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魔界の赤いドラゴン②
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いよいよダンジョンの最深部か、という階に足を踏み入れた二人だが、コールは冒険者の誰も知り得ない秘密をカトリシアに告げた。
「実は魔界に直通する道は塞いであるんだよな」
「えー!? ……むぐっ」
驚きの声を上げかけた彼女の口を咄嗟に封じる。下手に騒いで魔物に見つかれば厄介だ。
「そう簡単に行き来できちゃ、伝説級の怪物が地上に這い出してくるだろ。ここから魔界に行くには、隠し通路から次元の裂け目を通らなきゃならない。迷子になれば時空の歪みに取り込まれて二度と戻って来られねえから」
脅すように言えば、袖を掴む力が強まった。怯えてはいるものの、帰ろうと言い出さないのは意地なのか、コールへの信頼なのか。ぐねぐねと幾度も形を変える迷路のような道を、はぐれないよう肩を抱き寄せ進んでいると、彼女が気付いたように顔を上げた。
「ねぇ……ひょっとしてダンジョンを造ったのって、コールたち?」
「そんなわけねえだろ、ダンジョンは自然生成されたものだよ。……まあ、たまに管理はしてるけど」
曖昧に言葉を濁すが、カトリシアの瞳に確信めいた光が宿る。
察したのだろう、両親は魔界からこのダンジョンを通って地上に出た事を。そしてすぐ近くに住まいを構えた。そう、村を見つけて住み着いたのではなく、ラーメン屋を運営していくうちに協力者が周りに集まり、村を形成していったのだ。自分たちは手一杯だからと、村長の役目を他の人間に任せているが。
カトリシアの中で、パガトリー家がどんどん常人離れしていっている。両親はそうかもしれないが、コールとしてはただ、そんな彼らから生まれただけ……おこぼれに過ぎないという自覚があるので苦笑するしかない。
やがて外が見える開けた場所に出ると、空を見上げたカトリシアは感嘆の声を上げた。
空が、赤い。太陽も雲も真っ黒なのに不思議と明るくて、不気味な雰囲気の割に視界は良好だった。鳥の代わりに蝙蝠が飛んでいるあたり、いかにも「らしい」。
「ここが、魔界……あっ、あれは何?」
「おい、勝手に行くな!」
ダンジョンから恐る恐る一歩を踏み出したカトリシアは、岩場近くに輝く赤い物体に興味をそそられ駆け出した。近くで見ると、まるで地面からルビーが生えているようだ。妖しい魅力に誘われ、思わず手を伸ばしかけると――
「それに触るな!」
バシッと手を叩かれ我に返ったカトリシアは、痛みと驚きでコールを見つめる。こんなにも声を荒げるコールは初めてだった。
「これは瘴気の結晶なんだから、普通の人間が触っちゃただじゃ済まないんだよ。頼むから一人で勝手に動くんじゃない!」
「……ごめんなさい」
カトリシアは俯いて謝罪する。身勝手な好奇心がまたも自身を危険に晒し、情けなさに涙が滲んでくる。どうして考えなしに動いてしまうのだろう……だから自分は捨てられたのに、と。
カトリシアの涙に、咄嗟だったとは言えやり過ぎたかとコールは焦り、動揺しながらも赤くなった彼女の手を取って痛みを和らげるように撫でる。
「ごめん、痛かったよな。事前にちゃんと説明しておけばよかった」
「いいの、分かってる……それに、嬉しかったし」
「嬉しい?」
握った手の上から反対側の彼女の手が重なり、無意識に撫でていた事に気付いてドキッとする。しかし今更振り解けず、様子を窺うしかできない。
「コールが怒るのは、私の身を案じてくれたからなのよね? 私はお姫様だったから、今まで我儘を言っても止めてもらえなかった。豚飼い――ロジエル殿下から玩具と引き換えにキスを求められて、後で窘められはしたけれど、力づくで阻止できる相手となると限られてくるじゃない?
だけどもし、あの時コールがいたら……お父様よりも前に、私を殴ってでも止めたんじゃないかって」
「いや、さすがに殴りはしねえよ」
殴るなら騙した王子の方だ。それに自分との出会い自体、カトリシアの追放が前提なので、そんな仮定は無意味なのだが、彼女も分かっていて敢えて言いたくなったのだろう。自嘲するように笑って手を離した。
「それじゃ、会いに行きましょうか。赤いドラゴンに」
「ああ……ここの魔物はダンジョン以上に危険だ。うろうろして絶対見つかるなよ」
忠告に素直に頷くと、今度こそ離れないよう、カトリシアはコールにぴったり寄り添った。涙ぐんだせいか目元を赤く染め、瞳を潤ませている彼女に内心ドキドキが止まらない。
(今のこいつは、もう王子より俺の存在が大きくなってると見ていいのか? 自惚れで早とちりしたくはないが……そろそろ、勝負に出てもいいのかもしれない)
魔物と会うのを避けつつ、険しい道をカトリシアの手を引っ張り上げつつ進む。やがて遠くに漂う霧の奥に、黒い山脈とその上に建つ城の影が見えてきた。
「あれがお袋のいた魔王城跡。ドラゴンはいつも、この辺りに出没していたな」
「もう隠れなくていいの?」
「どうやら相当恐れられてるみたいで、下手な魔族もそいつには近付かないんだよな」
その怪物に、平気で近寄れるコールは何なのか。問いつめたいのを堪え、対面する前にカトリシアは休息を訴えた。
「もう歩き通しでへとへとなの……お腹も空いちゃったし」
「じゃあ、飯にするか」
クーラーボックスからオムスビを出し、丘に座って二人で食べる。賄いの時と違って冷たかったが、空腹のせいかこれはこれでおいしい。二つ目を取り出そうとした時、カトリシアの手からオムスビが滑り落ち、丘の下へコロコロ転がって行ってしまった。
「あっ、待って!」
「おい、ほっとけよ」
坂道だったため、走っても追いつけない。見失ってしまったかと溜息を吐き、踵を返そうとした時、彼女の足がズブッと地面に沈んだ。
「!? きゃあっ」
「オーガスティン!」
小さく悲鳴を上げ落ちていく彼女に、駆け付けたコールが手を伸ばした。
「実は魔界に直通する道は塞いであるんだよな」
「えー!? ……むぐっ」
驚きの声を上げかけた彼女の口を咄嗟に封じる。下手に騒いで魔物に見つかれば厄介だ。
「そう簡単に行き来できちゃ、伝説級の怪物が地上に這い出してくるだろ。ここから魔界に行くには、隠し通路から次元の裂け目を通らなきゃならない。迷子になれば時空の歪みに取り込まれて二度と戻って来られねえから」
脅すように言えば、袖を掴む力が強まった。怯えてはいるものの、帰ろうと言い出さないのは意地なのか、コールへの信頼なのか。ぐねぐねと幾度も形を変える迷路のような道を、はぐれないよう肩を抱き寄せ進んでいると、彼女が気付いたように顔を上げた。
「ねぇ……ひょっとしてダンジョンを造ったのって、コールたち?」
「そんなわけねえだろ、ダンジョンは自然生成されたものだよ。……まあ、たまに管理はしてるけど」
曖昧に言葉を濁すが、カトリシアの瞳に確信めいた光が宿る。
察したのだろう、両親は魔界からこのダンジョンを通って地上に出た事を。そしてすぐ近くに住まいを構えた。そう、村を見つけて住み着いたのではなく、ラーメン屋を運営していくうちに協力者が周りに集まり、村を形成していったのだ。自分たちは手一杯だからと、村長の役目を他の人間に任せているが。
カトリシアの中で、パガトリー家がどんどん常人離れしていっている。両親はそうかもしれないが、コールとしてはただ、そんな彼らから生まれただけ……おこぼれに過ぎないという自覚があるので苦笑するしかない。
やがて外が見える開けた場所に出ると、空を見上げたカトリシアは感嘆の声を上げた。
空が、赤い。太陽も雲も真っ黒なのに不思議と明るくて、不気味な雰囲気の割に視界は良好だった。鳥の代わりに蝙蝠が飛んでいるあたり、いかにも「らしい」。
「ここが、魔界……あっ、あれは何?」
「おい、勝手に行くな!」
ダンジョンから恐る恐る一歩を踏み出したカトリシアは、岩場近くに輝く赤い物体に興味をそそられ駆け出した。近くで見ると、まるで地面からルビーが生えているようだ。妖しい魅力に誘われ、思わず手を伸ばしかけると――
「それに触るな!」
バシッと手を叩かれ我に返ったカトリシアは、痛みと驚きでコールを見つめる。こんなにも声を荒げるコールは初めてだった。
「これは瘴気の結晶なんだから、普通の人間が触っちゃただじゃ済まないんだよ。頼むから一人で勝手に動くんじゃない!」
「……ごめんなさい」
カトリシアは俯いて謝罪する。身勝手な好奇心がまたも自身を危険に晒し、情けなさに涙が滲んでくる。どうして考えなしに動いてしまうのだろう……だから自分は捨てられたのに、と。
カトリシアの涙に、咄嗟だったとは言えやり過ぎたかとコールは焦り、動揺しながらも赤くなった彼女の手を取って痛みを和らげるように撫でる。
「ごめん、痛かったよな。事前にちゃんと説明しておけばよかった」
「いいの、分かってる……それに、嬉しかったし」
「嬉しい?」
握った手の上から反対側の彼女の手が重なり、無意識に撫でていた事に気付いてドキッとする。しかし今更振り解けず、様子を窺うしかできない。
「コールが怒るのは、私の身を案じてくれたからなのよね? 私はお姫様だったから、今まで我儘を言っても止めてもらえなかった。豚飼い――ロジエル殿下から玩具と引き換えにキスを求められて、後で窘められはしたけれど、力づくで阻止できる相手となると限られてくるじゃない?
だけどもし、あの時コールがいたら……お父様よりも前に、私を殴ってでも止めたんじゃないかって」
「いや、さすがに殴りはしねえよ」
殴るなら騙した王子の方だ。それに自分との出会い自体、カトリシアの追放が前提なので、そんな仮定は無意味なのだが、彼女も分かっていて敢えて言いたくなったのだろう。自嘲するように笑って手を離した。
「それじゃ、会いに行きましょうか。赤いドラゴンに」
「ああ……ここの魔物はダンジョン以上に危険だ。うろうろして絶対見つかるなよ」
忠告に素直に頷くと、今度こそ離れないよう、カトリシアはコールにぴったり寄り添った。涙ぐんだせいか目元を赤く染め、瞳を潤ませている彼女に内心ドキドキが止まらない。
(今のこいつは、もう王子より俺の存在が大きくなってると見ていいのか? 自惚れで早とちりしたくはないが……そろそろ、勝負に出てもいいのかもしれない)
魔物と会うのを避けつつ、険しい道をカトリシアの手を引っ張り上げつつ進む。やがて遠くに漂う霧の奥に、黒い山脈とその上に建つ城の影が見えてきた。
「あれがお袋のいた魔王城跡。ドラゴンはいつも、この辺りに出没していたな」
「もう隠れなくていいの?」
「どうやら相当恐れられてるみたいで、下手な魔族もそいつには近付かないんだよな」
その怪物に、平気で近寄れるコールは何なのか。問いつめたいのを堪え、対面する前にカトリシアは休息を訴えた。
「もう歩き通しでへとへとなの……お腹も空いちゃったし」
「じゃあ、飯にするか」
クーラーボックスからオムスビを出し、丘に座って二人で食べる。賄いの時と違って冷たかったが、空腹のせいかこれはこれでおいしい。二つ目を取り出そうとした時、カトリシアの手からオムスビが滑り落ち、丘の下へコロコロ転がって行ってしまった。
「あっ、待って!」
「おい、ほっとけよ」
坂道だったため、走っても追いつけない。見失ってしまったかと溜息を吐き、踵を返そうとした時、彼女の足がズブッと地面に沈んだ。
「!? きゃあっ」
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