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序章・帝国崩壊編
12、剣閃、夜闇に舞う
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世の中にはどうしたって反りも馬も合わない人間というものはいる。
犬と猿。火と氷。山羊と狼……。
全くもって方向性が正反対を向いている者は同じ場所に居られないものだ。
ともすればラドウィンとハルアーダもそのような仲であったかも知れない。
なにせラドウィンは日がな一日ぶらぶらと町のような村を散歩して、主婦の井戸端会議に参加したり、昼の団欒(だんらん)に混じったりする。
通りに馬車の往来が多くなったという事で、屋敷の庭を子供達の遊び場として開放して、その子供達と一緒に裸足になって追いかけっこに興じていたりするのだ。
ハルアーダはラドウィンが毎日をそのように暮らすので呆れ果ててしまった。
飄々と考えが掴めず、責務も果たさずにいつも笑っているラドウィン。
皇帝と妹帝を護るという使命に生命をかけており、いつも生真面目な顔のハルアーダ。
水と油が互いに交わる筈が無いように正反対の性質を持つ二人である。
本来は互いに関わりあおうとしない筈であったが、しかし、ハルアーダにはラドウィンと関わらねばならない使命があった。
彼には帝都から悪辣な逆臣どもを排除して、皇帝と妹帝を帝都に帰すという使命があったから、モンタアナの領主であるラドウィンに協力を頼まねばならなかったのである。
「貴公の私兵をどうか私に貸して頂きたい」
ハルアーダは例えば、庭に椅子を置いて日向ぼっこをしているラドウィンに片膝ついて頼み込んだ。
ラドウィンは飄々と笑って貸せる私兵はいないと答える。
「悪いようにはさせませぬ。兵の一人一人に必ずや多額の謝礼を払います。ラドウィン辺境伯にあっては必ずや盤石の地位と役職を約束できるはずです」
ハルアーダがあくまでも食い下がるのでラドウィンは困ってしまった。
なにせラドウィンは本当に私兵そのものを持っていなかったからだ。
この村には警備団という人達が戦う事は出来たが、その本質は兵士では無い。
小競り合いや犯罪が起こった時に即座に動ける自警団のような人達であった。
それに私兵という程戦力も無い。
ラドウィンがそう説明するも、ハルアーダはこれほどの規模の集落を賊や蛮族から守ろうとしたら戦力となりえる兵士がいるはずだと信じて疑わなかった。
「いえ、いえ、その時が来ましたらモンタアナの村人総出で剣を持って戦うのです」
「まさか! 煙にまこうとしたってそうは行きません」
ラドウィンが普段から飄々とした態度で仕事をまともにこなさないせいで、ハルアーダは全くラドウィンの言葉を信じてくれない。
これにラドウィンは困った。
「えっと、僕は村を見回るので」
いつものように話を途中で切り上げ、ラドウィンはハルアーダから逃げようとする。
しかし足が治ったハルアーダの前ではそうもいかない。
彼はラドウィンの後ろをついてきて、ラドウィンが屋敷を出て石畳の通りを歩いている間も「お願いします。私利私欲で兵を借りようという話では無いのですよ、辺境伯」と頼み込んだ。
ラドウィンとしては無い袖は振れぬ。
しかしハルアーダは私兵がいないという話を信じてくれない。
ほとほと困ったラドウィンは足を止めて振り向くと「それでは、仮に私が兵を貸したとしたら、何に使うのですか?」とハルアーダの目を見た。
するとハルアーダは黙ってしまう。
なにせハルアーダはミルランスとティタラが皇族だと言うことを秘密にしていて、あくまでもハルアーダの血筋だとしていた。
ミルランスとティタラが皇族だと説明するにはあまりにラドウィンを信用する事が出来なかったからである。
そうなるとなぜラドウィンの兵を欲しいのか説明しがたい。
よもや自分の血筋の子を帰したいから兵が欲しいだなんて手前勝手な説明をする訳にもいかなかった。
ラドウィンはそんなハルアーダの様子を見てニヤニヤとする。
しつこいハルアーダを黙らせる良い質問を見つけたと喜んだ。
そして、上機嫌でハルアーダの肩に腕を回すと、「それでは一緒に昼ご飯といたしましょうか!」と民家の一つにハルアーダを連れて行く。
ハルアーダは「なぜ平民の施しを受けねばならん。騎士は民を護る存在なのだぞ。これでは逆転しておろう」と拒否したが、「まあまあ、ここの奥さんが作る料理は絶品ですよ」とそのまま民家の中へと連れ込まれてしまった。
そこで家族団欒の昼食に預かり、昼過ぎまでラドウィンはその家族と談笑に興じるのだ。
ハルアーダはラドウィンが長居するものだから、長居するのは無礼だと怒りつつ食卓の隅で小さくなっていた。
すると、その家の二人のワンパクな子供が椅子に座っているラドウィンのマントを引くのだ。
ラドウィンはそのまま後ろのめりに倒れ込むと、「やったなあ!」と子供達を抱き上げて大笑いをあげたのである。
そうして一通り遊んでラドウィンが家を出ると、ハルアーダは「なぜ怒らないのですか!」と詰め寄った。
領主や騎士という身分は貴族といわれ、平民と一線を画す。
そのような貴族に無礼を働く者は子供といえども叱責すべきだとハルアーダは説いた。
で、なくば、貴族の権威は失墜し、平民達は命令を聞かなくなる。
するとラドウィンはハルアーダの肩に手を置いて「肩肘張ってばかりでは疲れるでは無いですか」と笑った。
この態度にハルアーダは呆れ果てて何も言えない。
そんなハルアーダを連れてラドウィンは、近く旦那を亡くしていた老婆の家へと訪問して、再び長話に興ずると老婆は「そうだ。うちのが保管していた葡萄酒を飲んで下され」と長話のお礼に一抱えの大きさをした小ぶりな樽をラドウィンに渡した。
ラドウィンはその樽を抱えると技師場へ行く。
大工などの建築的な技術者がいる場所で、ちょうど午前の仕事が終わった職人達がお喋りをしていたのでラドウィンは彼らに葡萄酒を差し入れて、そのまま酒盛りとなる。
ラドウィンは酒が飲めないので水を飲み、彼らと談笑した。
「あ、そうだ」
ラドウィンは何かを思い出したように懐から金貨袋を出すと、明日、灌漑用水の水路を全体的に点検するように依頼するのだ。
職人達が葡萄酒をガブガブ飲みながら金を頂くと、ラドウィンは技術場を出ていく。
ハルアーダはそんなラドウィンの後をついて技術場を出ていき、「酒を飲んでいる相手に金を払うのか?」と言った。
酒は万病の霊薬とか、英雄を作る血とか呼ばれるが、やはり酔っ払う事で起こる問題はある。
例えばお金を払っただの払ってないだの、依頼を受けただの受けてないだの。
それなのにわざわざ酔わせてからお金を払う意味が分からない。
「いやいや、あそこの棟梁は酒を飲みませんからね。酔ってなかったので問題無いと思います」
するとラドウィンがそう説明した。
確かにハルアーダは見落としていたが、肝心の棟梁は一口として酒は飲んでいない。
屈強な男達だったのでてっきり誰もが酒を飲んでいるかと勘違いしてしまったのである。
しかし、ハルアーダはなんだか納得がいかない。
「それでは、なぜあのタイミングでわざわざ依頼を? しかも用水路を全体的に調べるだなんて依頼をするのですか? まだ雨季には随分と早いように思いますがね?」
ハルアーダは今この瞬間、ラドウィンが私服を肥やしているか調べるチャンスだと思った。
特にこれといって問題も無いだろうタイミングでわざわざ金を動かす理由は、何らかの後暗い取引があるからではないかと思う。
人通りの多い道を歩きながら、ラドウィンは「んー」と頭を掻く。
石畳を歩く二人の靴の底の音が人々の会話で掻き消される中、「他の人々の前では話しづらいですか?」とハルアーダは畳み掛けた。
が、ラドウィンは頭を振って「いや、いや」と笑う。
その爽やかな笑みに何一つの後暗さも無いのだ。
「あの家族の話とお婆さんの話の中で、少々気になる話がありましたので」
ハルアーダは眉をひそめて「気になる話? 水路の話なんてしてなかったでしょう?」とラドウィンに詰め寄った。
行き交う人と肩がぶつかって舌打ちをされたがハルアーダはそんな事を気にしている暇は無い。
「まあ、説明は難しいですし、間違えているかも知れませんから」
ラドウィンは苦笑しながらそのように煙に巻くので、ハルアーダはムッとした。
そうして、やはりラドウィンは何らかの不正で私服を肥やしているに違いないと思うのである。
――そうやって適当な事を言って人々の信頼を勝ち取ったか? だが私は騙されんぞ――
ハルアーダはそのように思った。
ところが、翌日になると、用水路の板が一枚剥がれかけていて、いつ氾濫してもおかしく無かったのが見つかったのである。
これにハルアーダは驚いた。
いいや、驚くべきはそれだけではない。
あの葡萄酒をくれた老婆が病で倒れているのを見つけたり、とある民家の娘が両親から日常的に暴行を受けていたのを見つけて助け出したりしたのである。
ハルアーダはラドウィンの不正を見つけてやろうと息巻いたのに、日をまたげばまたぐほど、ラドウィンが人々の為に働いている行為しか見えなかった。
――馬鹿な。大体、ラドウィンの前に都合良く功績となるような出来事が転がり過ぎでは無いか。何か示し合わせて自分の名声にしようとしているに違いない――
ハルアーダはそう思うのだが、それはハルアーダにしては異常な執着といえよう。
仮にラドウィンでは無い貴族が私服を肥やしていたとしたら、ハルアーダはどう思うだろうか?
「私はミルランス様とティタラ様を護るのが使命で不正を正すのは仕事じゃない」と思うだろう。
つまりハルアーダは無意識のうちにラドウィンに執着していた。
彼自身気付いていない事だ。
そんなある日、庭で本を読んでいるラドウィンをハルアーダが見ていると、ボールを持ったミルランスが「なんでハルアーダはいつもラドウィンを睨んでいるの?」と聞いてくるのだ。
「睨んでいましたか?」
「うん。すっごい怖い顔で睨んでた」
そう言われると睨んでいた気がする。
だが、そう、ラドウィンに対してイラつく自分が居たのは間違いない。
なぜラドウィンに対してこんなにイラつくのだろうか? ハルアーダは考える。
よくよく考えればラドウィンは良い人だ。
寸での所でハルアーダ達を助けてくれて、過去に助けてくれたお礼だと見返りを要求しないばかりか、今日まで三人を屋敷に泊まらせてくれている。
子供達の遊び場として庭を開放していた。
それによくよく考えればラドウィンが民の家で食事をするのも、世間話から村の中の問題を探っているように思える。
ハルアーダがラドウィンの事を考えてみると、その軽薄な態度に反して非常に思慮深い行動が見えてきた。
しかし、ハルアーダはそれでもラドウィンの事が気に食わない。
仮にラドウィンが有能で思慮深い良い人だとしよう。そうなると、なぜわざわざ軽薄そうな態度をする必要があるのだろうか?
その日、ハルアーダはリビングのソファーに座って、あんまりにもラドウィンの事を考え過ぎてついには夜になっていた。
それでもハルアーダは夜になっていると気付かなくて、真っ暗な部屋で考え続ける。
ミルランスとティタラは数時間も前に眠る前の挨拶をしたがハルアーダは気付いていない。
挨拶を返さないなんてと二人がぷんぷん怒っていたのにもハルアーダは気付いていなかった。
そんなハルアーダが夜になっているとようやく気付いたのは、外からビュンビュンと風切る音を聞いた時だ。
屋敷のすぐ前、断続的に風切り音が鳴り響く。
するとハルアーダはニヤリと笑って立ち上がり、寝室から剣を持って庭へと出た。
涼しい春風がハルアーダの頬を撫でる。
とうに雪が溶けて暖かくなってきたが、夜の風は心地いい冷たさがあった。
「こんな時間に鍛錬しているから、通りで起きるのが昼頃になるわけだ」
ハルアーダが庭の闇に向かってそのように言いながら鞘から剣を抜く。
暗闇の中にわずかに浮かぶ人影が動きを止めてハルアーダを見た。
「一人で鍛錬するのは寂しいでしょう。手伝いますよ。ラドウィン辺境伯」
ハルアーダは四の五の考えるのはやめた。
結局彼は剣で生きる騎士なのだから、百篇の言葉より一回の戦いだと思うのだ。
もっとも、ラドウィンが煙に巻いて適当に流そうとしなければ……であるが。
「勘弁してください。『皇帝騎士様』に適うわけないじゃないですか」
ハルアーダが自分を皇帝騎士と教えた事は無い。
かつてラドウィンと出会った時にも皇帝騎士では無かったから、そう名乗った記憶も無かった。
「知ってたのですか?」
「知ってましたよ」
ラドウィンが剣を構えて「驚きましたか?」と聞くのでハルアーダはフッと笑う。
「私の身分を知っていたのにも驚きましたが、ようやく私を相手にしてくれましたのでね」
ラドウィンは眉をひそめて「そんなに無視をしてましたか?」と聞くので「してましたね」とハルアーダは答えた。
だが、ラドウィンは剣には応じたのだ。
つまるところ、彼もまたハルアーダのように剣の男なのであろう。
飄々としていようが剣の男というものはその闘争心を隠せはしない。
言葉は要らなかった。
互いを知るには剣で充分。
その夜、闇を切り裂いて二つの剣閃が走った事に気付く者は誰も居なかった。
犬と猿。火と氷。山羊と狼……。
全くもって方向性が正反対を向いている者は同じ場所に居られないものだ。
ともすればラドウィンとハルアーダもそのような仲であったかも知れない。
なにせラドウィンは日がな一日ぶらぶらと町のような村を散歩して、主婦の井戸端会議に参加したり、昼の団欒(だんらん)に混じったりする。
通りに馬車の往来が多くなったという事で、屋敷の庭を子供達の遊び場として開放して、その子供達と一緒に裸足になって追いかけっこに興じていたりするのだ。
ハルアーダはラドウィンが毎日をそのように暮らすので呆れ果ててしまった。
飄々と考えが掴めず、責務も果たさずにいつも笑っているラドウィン。
皇帝と妹帝を護るという使命に生命をかけており、いつも生真面目な顔のハルアーダ。
水と油が互いに交わる筈が無いように正反対の性質を持つ二人である。
本来は互いに関わりあおうとしない筈であったが、しかし、ハルアーダにはラドウィンと関わらねばならない使命があった。
彼には帝都から悪辣な逆臣どもを排除して、皇帝と妹帝を帝都に帰すという使命があったから、モンタアナの領主であるラドウィンに協力を頼まねばならなかったのである。
「貴公の私兵をどうか私に貸して頂きたい」
ハルアーダは例えば、庭に椅子を置いて日向ぼっこをしているラドウィンに片膝ついて頼み込んだ。
ラドウィンは飄々と笑って貸せる私兵はいないと答える。
「悪いようにはさせませぬ。兵の一人一人に必ずや多額の謝礼を払います。ラドウィン辺境伯にあっては必ずや盤石の地位と役職を約束できるはずです」
ハルアーダがあくまでも食い下がるのでラドウィンは困ってしまった。
なにせラドウィンは本当に私兵そのものを持っていなかったからだ。
この村には警備団という人達が戦う事は出来たが、その本質は兵士では無い。
小競り合いや犯罪が起こった時に即座に動ける自警団のような人達であった。
それに私兵という程戦力も無い。
ラドウィンがそう説明するも、ハルアーダはこれほどの規模の集落を賊や蛮族から守ろうとしたら戦力となりえる兵士がいるはずだと信じて疑わなかった。
「いえ、いえ、その時が来ましたらモンタアナの村人総出で剣を持って戦うのです」
「まさか! 煙にまこうとしたってそうは行きません」
ラドウィンが普段から飄々とした態度で仕事をまともにこなさないせいで、ハルアーダは全くラドウィンの言葉を信じてくれない。
これにラドウィンは困った。
「えっと、僕は村を見回るので」
いつものように話を途中で切り上げ、ラドウィンはハルアーダから逃げようとする。
しかし足が治ったハルアーダの前ではそうもいかない。
彼はラドウィンの後ろをついてきて、ラドウィンが屋敷を出て石畳の通りを歩いている間も「お願いします。私利私欲で兵を借りようという話では無いのですよ、辺境伯」と頼み込んだ。
ラドウィンとしては無い袖は振れぬ。
しかしハルアーダは私兵がいないという話を信じてくれない。
ほとほと困ったラドウィンは足を止めて振り向くと「それでは、仮に私が兵を貸したとしたら、何に使うのですか?」とハルアーダの目を見た。
するとハルアーダは黙ってしまう。
なにせハルアーダはミルランスとティタラが皇族だと言うことを秘密にしていて、あくまでもハルアーダの血筋だとしていた。
ミルランスとティタラが皇族だと説明するにはあまりにラドウィンを信用する事が出来なかったからである。
そうなるとなぜラドウィンの兵を欲しいのか説明しがたい。
よもや自分の血筋の子を帰したいから兵が欲しいだなんて手前勝手な説明をする訳にもいかなかった。
ラドウィンはそんなハルアーダの様子を見てニヤニヤとする。
しつこいハルアーダを黙らせる良い質問を見つけたと喜んだ。
そして、上機嫌でハルアーダの肩に腕を回すと、「それでは一緒に昼ご飯といたしましょうか!」と民家の一つにハルアーダを連れて行く。
ハルアーダは「なぜ平民の施しを受けねばならん。騎士は民を護る存在なのだぞ。これでは逆転しておろう」と拒否したが、「まあまあ、ここの奥さんが作る料理は絶品ですよ」とそのまま民家の中へと連れ込まれてしまった。
そこで家族団欒の昼食に預かり、昼過ぎまでラドウィンはその家族と談笑に興じるのだ。
ハルアーダはラドウィンが長居するものだから、長居するのは無礼だと怒りつつ食卓の隅で小さくなっていた。
すると、その家の二人のワンパクな子供が椅子に座っているラドウィンのマントを引くのだ。
ラドウィンはそのまま後ろのめりに倒れ込むと、「やったなあ!」と子供達を抱き上げて大笑いをあげたのである。
そうして一通り遊んでラドウィンが家を出ると、ハルアーダは「なぜ怒らないのですか!」と詰め寄った。
領主や騎士という身分は貴族といわれ、平民と一線を画す。
そのような貴族に無礼を働く者は子供といえども叱責すべきだとハルアーダは説いた。
で、なくば、貴族の権威は失墜し、平民達は命令を聞かなくなる。
するとラドウィンはハルアーダの肩に手を置いて「肩肘張ってばかりでは疲れるでは無いですか」と笑った。
この態度にハルアーダは呆れ果てて何も言えない。
そんなハルアーダを連れてラドウィンは、近く旦那を亡くしていた老婆の家へと訪問して、再び長話に興ずると老婆は「そうだ。うちのが保管していた葡萄酒を飲んで下され」と長話のお礼に一抱えの大きさをした小ぶりな樽をラドウィンに渡した。
ラドウィンはその樽を抱えると技師場へ行く。
大工などの建築的な技術者がいる場所で、ちょうど午前の仕事が終わった職人達がお喋りをしていたのでラドウィンは彼らに葡萄酒を差し入れて、そのまま酒盛りとなる。
ラドウィンは酒が飲めないので水を飲み、彼らと談笑した。
「あ、そうだ」
ラドウィンは何かを思い出したように懐から金貨袋を出すと、明日、灌漑用水の水路を全体的に点検するように依頼するのだ。
職人達が葡萄酒をガブガブ飲みながら金を頂くと、ラドウィンは技術場を出ていく。
ハルアーダはそんなラドウィンの後をついて技術場を出ていき、「酒を飲んでいる相手に金を払うのか?」と言った。
酒は万病の霊薬とか、英雄を作る血とか呼ばれるが、やはり酔っ払う事で起こる問題はある。
例えばお金を払っただの払ってないだの、依頼を受けただの受けてないだの。
それなのにわざわざ酔わせてからお金を払う意味が分からない。
「いやいや、あそこの棟梁は酒を飲みませんからね。酔ってなかったので問題無いと思います」
するとラドウィンがそう説明した。
確かにハルアーダは見落としていたが、肝心の棟梁は一口として酒は飲んでいない。
屈強な男達だったのでてっきり誰もが酒を飲んでいるかと勘違いしてしまったのである。
しかし、ハルアーダはなんだか納得がいかない。
「それでは、なぜあのタイミングでわざわざ依頼を? しかも用水路を全体的に調べるだなんて依頼をするのですか? まだ雨季には随分と早いように思いますがね?」
ハルアーダは今この瞬間、ラドウィンが私服を肥やしているか調べるチャンスだと思った。
特にこれといって問題も無いだろうタイミングでわざわざ金を動かす理由は、何らかの後暗い取引があるからではないかと思う。
人通りの多い道を歩きながら、ラドウィンは「んー」と頭を掻く。
石畳を歩く二人の靴の底の音が人々の会話で掻き消される中、「他の人々の前では話しづらいですか?」とハルアーダは畳み掛けた。
が、ラドウィンは頭を振って「いや、いや」と笑う。
その爽やかな笑みに何一つの後暗さも無いのだ。
「あの家族の話とお婆さんの話の中で、少々気になる話がありましたので」
ハルアーダは眉をひそめて「気になる話? 水路の話なんてしてなかったでしょう?」とラドウィンに詰め寄った。
行き交う人と肩がぶつかって舌打ちをされたがハルアーダはそんな事を気にしている暇は無い。
「まあ、説明は難しいですし、間違えているかも知れませんから」
ラドウィンは苦笑しながらそのように煙に巻くので、ハルアーダはムッとした。
そうして、やはりラドウィンは何らかの不正で私服を肥やしているに違いないと思うのである。
――そうやって適当な事を言って人々の信頼を勝ち取ったか? だが私は騙されんぞ――
ハルアーダはそのように思った。
ところが、翌日になると、用水路の板が一枚剥がれかけていて、いつ氾濫してもおかしく無かったのが見つかったのである。
これにハルアーダは驚いた。
いいや、驚くべきはそれだけではない。
あの葡萄酒をくれた老婆が病で倒れているのを見つけたり、とある民家の娘が両親から日常的に暴行を受けていたのを見つけて助け出したりしたのである。
ハルアーダはラドウィンの不正を見つけてやろうと息巻いたのに、日をまたげばまたぐほど、ラドウィンが人々の為に働いている行為しか見えなかった。
――馬鹿な。大体、ラドウィンの前に都合良く功績となるような出来事が転がり過ぎでは無いか。何か示し合わせて自分の名声にしようとしているに違いない――
ハルアーダはそう思うのだが、それはハルアーダにしては異常な執着といえよう。
仮にラドウィンでは無い貴族が私服を肥やしていたとしたら、ハルアーダはどう思うだろうか?
「私はミルランス様とティタラ様を護るのが使命で不正を正すのは仕事じゃない」と思うだろう。
つまりハルアーダは無意識のうちにラドウィンに執着していた。
彼自身気付いていない事だ。
そんなある日、庭で本を読んでいるラドウィンをハルアーダが見ていると、ボールを持ったミルランスが「なんでハルアーダはいつもラドウィンを睨んでいるの?」と聞いてくるのだ。
「睨んでいましたか?」
「うん。すっごい怖い顔で睨んでた」
そう言われると睨んでいた気がする。
だが、そう、ラドウィンに対してイラつく自分が居たのは間違いない。
なぜラドウィンに対してこんなにイラつくのだろうか? ハルアーダは考える。
よくよく考えればラドウィンは良い人だ。
寸での所でハルアーダ達を助けてくれて、過去に助けてくれたお礼だと見返りを要求しないばかりか、今日まで三人を屋敷に泊まらせてくれている。
子供達の遊び場として庭を開放していた。
それによくよく考えればラドウィンが民の家で食事をするのも、世間話から村の中の問題を探っているように思える。
ハルアーダがラドウィンの事を考えてみると、その軽薄な態度に反して非常に思慮深い行動が見えてきた。
しかし、ハルアーダはそれでもラドウィンの事が気に食わない。
仮にラドウィンが有能で思慮深い良い人だとしよう。そうなると、なぜわざわざ軽薄そうな態度をする必要があるのだろうか?
その日、ハルアーダはリビングのソファーに座って、あんまりにもラドウィンの事を考え過ぎてついには夜になっていた。
それでもハルアーダは夜になっていると気付かなくて、真っ暗な部屋で考え続ける。
ミルランスとティタラは数時間も前に眠る前の挨拶をしたがハルアーダは気付いていない。
挨拶を返さないなんてと二人がぷんぷん怒っていたのにもハルアーダは気付いていなかった。
そんなハルアーダが夜になっているとようやく気付いたのは、外からビュンビュンと風切る音を聞いた時だ。
屋敷のすぐ前、断続的に風切り音が鳴り響く。
するとハルアーダはニヤリと笑って立ち上がり、寝室から剣を持って庭へと出た。
涼しい春風がハルアーダの頬を撫でる。
とうに雪が溶けて暖かくなってきたが、夜の風は心地いい冷たさがあった。
「こんな時間に鍛錬しているから、通りで起きるのが昼頃になるわけだ」
ハルアーダが庭の闇に向かってそのように言いながら鞘から剣を抜く。
暗闇の中にわずかに浮かぶ人影が動きを止めてハルアーダを見た。
「一人で鍛錬するのは寂しいでしょう。手伝いますよ。ラドウィン辺境伯」
ハルアーダは四の五の考えるのはやめた。
結局彼は剣で生きる騎士なのだから、百篇の言葉より一回の戦いだと思うのだ。
もっとも、ラドウィンが煙に巻いて適当に流そうとしなければ……であるが。
「勘弁してください。『皇帝騎士様』に適うわけないじゃないですか」
ハルアーダが自分を皇帝騎士と教えた事は無い。
かつてラドウィンと出会った時にも皇帝騎士では無かったから、そう名乗った記憶も無かった。
「知ってたのですか?」
「知ってましたよ」
ラドウィンが剣を構えて「驚きましたか?」と聞くのでハルアーダはフッと笑う。
「私の身分を知っていたのにも驚きましたが、ようやく私を相手にしてくれましたのでね」
ラドウィンは眉をひそめて「そんなに無視をしてましたか?」と聞くので「してましたね」とハルアーダは答えた。
だが、ラドウィンは剣には応じたのだ。
つまるところ、彼もまたハルアーダのように剣の男なのであろう。
飄々としていようが剣の男というものはその闘争心を隠せはしない。
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ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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