a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第一部】三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある

二十八、ターニングポイント

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 ブライトルからの返信は七日後に届いた。
 トーカシア国までは片道四日かかるから、届いた当日に返事を書いて出したか、早馬を使ったことになる。
 いつもは早くても二週間ほどはかかるのに、何か急ぎか重要な要件でもあったのだろうか?
 手紙に書くなら個人的なことだから、もしかして暫くはこちらに来られそうにない、とかか? それとも、もうこちらに来ることはない、とかだろうか……?

 封を開ける手が微かに震える。定型的な時候の挨拶を読み飛ばして本文に目を通す。

 そこには専用機への祝いの言葉、自分も専用機が持てそうなこと、公務に追われて大変なこと、休憩中に飲んだニュドニア産の紅茶で僕を思い出したことなどが書かれていた。

「ん……?」

 読み進めていくに連れて肩に力が入っていって、気付けば息を止めていた。

 でも最後の文を読んでも至って普通の内容だった。彼は通常通りに過ごしているらしい。

『君を考える時間が私の癒しだ』

 この全力で人をからかっている締めの文章も、毎回少しずつ違うけど特に変なところはない。
 念のために今度はしっかり読み直してみる。やはりいつも通りだ。
 もう一枚入っているのかと封筒を光に翳してみたり、手紙を擦ったりしたけど特に何もない。

 何なんだ! 紛らわしいっ!

 手に力が入ってしまって手紙がガサガサと音を立てる。
 こちらの気も知らないで、きっと今頃あの人は悠長に紅茶でも飲んでいるに違いない。

「はぁ……」

 大きなため息を付く。手紙を封筒に戻してソファーに座る。
 用意されていた紅茶を一口飲んだ。手紙を受け取ったときに入れてもらったから少し温くなっていた。

 僕は何を焦っていたんだろう。この情勢下でこちらに来る可能性の方が低いと分かっていたはずなのに。むしろ、二度と会えないと思っていた方がいいくらいだ。
 だってこのままブライトルがこちらに来ることなく、僕の死亡フラグが回収されてしまったら、僕らの関係はそこまでなんだから。

 そう、そこまでなんだ。でも、できればその前に一度でいいから。

「……会いたいな」

 顔が見たい。声が聞きたい。

 今の僕は、少し俯いているだけで姿勢よくソファーに座っている。たまに静かに紅茶を飲むだけの姿は、誰に見せても恥ずかしくない。訓練の賜物だな。心情を悟らせないように頑張った結果が出ている。
 大丈夫だ。まだ取り乱してはいない。

 今、僕は「会いたい」って言ったな。

 つい今のことだ。都合よく忘れたくても、忘れられない。ただでさえ高スペックな頭を持っているし。
 そこは認めよう。それで、僕は彼に会って何かしたいんだろうか。
 
 ――……特にないな。

 いや、あの人だって何度も『会いたい』なんて言ってきているじゃないか。僕が同じように思って何が悪いんだ。
 ああ、でも悪いのかもしれないな。だって、彼は僕をからかっているんだろうけど、僕は――。

 頭を左右に振った。

 ……いや、そもそも僕は彼が嫌いだったじゃないか? ブライトルだってそうだ。
 僕の方は、もう友達にくらいなっていると思っていたけど、彼はやっぱりまだ僕を嫌っているんだろうか。

 不意に時計塔で「嫌い」だと言ってきた声や、軽蔑しきっていた表情を思い出す。

「っ……」

 僕は咄嗟に上半身を折って胸を強く握りしめた。
 段々と呼吸が荒くなる。
 何だ……? 息が苦しい? 何だこれ……?

 「はぁ、はぁ、はぁ……」

 嫌だ、ダメだ。これ以上は考えたくない。考えたくないのに、考えてしまう。
 何で僕は彼に会いたい?
 何で僕はこんなに苦しい?
 
 答えがすぐ側にあるだろうことは分かっている。でも、そこに行きついてしまったら、きっと引き返せなくなる。
 そんな、だって、友達どころか――。

 ***

 いつも通りに学園の帰りにトレーニングに励んでいると、専用機が出来上がるのはまだ少し先になると伝言を受けた。
 僕の身体データや動きの癖なども考慮して造ってくれているわけだから、そこに文句は全くない。
 了承したと伝えると、モクトスタ技師の弟子らしき人はホッとした顔で去って行った。

「丁寧に作ってもらってるみたいだな」
「はい。ありがたいです」

 話しかけてきたのは第三師団長だった。
 彼はすでに一通り体を動かし終えたのか、トレーニングウェアが色を変えている。

「ちょっといいか?」
「はい」
 僕は動きを止めて立ち上がると、連れていかれるままに休憩所の椅子に座る。
 長身が静かに正面に座る。改まって話をしにきたことに、嫌でも予想が付いてしまって覚悟を決めた。全く、頭がいいのも良し悪しだ。

「さて、入隊して二ヶ月ほど経つが、調子はどうだ?」
「変わりなく」
「そうか」

 ここ最近は第三師団からもかなり人が減ってきている。前線に立つ部隊なので仕方ないのかもしれない。
 師団長が言葉を探す。

「……なら、お前の目から見てイアンはどうだ?」
「日に日にグロリアスの扱いが上手くなっていると思います」
「そうだな。もうその辺の隊員じゃ歯が立たない」

 師団長が静かに両腕を組む。ため息を付いて俯いた。

「エース。俺はな、あんたらを投入するのには反対なんだ」

 僕は返事をしない。座っていた椅子に手を置き、強く握った。

「でもな、俺にもみんなにも、お前にもそうだと思うが、大事な人間がいる。そいつらのほとんどが自分を守ることさえできなくらい弱いんだ。それなら、それなら……俺たちがやるしかないよな」

 師団長は自嘲して、しっかりと顔を上げて僕を見た。

「――出撃が決まった。エース。イアンと二人で初陣だ」
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