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カトリシア視点⑤
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ピグマリオン城内に設置された礼拝堂の赤絨毯を、新郎新婦は踏みしめていく。目指す先には、この国の信仰対象らしき女神の像と神官長が待っていた。両脇にいるのは招待された貴族たちと花嫁の親族、それに国内外の新聞記者。皆の期待のためか、礼拝堂の中は熱気に包まれていた。
(それが全部ぶちこわされたら……どうなるんでしょうね)
他人事のように考えながら、カトリシアは王子と組んでいない方の手で握ったブーケを見つめる。生花か造花かは自由に選べるが、ロジエルは「こっちが好きなんだろう?」と造花を用意させた。嫌味な響きに聞こえたのは、カトリシアが最初の求婚時に希少な薔薇を突き返したからだ。亡くなられた国王の墓にしか咲かない、言わば形見に対して今から思えば酷い振る舞いだった。
(ロジエル王子にとって、お父様との思い出がこもった宝物だもの……まあそれでも、お近づきの印に渡すのはどうかと思うけれど)
例えばこれが、交流を深めてお互いを知った上でのプロポーズならば、カトリシアだって受け取っただろう。ただあの頃に貰って喜ぶのは作り物の玩具だった……そんな彼女がお気に召さないのならば、さっさと諦めればよかったのに。
そして貶めて捨てて、また拾って閉じ込めて。ロジエルがカトリシアにした仕打ちは、玩具を弄ぶ子供そのものだ。ヘンリーは、カトリシアが関わるとロジエルはおかしくなると憎々しげに言っていた。ならばこうして一緒になる事自体、お互いにとって良くないのではないか?
参加者たちは、お人形のように表情を動かさないカトリシアにざわついている。ヴェールの下の髪も、発疹を隠した化粧も、ブーケの花もみんな作り物の花嫁。まばたきをしなければ、本人すら作り物なのではないかと錯覚するほどだ。帝国側の席を通り過ぎる際、一瞬皇帝がピクリを眉を動かしたのが見えた。
「本日夫婦となる二人に祝福を……女神の御前にて、嘘偽りなく宣言し、誓いを永遠のものとせよ。
ロジエル=ピグマリオン。汝はカトリシアを妻とし、健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで生涯愛し抜くと誓うか?」
「はい、誓います」
「よろしい。カトリシア=フォン=ドラコニア。汝はロジエルを夫とし、健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで生涯愛し抜くと誓うか?」
「……」
カトリシアは答えない。人形のように、むっつりと黙り込んだままだ。神官長が催促すると、くるりと向きを変え参加者たちの方を見て口を開いた。
「私は――」
「誓うと言ったな。よし、次は指輪の交換だ」
ぐいっと手を引いて下がらせると、ロジエルは有無を言わせず小箱を開けて指輪を取り出した。
「ここで全てをバラしたところで、ままごと皇女のいつもの悪癖だと思われるだけだ。それで恥をかくのは帝国だぞ」
「……」
「やはり一晩では足りぬか。晴れて呪いが解けた後は、反抗する気もなくなるくらいたっぷり可愛がって、その体に教え込んでやるから覚悟しておけよ」
指輪から逃れようとするカトリシアが抵抗を止めたのは、耳打ちでの脅しが効いたのだと、ロジエルは勘違いしたのだろう。参加者たちから見えない位置でニヤリと笑うと、式までによく手入れをしておいた彼女の指に、束縛の証を嵌めようと――
(かわいいオーガスティン、なんにもない)
どこかで聞いたような鈴と、水がグツグツ沸騰する音が聞こえる。同時に、周囲がざわついた。
「何だ、この匂い? やたら旨そうだが……」
「それより、さっきからやたら蒸し暑いんだが」
「女神像の方からだぞ」
ロジエルは異変の正体に思い当たる。何せ、自分が作ったものだ。女神像の前に置かれた台から、湯気が立っている。これは……
「何故、これがここに!?」
ドラコニア城から追放された際、カトリシアが持っていた小鍋だ。ご丁寧に携帯用の小型かまどで沸かしている。だがこちらで村娘の格好で発見された時にはなかったはず……それに、嗅いだ事のないこの匂いは?
「豚骨ラーメン……」
疑問に答えたのは、カトリシアだった。立ち上った湯気を凝視し、涎を垂らさんばかりに目をキラキラさせている。何が欲しいか聞いた時に、リクエストされた料理だったが、これが……いや、そんな事はどうでもいい。
「誰だ、神聖なる礼拝堂で鍋を使っているのは! 神官長、貴様か!?」
「い、いえ……これはお二人の馴れ初めを演出するという、殿下のご命令だと」
「何だと!?」
身に覚えのない命令により、式の最中に小鍋の水が沸騰し、豚骨ラーメンなる匂いが充満している。確かに旨そうな匂いではあるが、厳かな式が台無しだ。舌打ちしながら小鍋を撤去するよう命令するが。
「食べたい……」
「カトリシア?」
「豚骨ラーメンチャーシュー大盛り、持ってきて!」
礼拝堂中に彼女の大声が響き渡る。記者たちは何事かと思いつつも、カトリシアの叫びをメモに綴った。その時――
「へいっ、お待ち!」
扉が破られんばかりの勢いでバンッと開け放たれ、乗り込んでくる者がいた。
突然結婚式に乱入してきた男の姿に、参加者たちは唖然とするしかなかった。何せその男は軽装にエプロン姿……だけならまだしも、片手に銀の箱を持ちながら黒山羊に跨って飛び込んできたのだから。
「な……っ、誰だ貴様!」
ロジエルの怒号に、不審者は得意げにニヤリと笑って言った。
「名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです」
(それが全部ぶちこわされたら……どうなるんでしょうね)
他人事のように考えながら、カトリシアは王子と組んでいない方の手で握ったブーケを見つめる。生花か造花かは自由に選べるが、ロジエルは「こっちが好きなんだろう?」と造花を用意させた。嫌味な響きに聞こえたのは、カトリシアが最初の求婚時に希少な薔薇を突き返したからだ。亡くなられた国王の墓にしか咲かない、言わば形見に対して今から思えば酷い振る舞いだった。
(ロジエル王子にとって、お父様との思い出がこもった宝物だもの……まあそれでも、お近づきの印に渡すのはどうかと思うけれど)
例えばこれが、交流を深めてお互いを知った上でのプロポーズならば、カトリシアだって受け取っただろう。ただあの頃に貰って喜ぶのは作り物の玩具だった……そんな彼女がお気に召さないのならば、さっさと諦めればよかったのに。
そして貶めて捨てて、また拾って閉じ込めて。ロジエルがカトリシアにした仕打ちは、玩具を弄ぶ子供そのものだ。ヘンリーは、カトリシアが関わるとロジエルはおかしくなると憎々しげに言っていた。ならばこうして一緒になる事自体、お互いにとって良くないのではないか?
参加者たちは、お人形のように表情を動かさないカトリシアにざわついている。ヴェールの下の髪も、発疹を隠した化粧も、ブーケの花もみんな作り物の花嫁。まばたきをしなければ、本人すら作り物なのではないかと錯覚するほどだ。帝国側の席を通り過ぎる際、一瞬皇帝がピクリを眉を動かしたのが見えた。
「本日夫婦となる二人に祝福を……女神の御前にて、嘘偽りなく宣言し、誓いを永遠のものとせよ。
ロジエル=ピグマリオン。汝はカトリシアを妻とし、健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで生涯愛し抜くと誓うか?」
「はい、誓います」
「よろしい。カトリシア=フォン=ドラコニア。汝はロジエルを夫とし、健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで生涯愛し抜くと誓うか?」
「……」
カトリシアは答えない。人形のように、むっつりと黙り込んだままだ。神官長が催促すると、くるりと向きを変え参加者たちの方を見て口を開いた。
「私は――」
「誓うと言ったな。よし、次は指輪の交換だ」
ぐいっと手を引いて下がらせると、ロジエルは有無を言わせず小箱を開けて指輪を取り出した。
「ここで全てをバラしたところで、ままごと皇女のいつもの悪癖だと思われるだけだ。それで恥をかくのは帝国だぞ」
「……」
「やはり一晩では足りぬか。晴れて呪いが解けた後は、反抗する気もなくなるくらいたっぷり可愛がって、その体に教え込んでやるから覚悟しておけよ」
指輪から逃れようとするカトリシアが抵抗を止めたのは、耳打ちでの脅しが効いたのだと、ロジエルは勘違いしたのだろう。参加者たちから見えない位置でニヤリと笑うと、式までによく手入れをしておいた彼女の指に、束縛の証を嵌めようと――
(かわいいオーガスティン、なんにもない)
どこかで聞いたような鈴と、水がグツグツ沸騰する音が聞こえる。同時に、周囲がざわついた。
「何だ、この匂い? やたら旨そうだが……」
「それより、さっきからやたら蒸し暑いんだが」
「女神像の方からだぞ」
ロジエルは異変の正体に思い当たる。何せ、自分が作ったものだ。女神像の前に置かれた台から、湯気が立っている。これは……
「何故、これがここに!?」
ドラコニア城から追放された際、カトリシアが持っていた小鍋だ。ご丁寧に携帯用の小型かまどで沸かしている。だがこちらで村娘の格好で発見された時にはなかったはず……それに、嗅いだ事のないこの匂いは?
「豚骨ラーメン……」
疑問に答えたのは、カトリシアだった。立ち上った湯気を凝視し、涎を垂らさんばかりに目をキラキラさせている。何が欲しいか聞いた時に、リクエストされた料理だったが、これが……いや、そんな事はどうでもいい。
「誰だ、神聖なる礼拝堂で鍋を使っているのは! 神官長、貴様か!?」
「い、いえ……これはお二人の馴れ初めを演出するという、殿下のご命令だと」
「何だと!?」
身に覚えのない命令により、式の最中に小鍋の水が沸騰し、豚骨ラーメンなる匂いが充満している。確かに旨そうな匂いではあるが、厳かな式が台無しだ。舌打ちしながら小鍋を撤去するよう命令するが。
「食べたい……」
「カトリシア?」
「豚骨ラーメンチャーシュー大盛り、持ってきて!」
礼拝堂中に彼女の大声が響き渡る。記者たちは何事かと思いつつも、カトリシアの叫びをメモに綴った。その時――
「へいっ、お待ち!」
扉が破られんばかりの勢いでバンッと開け放たれ、乗り込んでくる者がいた。
突然結婚式に乱入してきた男の姿に、参加者たちは唖然とするしかなかった。何せその男は軽装にエプロン姿……だけならまだしも、片手に銀の箱を持ちながら黒山羊に跨って飛び込んできたのだから。
「な……っ、誰だ貴様!」
ロジエルの怒号に、不審者は得意げにニヤリと笑って言った。
「名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです」
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