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王子視点
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ピグマリオン王国王子ロジエルは、苛立っていた。
隣国ドラコニア帝国の第一皇女カトリシアに、国宝級の薔薇と小鳥を贈り求婚したのにすげなく断られた。あろう事か、造花や玩具の方が良かったと。
恥をかかされた仕返しに豚飼いに扮して帝国に潜入し、くだらない玩具を与えてやれば、信じられないぐらい易々と身を許す始末。自分はこんな女などのために……
娘を溺愛する皇帝も、さすがにこの愚かな振る舞いを放置する事は出来なかったようだ。豚飼いと共に城から放り出すまでするとは思っていなかったが。
こちらとしては溜飲が下がったまではよかったものの、カトリシアをこのまま国で引き取るわけにはいかない。何せ求婚自体、弱小国家が庇護を手にするための同盟目的なのだから。姫ではなくなったカトリシアに、何の価値もない。きっと今でも後悔しながら、門の外で歌っているだろう……いや、さすがにもう野垂れ死んでいるか?
(ざまぁみろだ)
嘲笑ってみるものの、心が晴れたのは一瞬だった。カトリシアとの婚約、そして帝国との同盟が叶わなかった以上、ロジエルには新たな婚約者を迎えなければならない。ピグマリオン王国は貧しい……貴族もまた領地経営が精一杯で、王家を支援できるほどの財力は持っていない。
ならばと他国から釣書を取り寄せてみるが――
(どれも、ぱっとしないな)
令嬢であれば、誰もがロジエルの容貌に夢中になる。が、国同士の結婚ともなれば当人たちだけの問題ではなくなる。他国はピグマリオン王国にそれほど旨味を見出せず、ロジエルもまた心惹かれるものを感じなかった。
ふとした瞬間に、豚飼いとして触れ合った熱を思い出してしまうのだ。
『わたくし、この曲だけは弾けるのよ』
(ええい忘れろ、あんなガラクタ女の事なんて!)
当てつけのように見合い準備を進める中、他国の外交官から気になる噂を聞いた。ドラコニアの皇帝は娘を療養と称して表舞台から引かせたと……どうやら一連の追放劇に関する醜聞には箝口令が敷かれているらしい。しかもあれから求婚が来た際にはこう告げているのだとか。
『娘には好いた男がいる。その者が名乗りを上げれば嫁がせよう』
(どういう事だ? 確かに馬車は姫を置き去りにしていたはず……そう見せかけて、後から城に戻していたのか?)
だとすれば、自分の正体はバレているのか。背中にじわりと嫌な汗が流れる。思えば捨てられた場所も国境に近かった。もし試されていたのだとしたら、ロジエルの報復は悪手でしかない。
だが知っていたのなら、何も言ってこないのもおかしい。ひょっとして、自白すれば許してやるという意味なのか?
「冗談じゃない!」
手玉に取ってやったといい気になっていたのが、所詮帝国の手の平だったなど。しかし向こうも皇女が傷物になり、後がないのも確か。こうなればどちらが先に頭を下げるか、我慢比べだ。
プライドに火の点いたロジエルの頭からは、同盟や国益、価値観や貞操観念など全て吹っ飛び、再びカトリシアを手にする欲望で占められていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日も執務室には釣書が届けられていた。
お相手は最近国内で勢力を伸ばしつつある商家の娘。平民ではあるが、身分など後からどうにでもなる。むしろ王家としては贅沢を言っていられないほど、向こうの財力を優先していた。娘自身、父親譲りの商才で早くも実家で戦力に数えられる一方、貴族顔負けの厳しい淑女教育を受けている。
「殿下が一番懸念されていた聡明さについても、申し分ないでしょう」
「……」
釣書を持ってきた側近は調査済みのプロフィールを得意げに報告するが、ロジエルはどうにも乗り気になれなかった。姿絵に描かれている女性は背が高く中性的で、異性として魅力を感じるタイプではない。女だてらに、男に交じって商売をするのも感心しない。
とどめはロジエルに釣書を送り付けた理由が呆れる。
【この国一番の地位と美しさを持つあなたこそが、私につり合う】
(何様のつもりだ……)
いっそ清々しくて怒りすら失せるが、結婚する気にはなれない。何故自分に寄ってくるのは、こんな身の程を知らない女ばかりなのか。
ぐしゃりと釣書を握り潰すと、ロジエルは休憩と称して逃げるように執務室を後にした。
王子というのはしがらみが多い。本当に豚飼いに生まれていれば……とまでは思わないが、城に戻って以来、息が詰まりそうになると脳裏にカトリシアとの逢瀬が蘇る。……そんな色気のあるものなどではなく、どちらかと言えば取引だが。
愚かなまでに子供っぽい姫君だったが、面白いほど素直で信じやすく、根底には拭い切れない寂しさが潜んでいた。門の前に置き去りにしたのは、やり過ぎだったのかもしれない。
(後悔など今更だ……危険を冒してでも痛い目に遭わせると乗り込んだんじゃないか。いい加減、吹っ切らなければ)
「ん、あれは……」
中庭に差しかかった頃、見覚えのある小鳥を目にして足を止める。あれは、カトリシアに贈ったはずのナイチンゲール? 鳥籠から逃がしたと聞いていたから、ここにいるはずがないのだが……
「待て!」
近付いたのに気付き、驚いて飛び立った小鳥の後を追いかける。そのまま騎士舎へと辿り着いたところで見失ってしまい、仕方なく踵を返そうとしたその時。
中から銀色の箱を持ったエプロン姿の娘が出てくるのが見えた。
肩までのくすんだ金髪、そばかすだらけの頬。一見、野暮ったい庶民そのものだったが、その愛らしい顔立ちを見間違うはずがない。何より、ずっと自分だけを見て欲しいと、無意識に求めていた深いエメラルドのような瞳は――
「……カトリシア?」
ロジエルの呟きに、娘がこちらを見て目を丸くする。
ガン、と銀色の箱が地面に落ちた。
隣国ドラコニア帝国の第一皇女カトリシアに、国宝級の薔薇と小鳥を贈り求婚したのにすげなく断られた。あろう事か、造花や玩具の方が良かったと。
恥をかかされた仕返しに豚飼いに扮して帝国に潜入し、くだらない玩具を与えてやれば、信じられないぐらい易々と身を許す始末。自分はこんな女などのために……
娘を溺愛する皇帝も、さすがにこの愚かな振る舞いを放置する事は出来なかったようだ。豚飼いと共に城から放り出すまでするとは思っていなかったが。
こちらとしては溜飲が下がったまではよかったものの、カトリシアをこのまま国で引き取るわけにはいかない。何せ求婚自体、弱小国家が庇護を手にするための同盟目的なのだから。姫ではなくなったカトリシアに、何の価値もない。きっと今でも後悔しながら、門の外で歌っているだろう……いや、さすがにもう野垂れ死んでいるか?
(ざまぁみろだ)
嘲笑ってみるものの、心が晴れたのは一瞬だった。カトリシアとの婚約、そして帝国との同盟が叶わなかった以上、ロジエルには新たな婚約者を迎えなければならない。ピグマリオン王国は貧しい……貴族もまた領地経営が精一杯で、王家を支援できるほどの財力は持っていない。
ならばと他国から釣書を取り寄せてみるが――
(どれも、ぱっとしないな)
令嬢であれば、誰もがロジエルの容貌に夢中になる。が、国同士の結婚ともなれば当人たちだけの問題ではなくなる。他国はピグマリオン王国にそれほど旨味を見出せず、ロジエルもまた心惹かれるものを感じなかった。
ふとした瞬間に、豚飼いとして触れ合った熱を思い出してしまうのだ。
『わたくし、この曲だけは弾けるのよ』
(ええい忘れろ、あんなガラクタ女の事なんて!)
当てつけのように見合い準備を進める中、他国の外交官から気になる噂を聞いた。ドラコニアの皇帝は娘を療養と称して表舞台から引かせたと……どうやら一連の追放劇に関する醜聞には箝口令が敷かれているらしい。しかもあれから求婚が来た際にはこう告げているのだとか。
『娘には好いた男がいる。その者が名乗りを上げれば嫁がせよう』
(どういう事だ? 確かに馬車は姫を置き去りにしていたはず……そう見せかけて、後から城に戻していたのか?)
だとすれば、自分の正体はバレているのか。背中にじわりと嫌な汗が流れる。思えば捨てられた場所も国境に近かった。もし試されていたのだとしたら、ロジエルの報復は悪手でしかない。
だが知っていたのなら、何も言ってこないのもおかしい。ひょっとして、自白すれば許してやるという意味なのか?
「冗談じゃない!」
手玉に取ってやったといい気になっていたのが、所詮帝国の手の平だったなど。しかし向こうも皇女が傷物になり、後がないのも確か。こうなればどちらが先に頭を下げるか、我慢比べだ。
プライドに火の点いたロジエルの頭からは、同盟や国益、価値観や貞操観念など全て吹っ飛び、再びカトリシアを手にする欲望で占められていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日も執務室には釣書が届けられていた。
お相手は最近国内で勢力を伸ばしつつある商家の娘。平民ではあるが、身分など後からどうにでもなる。むしろ王家としては贅沢を言っていられないほど、向こうの財力を優先していた。娘自身、父親譲りの商才で早くも実家で戦力に数えられる一方、貴族顔負けの厳しい淑女教育を受けている。
「殿下が一番懸念されていた聡明さについても、申し分ないでしょう」
「……」
釣書を持ってきた側近は調査済みのプロフィールを得意げに報告するが、ロジエルはどうにも乗り気になれなかった。姿絵に描かれている女性は背が高く中性的で、異性として魅力を感じるタイプではない。女だてらに、男に交じって商売をするのも感心しない。
とどめはロジエルに釣書を送り付けた理由が呆れる。
【この国一番の地位と美しさを持つあなたこそが、私につり合う】
(何様のつもりだ……)
いっそ清々しくて怒りすら失せるが、結婚する気にはなれない。何故自分に寄ってくるのは、こんな身の程を知らない女ばかりなのか。
ぐしゃりと釣書を握り潰すと、ロジエルは休憩と称して逃げるように執務室を後にした。
王子というのはしがらみが多い。本当に豚飼いに生まれていれば……とまでは思わないが、城に戻って以来、息が詰まりそうになると脳裏にカトリシアとの逢瀬が蘇る。……そんな色気のあるものなどではなく、どちらかと言えば取引だが。
愚かなまでに子供っぽい姫君だったが、面白いほど素直で信じやすく、根底には拭い切れない寂しさが潜んでいた。門の前に置き去りにしたのは、やり過ぎだったのかもしれない。
(後悔など今更だ……危険を冒してでも痛い目に遭わせると乗り込んだんじゃないか。いい加減、吹っ切らなければ)
「ん、あれは……」
中庭に差しかかった頃、見覚えのある小鳥を目にして足を止める。あれは、カトリシアに贈ったはずのナイチンゲール? 鳥籠から逃がしたと聞いていたから、ここにいるはずがないのだが……
「待て!」
近付いたのに気付き、驚いて飛び立った小鳥の後を追いかける。そのまま騎士舎へと辿り着いたところで見失ってしまい、仕方なく踵を返そうとしたその時。
中から銀色の箱を持ったエプロン姿の娘が出てくるのが見えた。
肩までのくすんだ金髪、そばかすだらけの頬。一見、野暮ったい庶民そのものだったが、その愛らしい顔立ちを見間違うはずがない。何より、ずっと自分だけを見て欲しいと、無意識に求めていた深いエメラルドのような瞳は――
「……カトリシア?」
ロジエルの呟きに、娘がこちらを見て目を丸くする。
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