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カトリシア視点①
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出前を無事に終えたカトリシアは、達成感に酔い痴れていた。
自分一人で、届ける事が出来た!
(女将さんは、褒めてくれるかな。コールは……どうなんだろう)
『こんな大量に、よく持ち運べたよね。重かっただろう?』
『いいえ、平気です』
『君、可愛いね。ちょっと休憩していかない?』
『仕事中ですので』
騎士たちから構われていた事を知ったら、やきもちを焼かれるかもしれない。
そんな事を考えながら、魔法陣に向かっていると――
「……カトリシア?」
本名で呼ばれ、つい反射的に振り返ってしまう。そして、カトリシアは目の前の人物に息を飲んだ。
因縁の、ロジエル王子がそこに立っているではないか。
(どうしてここに!?
いえ、ここは城の中。どの国なのかまでは分からなかったけれど……まさか、ピグマリオン王国だったなんて!)
青褪めた彼女の手から、おかもちが地面に落ちる。次の瞬間、脇目も振らずにその場から逃げ出していた。
「ま、待て! 侵入者だ、捕えろ!!」
ロジエルの命令で駆け付けた兵士たちにより、カトリシアは取り押さえられてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
じめじめした牢の中、檻を挟んでカトリシアはロジエルと向かい合っていた。人払いをしているため、牢番や衛兵たちも声が届かない距離まで下がらされている。
「久しぶりだな、カトリシア。しばらく会わない間に、村娘にしか見えないほど落ちぶれていたとは」
「どなたかとお間違えではありませんか? 私の名はオーガスティン。正真正銘、しがない村娘でございます」
コールを真似てしれっと嘘を吐くと、バカにしたように笑われた。
「『かわいいオーガスティン』か……てっきり野垂れ死んだとばかり思っていたが、どうやって城に……いや、我が国に侵入した?」
「お望みなら、実際にご覧に入れましょうか? そうすれば、二度と来ません」
一応、騎士から注文を受けて届けに来た事は事前に伝えてある。が、当の本人がしらばっくれた上に、魔法陣は壊されていた。まあ、無許可で不審人物を城内に引き入れたのがバレれば処罰は免れないだろう。だったら城の外で注文して欲しいものだ。
「貴様にはスパイ容疑もかかっている。簡単に解放するわけにはいかない。……全く、みすぼらしい装いで身分を偽り、他国の城へ不法侵入など、帝国の姫君が聞いて呆れる」
「あっ、あなたがそれを……!」
言いますか、と口にしかけて唇を噛む。挑発に乗って自分がカトリシアだと証明してしまった……ニヤリと余裕の笑みで見下してくるこの男が憎らしい。
「やはりな……ここに忍び込んだのは、皇帝の意向か? それとも個人的な意趣返しのつもりか。城に帰れたのなら大人しく引きこもっていればいいものを」
どうやらロジエルは、カトリシアが噂通り城にいて、報復のために変装していると考えているようだ。捨てた女がそのような手段に出るほど執着してくるのはめんどくさそうだが、どういうわけか悪い気はしていない様子。
「ガラクタ女に既に興味はないが……そこまで私が与えた快楽が忘れられないのなら、愛人として可愛がってやらなくもない」
「いえ、結構です。私には将来を誓い合った御方が」
ロジエルの得意げな顔が、カトリシアの一言で固まった。
ガン! と檻を蹴られ、カトリシアは反射的に壁まで下がった。檻を握りしめながらギラギラした目でこちらを睨み付けるロジエルに身が竦む。
「ハッタリで動揺させる作戦か? それとも皇帝は本気で婚約者を宛がうつもりなのか」
何を言っているのか分からない。何故、ここで父が出てくるのだろうか。
「私は父に、そしてあなたに捨てられてのですよ殿下。何も出来ない姫が何日も森を彷徨って、無事でいるとお思いですか」
カトリシアの言葉に、ロジエルは愕然としているようだった。今まで思い至らなかったのだろうか? いや、意趣返しが済んで彼女を見捨てた後、振り返りもしなかったのだから、本気で興味を失くしていたのだろう。だからこそ今更執着してくる彼の心情は理解できない。カトリシアに原因があったとは言え、彼が起こした行動の結果だと言うのに、身勝手過ぎやしないか。
「ハ、ハハ……賊にでも拾われ、情でも移ったか? 豚飼いにすらあっさり身を任せる卑しい貴様には似合いの末路だな」
「何とおっしゃられようと、私には心に決めた男性がいるのです。彼は私の過去を知って、それでも受け入れてくれました。これからの人生はあの人のもの……だから、あなたの愛人にはなれません」
煽りにも一切動じず、揺るぎない眼差しを返すカトリシアに、呆然と俯いていたロジエルの表情が抜け落ちた。
「逃げられると、思うのか」
地獄の底から聞こえるような低い声に、ぞっと背筋が寒くなる。怒りで真っ赤になっていたロジエルからは、今や何の感情も窺い知れない。
「今の貴様の命運は、私の手の平の上だ。城に不法侵入した罪人を王子がどう扱おうと、貴様に拒否する権利はない。命が惜しければ、下手に逆らおうなどと考えるなよ」
奥で縮こまっているカトリシアを、そう言ってせせら笑うと、ロジエルは牢番を呼んでその場を後にした。
一人残されたカトリシアは、恐怖を紛らわすために『かわいいオーガスティン』を口遊む。【煉獄】で働くようになってから、これを歌うのも久しぶりだった。
冷静に考えてみれば、ロジエルが自分を殺す気などない事が分かる。彼女に悪事は不向きだし、本気で殺したいのであれば、わざわざ尋問せずとも即刻処刑するか再び国外へ放り出せば済む。
だが、その暗い眼差しに潜む執着が唯々恐ろしい。思えば豚飼いとしてドラコニア城に潜入する時点で、元々そうした傾向はあったのかもしれない。
「コール……」
愛しい男の名を呟く。
山賊から守ってもらって以来、どれだけ彼に心を救われてきたか。ロジエルとのキスの記憶は遠く、迫られてもおぞましいとしか感じない。今カトリシアが恋しく思うのは、コールの手の平の熱だった。
「会いたい……」
薄暗くて寒い牢の中で、カトリシアは一人涙を流した。
自分一人で、届ける事が出来た!
(女将さんは、褒めてくれるかな。コールは……どうなんだろう)
『こんな大量に、よく持ち運べたよね。重かっただろう?』
『いいえ、平気です』
『君、可愛いね。ちょっと休憩していかない?』
『仕事中ですので』
騎士たちから構われていた事を知ったら、やきもちを焼かれるかもしれない。
そんな事を考えながら、魔法陣に向かっていると――
「……カトリシア?」
本名で呼ばれ、つい反射的に振り返ってしまう。そして、カトリシアは目の前の人物に息を飲んだ。
因縁の、ロジエル王子がそこに立っているではないか。
(どうしてここに!?
いえ、ここは城の中。どの国なのかまでは分からなかったけれど……まさか、ピグマリオン王国だったなんて!)
青褪めた彼女の手から、おかもちが地面に落ちる。次の瞬間、脇目も振らずにその場から逃げ出していた。
「ま、待て! 侵入者だ、捕えろ!!」
ロジエルの命令で駆け付けた兵士たちにより、カトリシアは取り押さえられてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
じめじめした牢の中、檻を挟んでカトリシアはロジエルと向かい合っていた。人払いをしているため、牢番や衛兵たちも声が届かない距離まで下がらされている。
「久しぶりだな、カトリシア。しばらく会わない間に、村娘にしか見えないほど落ちぶれていたとは」
「どなたかとお間違えではありませんか? 私の名はオーガスティン。正真正銘、しがない村娘でございます」
コールを真似てしれっと嘘を吐くと、バカにしたように笑われた。
「『かわいいオーガスティン』か……てっきり野垂れ死んだとばかり思っていたが、どうやって城に……いや、我が国に侵入した?」
「お望みなら、実際にご覧に入れましょうか? そうすれば、二度と来ません」
一応、騎士から注文を受けて届けに来た事は事前に伝えてある。が、当の本人がしらばっくれた上に、魔法陣は壊されていた。まあ、無許可で不審人物を城内に引き入れたのがバレれば処罰は免れないだろう。だったら城の外で注文して欲しいものだ。
「貴様にはスパイ容疑もかかっている。簡単に解放するわけにはいかない。……全く、みすぼらしい装いで身分を偽り、他国の城へ不法侵入など、帝国の姫君が聞いて呆れる」
「あっ、あなたがそれを……!」
言いますか、と口にしかけて唇を噛む。挑発に乗って自分がカトリシアだと証明してしまった……ニヤリと余裕の笑みで見下してくるこの男が憎らしい。
「やはりな……ここに忍び込んだのは、皇帝の意向か? それとも個人的な意趣返しのつもりか。城に帰れたのなら大人しく引きこもっていればいいものを」
どうやらロジエルは、カトリシアが噂通り城にいて、報復のために変装していると考えているようだ。捨てた女がそのような手段に出るほど執着してくるのはめんどくさそうだが、どういうわけか悪い気はしていない様子。
「ガラクタ女に既に興味はないが……そこまで私が与えた快楽が忘れられないのなら、愛人として可愛がってやらなくもない」
「いえ、結構です。私には将来を誓い合った御方が」
ロジエルの得意げな顔が、カトリシアの一言で固まった。
ガン! と檻を蹴られ、カトリシアは反射的に壁まで下がった。檻を握りしめながらギラギラした目でこちらを睨み付けるロジエルに身が竦む。
「ハッタリで動揺させる作戦か? それとも皇帝は本気で婚約者を宛がうつもりなのか」
何を言っているのか分からない。何故、ここで父が出てくるのだろうか。
「私は父に、そしてあなたに捨てられてのですよ殿下。何も出来ない姫が何日も森を彷徨って、無事でいるとお思いですか」
カトリシアの言葉に、ロジエルは愕然としているようだった。今まで思い至らなかったのだろうか? いや、意趣返しが済んで彼女を見捨てた後、振り返りもしなかったのだから、本気で興味を失くしていたのだろう。だからこそ今更執着してくる彼の心情は理解できない。カトリシアに原因があったとは言え、彼が起こした行動の結果だと言うのに、身勝手過ぎやしないか。
「ハ、ハハ……賊にでも拾われ、情でも移ったか? 豚飼いにすらあっさり身を任せる卑しい貴様には似合いの末路だな」
「何とおっしゃられようと、私には心に決めた男性がいるのです。彼は私の過去を知って、それでも受け入れてくれました。これからの人生はあの人のもの……だから、あなたの愛人にはなれません」
煽りにも一切動じず、揺るぎない眼差しを返すカトリシアに、呆然と俯いていたロジエルの表情が抜け落ちた。
「逃げられると、思うのか」
地獄の底から聞こえるような低い声に、ぞっと背筋が寒くなる。怒りで真っ赤になっていたロジエルからは、今や何の感情も窺い知れない。
「今の貴様の命運は、私の手の平の上だ。城に不法侵入した罪人を王子がどう扱おうと、貴様に拒否する権利はない。命が惜しければ、下手に逆らおうなどと考えるなよ」
奥で縮こまっているカトリシアを、そう言ってせせら笑うと、ロジエルは牢番を呼んでその場を後にした。
一人残されたカトリシアは、恐怖を紛らわすために『かわいいオーガスティン』を口遊む。【煉獄】で働くようになってから、これを歌うのも久しぶりだった。
冷静に考えてみれば、ロジエルが自分を殺す気などない事が分かる。彼女に悪事は不向きだし、本気で殺したいのであれば、わざわざ尋問せずとも即刻処刑するか再び国外へ放り出せば済む。
だが、その暗い眼差しに潜む執着が唯々恐ろしい。思えば豚飼いとしてドラコニア城に潜入する時点で、元々そうした傾向はあったのかもしれない。
「コール……」
愛しい男の名を呟く。
山賊から守ってもらって以来、どれだけ彼に心を救われてきたか。ロジエルとのキスの記憶は遠く、迫られてもおぞましいとしか感じない。今カトリシアが恋しく思うのは、コールの手の平の熱だった。
「会いたい……」
薄暗くて寒い牢の中で、カトリシアは一人涙を流した。
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