 昼食休憩でバックヤードに集まった時、そんな話をしていたら、母が上機嫌でカトリシアの頭をポンポン叩く。

「乗り切れるかどうか不安だったけど、やるじゃないか。魔法陣での配達も、この分だとすぐ軌道に乗せられそうだね」
「あの、転送紙を作るのにかなり魔法使っていましたけど、その……大丈夫なんですか?」

 角に牙と、文字通り鬼嫁な見た目になってしまった母の手から、やや距離を取ろうとするカトリシア。気を悪くした様子もなく、むしろ面白そうに母はカラカラ笑った。

「ああ。直接魔法を使うより、魔道具を作る方が消費は少ないし使い勝手はいいよ。
いや本当、あんたいい嫁になるよ。こりゃ拾い物だったねぇ、コール?」
「『物』じゃないだろ、お袋」

 ムスッとして逸らした視線がカトリシアとぶつかってしまい、慌てて逸らす。機嫌が悪いのは彼女を物呼ばわりされたからではない。

(どんどん俺の家族と仲良くなってるよな。それはいいんだけど、肝心の俺がまだ何の実績もないんだ。プロポーズするなら、早いとこ成果を上げないと……)

 今朝見た、カトリシアの真っ新な背中が脳裏に浮かび上がる。別に下心だけで動いているわけでもなく、彼女が安心して嫁げるだけの環境を用意しておきたいのは本心だ。が、皇帝が娘の行方を捜しているともなれば、うかうかしていられなくなった。卑しい豚飼いと通じた恥知らずだと勘当しても、正体が王子ともなれば話は変わってくる。

(向こうはどう思ってるか知らねえけどな。一度は捨てたんだ、返してなんてやるもんか)

 母に頭を撫でられ、擽ったそうに頬を染めるカトリシアを前に、コールは内心決意していた。

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