43 / 47
何を差し出しても
しおりを挟む
「カトリシア、君は私が贈った貴重な薔薇もナイチンゲールも、要らないと突っぱねた。だから私は、物の価値が分からない事の愚かさを身をもって知ってもらいたかったんだ」
「ロジエル殿下……」
「そうして君は理解し、悔い改めてくれたんじゃないか。今度こそ、二人手を取り合って価値観を共有していこうと」
人を騙す時は真実に嘘を織り交ぜるのが効果的だと言う。カトリシアが王子の贈り物よりも豚飼いの作った玩具を選んだのは本当だが、価値観は今なおロジエルとは相容れない。けれど人々はロジエルの論調によって【豚飼い王子】の舞台に飲み込まれかけていた。
と、ここでカトリシアがロジエルからコールに向き直る。
「ラーメン屋さん。一応こういう事ですので結婚は難しいかと。第一あなた、指輪をお持ちではないでしょう?」
「指輪なら、ここにある」
そう言ってまたもやおかもちの中に手を入れる。先ほどから何でも出てくる銀の箱に、新聞記者などは興味津々のようだった。そうして取り出された小箱を開けると、中の指輪には不思議な輝きを放つ蒼い石が嵌め込まれていた。
「それ、は……」
「俺が紙やすりで磨いた石だ」
得意げに掲げてみせるコールに、ロジエルはバカにしたように噴き出す。
「ふっ、紙やすりで磨いただって? カトリシア、このようなみずぼらしいガラクタなどダイヤモンドとは比べようもない。愚かな茶番は……」
「素敵……」
ロジエルの脇をすり抜けると、カトリシアはコールのもとへふらふらと歩み寄り、手を差し出す。その瞳は蒼石に負けないほどキラキラ輝いていた。
「その指輪が欲しいわ。何を差し出しても、何を捨ててでも……私にとってはかけがえのない宝になるでしょう」
「おい、カトリシア!?」
「それは、俺のプロポーズを受けるという事でいいな?」
「キス百万でも二百万でも……あなたの望むままに」
顔を赤らめるカトリシアの指に、蒼石の指輪が嵌められる。ロジエルは歯噛みした。この不届き者を即座に捕らえさせてやりたいが、家臣たちはさっきから残らず夢の中だ。ナイチンゲールは何故この男の味方をしているのか。
こうなればと自らコールを排除にかかるが、その前に立ちはだかったのは皇帝だった。
「カトリシア……そなたがここまで救いようのないバカだとは思わなかった。これはそなたに残された、やり直せる最後のチャンスだったのだぞ」
「お父様、それは違います。愚かな振る舞いを咎められ、ドラコニア城を追い出されたカトリシアは、その時点でもう死んでいたのです。ここにいるのはただのオーガスティン……何もない平民でございます」
その名の言い慣れた響きに、皇帝の眉がピクリと上がる。メイドとして雇い入れたとは聞いていたが、食事の件といい双方の言い分に齟齬がある。何より、娘は本当に王子の子を身籠っているのか?
「ロジエル王子は、そなたをピグマリオン王国に迎えたのではないのか」
「私を保護したのは――」
「カトリシア、君は言ったよな!? 最初から王子の求婚を受け入れていればよかったと! 忘れたとは言わさない、君は私のものだ!!」
真実を話そうとするカトリシアの腕を掴みながら、ロジエルが怒鳴りつけたその時。
ゴゴゴゴ……と地鳴りがした。
「な、何だあれは!?」
「この神聖な礼拝堂に……」
空中で黒い渦が発生し、周囲がどよめく。ここでようやく目を覚ました衛兵たちが突入してきたが、視線はコールよりも新たな侵入者に向けられていた。
【何やら騒がしいと思い、目覚めてみれば……なかなか面白い催しを開いているようだな、人間よ】
渦から出現したのは、うねる黒髪に血のように真っ赤な瞳の、蝙蝠のような羽と角を生やした妙齢の美女だった。カトリシアがそっとコールを覗き見れば、想定外だったのか彼もまたポカーンとしている。
【ちょうどよい。王子とそこの平民、どちらが姫君に相応しいのか妾がジャッジしてやろうではないか】
「ま、まさか……五十年前、勇者一行を苦しめたという魔王の娘。魔空姫マクル……!?」
「五十年前?」
青褪める記者の言葉に、もう一度宙に浮いている美女を見遣るコール。優雅に扇を開き、クスクスと妖艶に笑う姿に見覚えはないが……
(おい、自称四十のオバハン。五十年前って何だよ?)
(女の年齢にガタガタ言うんじゃないよ。小遣い減らされたいのかい?)
アイコンタクトを取る様子から、カトリシアも彼女が女将である事に気付いた。そう言えば魔法を使い過ぎた時、小さくはあるが角と牙が生えていた。これが彼女の本当の姿なのか。
「魔王の娘だと!? とうの昔に勇者に倒された亡霊が、何の用だ! ここには貴様が求めるようなものは何もない。今すぐ消え失せろ!」
【うふふ、威勢のいい坊やねぇ……欲しいものならあるわ。退屈凌ぎにちょうどいい】
マクルの視線がカトリシアを貫き、ハッとしたロジエルは衛兵に命じ、彼女を攻撃させる。が、扇をパシンと叩きひと睨みしただけで、その場の誰もが動けなくなってしまう。元魔王の娘の力は伊達ではなかった。
【さて……美しき姫君、カトリシア=フォン=ドラコニア。妾のものになる前に、経緯を聞かせてもらおうじゃない。どうしてこのロジエル=ピグマリオンと婚姻するに至ったのかを】
促されるままに、カトリシアの口は真実を紡ぎ出す。母を亡くした孤独感から生き物を苦手とし、玩具ばかりを欲しがって一度は王子の求婚を断った事。豚飼いに扮した王子が作った玩具のために、唇を許した事。父と彼に捨てられた事を……
それを最後まで満足そうに頷きながら聞いていたマクルは、皇帝に向き直る。
【だそうだ。お主ら、この娘とは縁を切っていたのだろう? ならば、妾のものにしても問題はあるまい?】
「……それは、だが」
「違う! 確かに色々あったが、今は愛しているんだ! 今度こそ彼女を幸せにと」
言い訳をする二人を見て、チラリとカトリシアに目線を送る。首を横に振るのを確認し、大袈裟に溜息を吐くと、マクルは扇を大きく広げた。
【ならば、対価を払え。国民の命全てとカトリシアの命、どちらか好きな方を選ぶがよい】
「ロジエル殿下……」
「そうして君は理解し、悔い改めてくれたんじゃないか。今度こそ、二人手を取り合って価値観を共有していこうと」
人を騙す時は真実に嘘を織り交ぜるのが効果的だと言う。カトリシアが王子の贈り物よりも豚飼いの作った玩具を選んだのは本当だが、価値観は今なおロジエルとは相容れない。けれど人々はロジエルの論調によって【豚飼い王子】の舞台に飲み込まれかけていた。
と、ここでカトリシアがロジエルからコールに向き直る。
「ラーメン屋さん。一応こういう事ですので結婚は難しいかと。第一あなた、指輪をお持ちではないでしょう?」
「指輪なら、ここにある」
そう言ってまたもやおかもちの中に手を入れる。先ほどから何でも出てくる銀の箱に、新聞記者などは興味津々のようだった。そうして取り出された小箱を開けると、中の指輪には不思議な輝きを放つ蒼い石が嵌め込まれていた。
「それ、は……」
「俺が紙やすりで磨いた石だ」
得意げに掲げてみせるコールに、ロジエルはバカにしたように噴き出す。
「ふっ、紙やすりで磨いただって? カトリシア、このようなみずぼらしいガラクタなどダイヤモンドとは比べようもない。愚かな茶番は……」
「素敵……」
ロジエルの脇をすり抜けると、カトリシアはコールのもとへふらふらと歩み寄り、手を差し出す。その瞳は蒼石に負けないほどキラキラ輝いていた。
「その指輪が欲しいわ。何を差し出しても、何を捨ててでも……私にとってはかけがえのない宝になるでしょう」
「おい、カトリシア!?」
「それは、俺のプロポーズを受けるという事でいいな?」
「キス百万でも二百万でも……あなたの望むままに」
顔を赤らめるカトリシアの指に、蒼石の指輪が嵌められる。ロジエルは歯噛みした。この不届き者を即座に捕らえさせてやりたいが、家臣たちはさっきから残らず夢の中だ。ナイチンゲールは何故この男の味方をしているのか。
こうなればと自らコールを排除にかかるが、その前に立ちはだかったのは皇帝だった。
「カトリシア……そなたがここまで救いようのないバカだとは思わなかった。これはそなたに残された、やり直せる最後のチャンスだったのだぞ」
「お父様、それは違います。愚かな振る舞いを咎められ、ドラコニア城を追い出されたカトリシアは、その時点でもう死んでいたのです。ここにいるのはただのオーガスティン……何もない平民でございます」
その名の言い慣れた響きに、皇帝の眉がピクリと上がる。メイドとして雇い入れたとは聞いていたが、食事の件といい双方の言い分に齟齬がある。何より、娘は本当に王子の子を身籠っているのか?
「ロジエル王子は、そなたをピグマリオン王国に迎えたのではないのか」
「私を保護したのは――」
「カトリシア、君は言ったよな!? 最初から王子の求婚を受け入れていればよかったと! 忘れたとは言わさない、君は私のものだ!!」
真実を話そうとするカトリシアの腕を掴みながら、ロジエルが怒鳴りつけたその時。
ゴゴゴゴ……と地鳴りがした。
「な、何だあれは!?」
「この神聖な礼拝堂に……」
空中で黒い渦が発生し、周囲がどよめく。ここでようやく目を覚ました衛兵たちが突入してきたが、視線はコールよりも新たな侵入者に向けられていた。
【何やら騒がしいと思い、目覚めてみれば……なかなか面白い催しを開いているようだな、人間よ】
渦から出現したのは、うねる黒髪に血のように真っ赤な瞳の、蝙蝠のような羽と角を生やした妙齢の美女だった。カトリシアがそっとコールを覗き見れば、想定外だったのか彼もまたポカーンとしている。
【ちょうどよい。王子とそこの平民、どちらが姫君に相応しいのか妾がジャッジしてやろうではないか】
「ま、まさか……五十年前、勇者一行を苦しめたという魔王の娘。魔空姫マクル……!?」
「五十年前?」
青褪める記者の言葉に、もう一度宙に浮いている美女を見遣るコール。優雅に扇を開き、クスクスと妖艶に笑う姿に見覚えはないが……
(おい、自称四十のオバハン。五十年前って何だよ?)
(女の年齢にガタガタ言うんじゃないよ。小遣い減らされたいのかい?)
アイコンタクトを取る様子から、カトリシアも彼女が女将である事に気付いた。そう言えば魔法を使い過ぎた時、小さくはあるが角と牙が生えていた。これが彼女の本当の姿なのか。
「魔王の娘だと!? とうの昔に勇者に倒された亡霊が、何の用だ! ここには貴様が求めるようなものは何もない。今すぐ消え失せろ!」
【うふふ、威勢のいい坊やねぇ……欲しいものならあるわ。退屈凌ぎにちょうどいい】
マクルの視線がカトリシアを貫き、ハッとしたロジエルは衛兵に命じ、彼女を攻撃させる。が、扇をパシンと叩きひと睨みしただけで、その場の誰もが動けなくなってしまう。元魔王の娘の力は伊達ではなかった。
【さて……美しき姫君、カトリシア=フォン=ドラコニア。妾のものになる前に、経緯を聞かせてもらおうじゃない。どうしてこのロジエル=ピグマリオンと婚姻するに至ったのかを】
促されるままに、カトリシアの口は真実を紡ぎ出す。母を亡くした孤独感から生き物を苦手とし、玩具ばかりを欲しがって一度は王子の求婚を断った事。豚飼いに扮した王子が作った玩具のために、唇を許した事。父と彼に捨てられた事を……
それを最後まで満足そうに頷きながら聞いていたマクルは、皇帝に向き直る。
【だそうだ。お主ら、この娘とは縁を切っていたのだろう? ならば、妾のものにしても問題はあるまい?】
「……それは、だが」
「違う! 確かに色々あったが、今は愛しているんだ! 今度こそ彼女を幸せにと」
言い訳をする二人を見て、チラリとカトリシアに目線を送る。首を横に振るのを確認し、大袈裟に溜息を吐くと、マクルは扇を大きく広げた。
【ならば、対価を払え。国民の命全てとカトリシアの命、どちらか好きな方を選ぶがよい】
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる