a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第一部】閑話休題

王太子 ウィンストン・マース・ヴァルマ ①

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(暫くBL要素皆無です。ブライトルについて少しでも知りたい方はどうぞ)

 玉座に続く道には真っ青なカーペットが敷かれている。一般的には赤が選ばれるこの道は、三方を海に囲まれている我がトーカシア国の王が、この近辺の海域を治めているという一種のパフォーマンスだ。

 玉座の背後には国旗の色である赤、青、茶の巨大なステンドグラスが太陽の光を受けて訪問者に降りかかる。特に大事な客人を迎えるときや、重要な式典のときには時間さえ指定して、日の入射角度まで計算して行われる。
 今日も、そんな重要な式典の内の一つ。私にとっては、人生で二番目に重要な日と言えるだろう。

「第一王子、ウィンストンを王太子に命ずる」

 トーカシア国王陛下が粛々と言い切った。参列者はみんな一様に喜び、興奮したような顔をして見せている。この場に呼ばれているのは国の重鎮や元・貴族の中でも力の強い者だけ。例え思い通りの結果じゃなかったとしても、表に出すような愚者はいない。

「謹んでお受けいたします」

 一歩前に出て、陛下へ一礼。続いて王妃、参列者へ礼をすると堂々と中央に立った。
 腰を落として直接陛下の手から杖を受け取る。金と宝石で装飾された豪奢な杖は、王太子だけが持つことを許された国宝だ。

「トーカシア国の繁栄のため、尽力するように」
「はい。一層精進して参ります」

 親子としてではなく、国の最高権力者とその後継者としての最初の会話を交わす。立ち上がり振り返ってその場の全員に姿を見せつけた。自分こそがこの国の将来を担う者なのだと示すためだ。歓声が上がる。これでパフォーマンスは得意な方だ。そのように育てられた。

 元の場所へ戻ると、隣に立つブライトルと目が合った。彼は嬉しそうに微笑む。
 苛烈な陛下に比べて穏やかな王妃の血なのか、私を含めて兄妹は一見してとても柔和な雰囲気を持っている。

【敵を作らず、相手に見下させず。最適な距離感で最も大きな利益を】

 交易国家らしい教訓だ。ブライトルは今、この瞬間も陛下のこの教えに逆らわず微笑んでいるのだろうか。それとも、柔らかいあの瞳は心底今回の拝命を喜んでいるのだろうか。


 私はウィンストン・マース・ヴァルマ。今年で十七歳になる。たった今この国の王太子になった。
 兄妹は下に三人おり、ついこの間まですぐ下のブライトルとは王太子の座を争う間柄だった。
 彼がこの椅子を本当に欲しがっていたのかは分からない。私の反対勢力が勝手に彼を担ぎ上げていただけだという部分も多い。でも私はブライトルが継ぐ可能性も高いと思っていた。

 たまたま三年早く生まれただけ。
 たまたま今の国政に向いた気性をしていただけ。
 たまたま彼が持たない何かを持っていただけ。
 たまたま、たまたま、たまたま。

 偶然の元に今の私がある。この結果でブライトルが私を厭わなければいい。対立候補だったと言っても、私にとってはいつだって大事な弟なのだから。


 ブライトルのニュドニア国への留学が決まったのは、王太子としての生活が一ヶ月を過ぎた冬の終わり頃だった。
 前々から話は出ていたけど、まさか本当に行かせることになるとは思っていなかった。ニュドニア国は今、大国セイダルとの関係が微妙な状態にあるからだ。

 王族として生まれた以上、近隣諸国の情勢には常に目を光らせるよう育てられる。私とブライトルは各国に情報収集する私設の部隊なども持っているから間違いのない情報だ。そんな場所に、第二王子とは言え王族を派遣する意味。

「ブライトルにスパイをさせる気か?」
「ウィンストン王太子殿下。お言葉が過ぎます」

 週に一度、一時間だけ私の執務を見てくれている宰相が無表情のままに一刀両断する。私は微かに冷や汗をかいた。
 恐らくこの国で最も有能だと思われる人間で、陛下の五つ年上。陛下とは学生時代からの付き合いだそうだから、私ごときがまだまだ敵う相手じゃあない。

「視察に行かれるのです。堂々と行うのですからスパイのような隠密行動とはわけが違います」
「言葉を変えているだけのような気がするが」
「ニュドニア国も了承の上なのですから問題ない、ということはご理解いただけていますね?」

 双方合意の上で情報を集めさせる。ニュドニア国はむしろ我が国に情報を渡したいと言っているように聞こえる。それはつまり――。

「見定めさせるのか」
「名目上は」
「何故ブライトルに? やはりトンプセン派のせいか」

 セイダル国との関係が悪化した際に、トーカシア国がどう動くべきかを内側から判断させるための調査ということだ。後は、あわよくば能力の高い人間のスカウトや取り込みなどだろうか。

 トンプセン派というのはブライトル擁立の筆頭だ。権力の大きさで言うなら陛下を除いて上から三番目ほど。周囲が私を王太子に推す中、下位勢力を大量に集めて声を大きくした女傑だ。あの人は未だにブライトルを諦めていないようなので、これ以上大声を出す前にブライトル本人を遠ざけようということなのだろう。

 王族本人が動くのは珍しいことじゃないし、彼の有能さは誰よりも知っているつもりだ。この件にうってつけなのも理解できる。少しごねたい気持ちになっているのは、間違いなく私情が交ざっている。
 私はもう少し時間をかけてブライトルとの関係を再構築したかったのだ。せっかく表面上のしがらみが落ち着いたのだから、今後は味方として引き入れたいと言う気持ちが半分。弟と仲良くいたいという人間らしい気持ちが半分だった。

「ご自身でお調べになって答えを得ることをお勧めいたします」
「……分かった。この話は終わりにしよう。時間も惜しいしな。まずは北湾の警護についての相談に乗ってくれ」
「承知いたしました」

 質問には答えてもらえなかった。宰相は厳しくも公正な人だ。だから陛下も彼を信頼している。


 この決定がブライトルの運命を大きく変えるとは、誰一人想像も付かなかった。
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