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お届けに参りました
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乱入者――コールは悠々と黒山羊に乗ったまま絨毯の上を歩いていき、新郎新婦の前でぴたりと止まると山羊から降りて跪いた。
「お客様、大変お待たせして申し訳ありません。ご注文の品をお届けに参りました」
「待ってた……すごく待ってたの!」
おかもちから丼鉢を出すと、小鍋から漂っていたのと同じ匂いの湯気が立つ。受け取ったカトリシアの目からはとめどなく涙が流れ……
「そんな怪しげなもの、口にするな! 衛兵、何をしている! さっさとこいつを――」
「ああ、無駄だよ。あいつらみんな、おねむの時間だからさ」
ロジエルが指示を出そうとすれば、コールはおかもちからさらに何かを取り出す。鳥籠に入れられた、見覚えのあり過ぎるそれは――
「いやー、すげー鳥だよな。ダメ元でどんな屈強な兵士でも眠る子守唄をリクエストしたら、ほんとにみんなバタバタ倒れるんだもん。耳栓してなきゃ俺もやばかったわ」
「貴様……何故貴様がその鳥を……!?」
ズズーッ
コールに詰め寄ろうとしたロジエルの耳に、不快な音が入ってくる。カトリシアが、化粧が崩れるほど泣きじゃくりながら、渡された麺を豪快に啜っている。皇帝などは「何たる事……」と眩暈を覚えている。
「おいひぃ……特にこのチャーシュー、ずっと食べたかったの!」
「泣くほど旨いか……よしよし、たくさん食べな。それともここで出された食事がよっぽど酷かったのかね?」
「豚の餌……」
無礼者と怒鳴りつけようとしたロジエルに被せるように、呟かれたその一言に。
皇帝は今度こそ立ち上がって激怒した。
「何だと!? 貴様、娘を誑かしただけでは飽き足らず、人以下の扱いをしていたとは!」
「違う、私じゃない!!」
つい条件反射で反論するが、その言い方ではカトリシアが豚の餌を食べさせられていたのを肯定している上に、少なくとも知ってはいた事を自白するようなものだ。
周囲の喧騒には目もくれずに完食したカトリシアは、空の丼鉢をコールに返した。
「ご馳走様、おいしかったわ」
「そりゃ良かった……ところでお客様、代金はきちんと支払ってもらえるんでしょうね?」
「残念ながら、手持ちがないの。何か別のもので代用できないかしら?」
誰も聞いていない茶番と分かっていながらも、小芝居を進める二人。新聞記者たちは、皇帝と王子のヒートアップする言い合いからスクープを直感し、会話をメモに書き留めていく。
「仕方ねぇなあ……それじゃそこの」
コールは忘れられたように台に置かれたままの小箱を指差した。
「ダイヤモンドでいいからいただきましょうか」
「なん……だと……」
あまりにバカバカしい取引に、ロジエルが絶句している。たかがラーメン一杯で王子妃に贈るダイヤモンドの指輪と交換。そしてカトリシアは何の躊躇もなく受けようとする。
「ええ、食べてしまった分はお支払いしなければなりませんね。幸い、式が終わればこれは私のもの。前倒しにはなりますけど、私がどう扱おうと構いませんわよね、殿下?」
「冗談じゃない! この指輪にどれだけの価値があると思っている!? 君はあれから、何も成長していないのか!!」
手を伸ばしたカトリシアから奪うように小箱を引っ手繰ると、ロジエルは二人を睨み付けた。もちろん断られると分かっていて、煽るような事を言った。カトリシアはやれやれ、と肩を竦めてコールを振り返る。
「ダメですって。どうしましょう、ラーメン屋さん?」
「それじゃあ、あんたが体で払ってもらうしかないよな?」
「指輪以外で私が差し出せるものがあるのなら、何なりとおっしゃって」
コールたちのやり取りに、ロジエルが「罠だ!」と叫ぼうとした瞬間――
「キス百万回だ。一回たりとも負けてやらねぇからな」
しん……と礼拝堂に静寂が訪れる。皆、この展開に固唾を飲んで見守っていたので、コールの声はよく響いた。思惑を察して止めかけたロジエルですら、桁外れな数字に呆気に取られている。
コールの方はと言えば、自分で言っておきながら公開処刑されている気分だった。
(は、恥ずかしい……あのお嬢さん、無茶ぶりが過ぎるだろ)
一応、ロジエルのカトリシアへの仕打ちをなぞった形にはしているが、いくら何でもやり過ぎだ。それにここまで数が大きくなれば、その分カトリシアを貶めている事になる。が、当の本人は明後日な方向に疑問があったようだ。
「さすがに百万回ともなれば、一晩じゃ終わりませんわよ? 下手すれば一生……」
「そうなるよな」
「それは、あなたと結婚しろという事なのかしら?」
「そう取ってもらって結構」
素っ気なく返すも、コールはカトリシアから視線を逸らさなかった。カトリシアもまた、潤んだ瞳でコールを見つめ返す。
酷過ぎるプロポーズだと思った。出前の軽装をした男と、花嫁姿だが化粧は涙でぐしゃぐしゃの上、ストレスでできた発疹が見えてしまっている女。本当はもっと、ロマンティックな演出でしたかったのに。
「ダメだ、許さないぞ! 私以外の男に唇を許すなど……君は私の花嫁だろう!!」
百万回発言の衝撃からようやく我に返ったロジエルが、遮るようにして二人の間に割り込んだ。花婿のはずなのにお邪魔虫にしか見えない王子に、カトリシアはわざとらしく首を傾げる。
「ですが殿下、私は玩具欲しさに豚飼いに体を……」
「あれは、私だ! 君が欲しくて豚飼いに扮し近付いた! ああそうだ、君の選択は間違っていない、卑しい男など最初からいなかったのだから!!」
何故自分から一生ものの恥を晒しにいくのか。こうなればなりふり構っていられないと、暴露される前に自分から被せにいく。【豚飼い王子】は、ロジエルとカトリシア二人の物語なのだと。
けれど既に新たな物語が始まっていて、自分はとっくに置いていかれた事に、ロジエルはまだ気付いていなかった。
「お客様、大変お待たせして申し訳ありません。ご注文の品をお届けに参りました」
「待ってた……すごく待ってたの!」
おかもちから丼鉢を出すと、小鍋から漂っていたのと同じ匂いの湯気が立つ。受け取ったカトリシアの目からはとめどなく涙が流れ……
「そんな怪しげなもの、口にするな! 衛兵、何をしている! さっさとこいつを――」
「ああ、無駄だよ。あいつらみんな、おねむの時間だからさ」
ロジエルが指示を出そうとすれば、コールはおかもちからさらに何かを取り出す。鳥籠に入れられた、見覚えのあり過ぎるそれは――
「いやー、すげー鳥だよな。ダメ元でどんな屈強な兵士でも眠る子守唄をリクエストしたら、ほんとにみんなバタバタ倒れるんだもん。耳栓してなきゃ俺もやばかったわ」
「貴様……何故貴様がその鳥を……!?」
ズズーッ
コールに詰め寄ろうとしたロジエルの耳に、不快な音が入ってくる。カトリシアが、化粧が崩れるほど泣きじゃくりながら、渡された麺を豪快に啜っている。皇帝などは「何たる事……」と眩暈を覚えている。
「おいひぃ……特にこのチャーシュー、ずっと食べたかったの!」
「泣くほど旨いか……よしよし、たくさん食べな。それともここで出された食事がよっぽど酷かったのかね?」
「豚の餌……」
無礼者と怒鳴りつけようとしたロジエルに被せるように、呟かれたその一言に。
皇帝は今度こそ立ち上がって激怒した。
「何だと!? 貴様、娘を誑かしただけでは飽き足らず、人以下の扱いをしていたとは!」
「違う、私じゃない!!」
つい条件反射で反論するが、その言い方ではカトリシアが豚の餌を食べさせられていたのを肯定している上に、少なくとも知ってはいた事を自白するようなものだ。
周囲の喧騒には目もくれずに完食したカトリシアは、空の丼鉢をコールに返した。
「ご馳走様、おいしかったわ」
「そりゃ良かった……ところでお客様、代金はきちんと支払ってもらえるんでしょうね?」
「残念ながら、手持ちがないの。何か別のもので代用できないかしら?」
誰も聞いていない茶番と分かっていながらも、小芝居を進める二人。新聞記者たちは、皇帝と王子のヒートアップする言い合いからスクープを直感し、会話をメモに書き留めていく。
「仕方ねぇなあ……それじゃそこの」
コールは忘れられたように台に置かれたままの小箱を指差した。
「ダイヤモンドでいいからいただきましょうか」
「なん……だと……」
あまりにバカバカしい取引に、ロジエルが絶句している。たかがラーメン一杯で王子妃に贈るダイヤモンドの指輪と交換。そしてカトリシアは何の躊躇もなく受けようとする。
「ええ、食べてしまった分はお支払いしなければなりませんね。幸い、式が終わればこれは私のもの。前倒しにはなりますけど、私がどう扱おうと構いませんわよね、殿下?」
「冗談じゃない! この指輪にどれだけの価値があると思っている!? 君はあれから、何も成長していないのか!!」
手を伸ばしたカトリシアから奪うように小箱を引っ手繰ると、ロジエルは二人を睨み付けた。もちろん断られると分かっていて、煽るような事を言った。カトリシアはやれやれ、と肩を竦めてコールを振り返る。
「ダメですって。どうしましょう、ラーメン屋さん?」
「それじゃあ、あんたが体で払ってもらうしかないよな?」
「指輪以外で私が差し出せるものがあるのなら、何なりとおっしゃって」
コールたちのやり取りに、ロジエルが「罠だ!」と叫ぼうとした瞬間――
「キス百万回だ。一回たりとも負けてやらねぇからな」
しん……と礼拝堂に静寂が訪れる。皆、この展開に固唾を飲んで見守っていたので、コールの声はよく響いた。思惑を察して止めかけたロジエルですら、桁外れな数字に呆気に取られている。
コールの方はと言えば、自分で言っておきながら公開処刑されている気分だった。
(は、恥ずかしい……あのお嬢さん、無茶ぶりが過ぎるだろ)
一応、ロジエルのカトリシアへの仕打ちをなぞった形にはしているが、いくら何でもやり過ぎだ。それにここまで数が大きくなれば、その分カトリシアを貶めている事になる。が、当の本人は明後日な方向に疑問があったようだ。
「さすがに百万回ともなれば、一晩じゃ終わりませんわよ? 下手すれば一生……」
「そうなるよな」
「それは、あなたと結婚しろという事なのかしら?」
「そう取ってもらって結構」
素っ気なく返すも、コールはカトリシアから視線を逸らさなかった。カトリシアもまた、潤んだ瞳でコールを見つめ返す。
酷過ぎるプロポーズだと思った。出前の軽装をした男と、花嫁姿だが化粧は涙でぐしゃぐしゃの上、ストレスでできた発疹が見えてしまっている女。本当はもっと、ロマンティックな演出でしたかったのに。
「ダメだ、許さないぞ! 私以外の男に唇を許すなど……君は私の花嫁だろう!!」
百万回発言の衝撃からようやく我に返ったロジエルが、遮るようにして二人の間に割り込んだ。花婿のはずなのにお邪魔虫にしか見えない王子に、カトリシアはわざとらしく首を傾げる。
「ですが殿下、私は玩具欲しさに豚飼いに体を……」
「あれは、私だ! 君が欲しくて豚飼いに扮し近付いた! ああそうだ、君の選択は間違っていない、卑しい男など最初からいなかったのだから!!」
何故自分から一生ものの恥を晒しにいくのか。こうなればなりふり構っていられないと、暴露される前に自分から被せにいく。【豚飼い王子】は、ロジエルとカトリシア二人の物語なのだと。
けれど既に新たな物語が始まっていて、自分はとっくに置いていかれた事に、ロジエルはまだ気付いていなかった。
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