a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第一部】一章 したいこともできないこんな世の中じゃ

六、その名をブライトル

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 ※ 戦闘描写多めです。興味の無い方はセリフだけでどうぞ。


「そう……。じゃあ、今日は諦めるよ。明日からにしよう」

 聞く気がない。これだから傲慢な人間は押しが強くて困る。

「光栄です。よろしくお願いします」

 これ以上拒否するわけにもいかない。小さく頭を下げる。
 ブライトルとのトレーニングが決まってしまった。
 満足そうな彼の顔からは

 そのことにまた先ほどの違和感を思い出す。
 何だ? 何かが変なのに、何が変なのか分からない。
 小さな気持ち悪さがあったものの、優先順位の低さに気付かなかったことにした。



 翌日、庭の一角に僕らはいた。
 使用するのは練習用モクトスタなので、かなり威力は抑えられている。いくら広大で整地されていても普通の庭で使用するのだから当然だ。

「基本はできていると思っていいのだね?」
「はい」

 必要以上に他人と仲良くなる気はなかったのだけど、裏を返せばうまく利用できるかもしれない。と言い訳しながら昨夜を過ごした。
 殿下の考えが読めない。ただ僕と仲良くなりたいだけではないだろうと思うのに、全く裏が読めないのだ。
 母国のための下心があるのは当然のことで、でも決してそれだけじゃない気がして仕方ない。

「じゃあ、まずは素手での手合わせといこうか。――オープン」
「承知しました。――オープン」

 学生服に付けた紋章型のモクトスタを起動する。キーワードは固定だ。これが専用になると好きなワードを設定できる。
 すぐに青白い光が体を覆って、頭部、両肩、胸に下半身、拳に固有の粒子を放つ防具が装着された。
 僕は一度でできたけど、初心者はまずこれが難しい。

 殿下が軽く構えていつも通りの笑みを浮かべる。

「どこからでもいいよ」
「よろしくお願いします」

 その言葉を合図に僕は重心を低くして、いきなりトップスピードで突進した。
 相手の出方次第だけど、狙うは左脇腹。
 殿下は最初の構えのまま動かない。出鼻をくじくつもりでいた僕の作戦はお見通しらしい。

 それならそのままいかせてもらう!

 向こうのリーチに入る直前で右足に思い切り力を込めて一度スピードを殺す。そのまま方向を左へ切る。体を思い切り捻って右肘で左脇腹に一撃入れようとした。

 瞬間、殿下の体がスローモーションで動き出した。

 速いっ!

 無駄なく体を捻られて狙いが定まらない。首の後ろがチリチリする。恐らく殿下は僕に一発入れようと狙っている。
 これ以上の深追いは危険だと判断して、渾身の力を込めて後方へ跳んだ。

 首筋、皮一枚持っていかれていた。血が滲んでいるだろう辺りに違和感がある。痛みはない。ある程度の痛みなら緩和される仕組みになっている。

「いいね」

 殿下が笑う。僕は小さく目を見張った。
 なんだ、この人……。今までみたこともない楽しそうな顔をしている。原作にはなかったけど、実は闘うのが好きなのか?

「動きは問題ないよ。うまくモクトスタを装備できている。それだけスムーズに動かせるなら一般兵くらい問題ないと思うけど……。ソード」
「殿下……」
「本番は使うだろう? せっかくだし、この二日で仕上げてしまおう」

 殿下が量産型の両手剣を装備した。モクトスタには武器が備わっている場合がある。練習用には両手剣が基本装備だ。
 ここまできたら断る選択肢はない。僕も「ソード」と呟いて剣を装備して、体の前で構えて出方を伺う。

「今度はこちらから行かせてもらおう。ブースト」

 ブーストッ!

 焦って剣を横向きに頭上に持っていき、受けの構えにする。
 いくらなんでもブーストを使ってくるなんて思っていなかった。マスター昇格試験で問われる内容だ。学生が、ましてやセカンダリの内に使用するレベルじゃない。

「判断が、早いねっ!」

 気付いたときには殿下が目の前にいた。フェイントもなく頭上から剣が降ってくる。

 お、もいっ……!

「っく……」

 剣を受けた途端、思わず喉から声が漏れ出る。きっと険しい顔をしている。こんな表情をさせられているのが悔しい。
 でも、余計なことを考えている余裕はない。

「まだ余裕がありそうだ。ダブル」
「なっ!」

 流石に驚愕した。目も口も無様に大きく開いてしまった。ただでさえ重かった剣が更に重さを増していく。
 両手がブルブルと震える。足が徐々に後退していく。目の前に自分の剣が迫る。
 二本の剣の先、殿下のギラギラと悦ぶ二つの瞳が目に入る。

 その途端、腹に衝撃が走って僕は飛んだ。
 蹴り飛ばされたんだと気付くのに一拍遅れた。

 このままでは背後の木にぶつかる。
 片手で剣を大きく振って力を逃がすと、体を半回転させて着地する。
 息がゼェゼェと五月蠅かった。モクトスタが緩和してくれてこの勢い。とてもじゃないけど、敵わない。

「何を考えているのかな?」

 静かに近づいてくる殿下が僕に問う。

「……お強いな、と。さすがです、殿」
「やっぱりおかしいんだよね」
「殿下……?」
「ああ、ブライトルでいいよ? ほら、呼んでみて?」
「ブライトル殿下」
「殿下はいらないんだけど。――ふぅん?」

 跪いている僕の顔を殿下が覗き込む。いつもの爽やかな顔が浮かんでいた。ジッと見下ろされて、胸がザワつく。
 この人は、一体僕の何を見透かそうとしているのだろうか。
 装備越しの手が僕の頬を撫でる。

「今日はそれでいいよ。いつか呼び捨てにしてくれれば」
「お戯れを」
「さあ? どうかな」

 殿下が身を起こす。

「じゃあ、次行こうか。まだ日も高い。頑張ろう」
「……はい」

 その後も翌日も、結局日が暮れるまでテクニックを叩きこまれて、中々にヘトヘトにされた。見た目のわりに彼はかなりスパルタだった。

 対するブライトルは――もう、心の中でくらいは呼び捨てでいい気がしている――多少息を乱す程度。いくら成長期の二歳差が大きいとは言え、余りの違いに愕然とした。
 こんなに強いなんて聞いてない。正直、ものすごく悔しい。
 内心はそれなりに荒れ狂っていたんだけど、相変わらず僕の表情筋は余り動いてくれなくて逆に助けられた。

「いい目をするね」
「目……?」

 装備を解いて、侍女から飲み物を受け取っている姿のなんと様になることか。
 灯り始めた外灯に、爽やかな汗が反射している。
 正直めちゃくちゃイケメンだし、生前だったら普通にモデルとかしてそうだな。十五歳にしては背も高いし、まだまだ伸びそうだ。

「エドマンド」
「はい」
「僕のこと、見直した?」
「は、流石のお力に感服しました」

 疲れて素が出そうになった。急いで取り繕う。

「うん、まだまだみたいだね。分かった」
「殿下?」
「ブライトル、ね。とにかく明日は頑張ってね」
「はい。必ず勝ちます」
「応援にくるね」
「あ、りがとうございます」

 来なくていい。何故か心底そう思った。
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