名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです

白羽鳥(扇つくも)

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見出せた活路

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 庶民には似つかわしくない柔らかなベッドの上で、カトリシアは一人相好を崩していた。コールの母マクルが抜けた穴を埋めるため、いつも以上に慌しく駆け回ったおかげで体はくたくただったが、おかげで認められた事がこんなにも誇らしい。
 従業員として……それはつまり、家族経営の【煉獄】の一員としてだ。

「お母様……わたくし、いつでもコールの嫁になれるんですって。彼はからかうんじゃないって怒ってたけど……ふふ、どう思う?」

 抱きしめたぬいぐるみを枕元へ戻し、かつてのベッドの主に問いかけながら目を閉じようとして……寝る前に用を足しておこうと起き上がる。ここは魔法によってラーメン屋の二階と繋げられた、前皇后の寝室。本来は浴室とトイレがある引き戸を開けば、狭くて薄暗い廊下が彼女を出迎えた。


 トイレからの帰りに、ふと思い立ってコールの部屋を覗いてみると、中には誰もいない。まだ起きているのかと不思議に思い、灯りが漏れている階下に導かれるようにして降りていく。

「コール? 何して……なに、この匂い」
「あっ悪い。起こしたか?」

 振り返ったコールは、鍋でぐつぐつ何かを煮込んでいた。周りの材料を見る限りチャーシューのようなのだが、それにしても異様な匂いだ。

「冒険者ギルドで貰ってきた猪肉を使ってみたんだよ。一応、血と腸は抜いてあるんだが、これがかなり癖が強くて……唐辛子も追加してみようかな」
「いつもこんな夜中に厨房を使ってるの?」
「たまに。まだまだだけど、いつかラーメンでも認めてもらいたくて、スープの研究したりな。あ、これ食うか?」

 試食用にと既に完成したのを冷蔵庫から出され、恐る恐る一口食べる。途端――

「うえぇっ、ゲホッ! 何これ……っ」
「な、くっせぇだろ? これでも酒や酢に漬け込んで臭みは減らしたんだけどな……やっぱり普通の猪肉とも違うのか」

 グレートボアは魔獣なのだから、普通の猪と同じわけがない。なんでそんなものを冒険者ギルドが買い取っているのかと言えば、加工して魔物の餌にするのだと。

(魔物の餌を食べさせられたの、私!?)

「コール、ひょっとしてこのえぐみは瘴気じゃない? 獣臭さ以外にも、嗅覚とは別のところが不快な感じがするし……教会で浄化してもらったら?」
「教会だと、魔物由来の肉ごと消滅させられるんだよな。だけど俺も浄化は考えていた。魔法以外で瘴気を無くせればいいんだが」

 何故こんなゲテモノをチャーシューにしようなんて思い立ったのかは分からないが、真剣な顔で思案するコールに、カトリシアも協力してあげたくなった。
 瘴気は魔界に漂う、人体に悪影響を及ぼすとされる空気だ。だがそこの住人である魔物は耐性ができていて、細胞の一つ一つにまで瘴気が行き渡っている。肉と分離など、可能なのだろうか?

 瘴気は毒ではないので、体に取り込んでも後で浄化すれば大事ないが、店に商品として出すのなら対処は必要だ。何よりこの臭みには耐えられそうにない。

(お酒や酢に漬け込んでもダメだったのよね……となると、匂いを感じているのは鼻ではない?)

 この、背筋が寒くなるような嫌な感じ……魔物に恐怖を感じるのは、何も姿形からだけではない。彼らが醸し出す空気――それを祓うには。

『魔除けのまじないだよ』

「コール、ハーブビネガーは試した?」

 脳裏に母の言葉が浮かんだカトリシアが、興奮したようにコールの腕を掴んだ。

「ハーブビネガー? それは掃除の……いや、そうだな。まだだ」

 彼女の言いたい事を察したコールは、調味料棚から真新しいハーブビネガーを取り出す。
 パセリ、セージ、ローズマリー、タイムをワインビネガーに漬け込んだもの。普段は虫除けに使っているが、れっきとした調味料である。それでいて、妖精の騎士エルフィンナイトにも効くという魔除けの薬だ。悪魔が苦手とするならきっと、瘴気も祓える。

「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム……」
「はは、お袋の鼻歌もすっかり覚えちまったか」

 茶色の酢を鍋に入れ、さらに香味野菜と一緒にハーブも追加。するとだんだん湯気に変化が表れてきた。

「嫌な感じの匂いが、さっきよりも薄くなってない?」
「最初から漬け込んでおけば、もっと良くなるかもな。そうか、盲点だった……」

 まだチャーシューの完成には到達していないが、カトリシアの一言で活路を見出せた。鍋と彼女の顔を見比べていたコールは、目を閉じて天を仰ぐ。

「コール……?」
「何でもない。アドバイスありがとな、オーガスティン」

 訝しげに問いかけたカトリシアに笑顔を向けるコールだったが、一瞬の複雑な表情を隠し切れなかった。

(よく分からないけど……余計な事をしてしまったのかしら)

 原因には思い当たらなかったが、問題があれば指摘してくれるだろう。そう信じて、もう片付けるからと促されたカトリシアは寝室に戻った。

 ベッド脇のテーブルには、お守りのように小鍋とガラガラが置かれている。豚飼いに扮したロジエル王子から譲り受けた際は夢中になって遊んでいたその魔道具たちも、最近めっきり使わなくなった。朝はナイチンゲールが起こしてくれるし、【煉獄】では店内のメニューから賄いまでいつもいい匂いで、周りの家の献立など気にもならない。何より遊んでいる暇などないのだが。

(お母様が亡くなって、玩具は永遠に変わらない私のお友達でいるはずだった。もう、必要ないのかしら……今の私が気になっているのは、コールがしようとしている事……)

 真剣に鍋を見つめているコールの横顔を思い出すうちに、カトリシアはとろとろと夢の世界へ旅立っていった。

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