今日も武器屋は閑古鳥

桜羽根ねね

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閑古鳥武器屋番外中

氷菓子の輪舞曲

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 今の状況は、一体何なんだろう。

 ぐるぐる巻きにされて、目隠しされて、魔力を封じる首輪を付けられて、冷たい床の上に一人きり。

 ……えーと、取り敢えずこうなった経緯を思い出してみよう。めんどいけど。

 確か、ルダ様に言われたから仕方なく氷の精霊と顔を合わせたんだよね。
 アイザックって名乗った青髪のそいつは、他の精霊みたく高慢で傲慢な態度じゃなかったからちょっとビックリした。
 寧ろ凄くフレンドリーでスキンシップが激しくて……軽く引いてしまった。

 それでも悪い奴じゃなさそうだったし、何よりルダ様の紹介だったから、何度か会って他愛もない……楽しい時間を過ごした。
 だから、アイザックが精霊界にしかないお菓子をくれると言われても特に警戒することなくついていった。そしたら案内されてる途中でいきなり眠くなって……、目が覚めたらこんな状況に陥ってた。

 うーん……、改めて考えてみてもアイザックに騙されたって思うのが妥当かな。
 俺なんかを攫って何したいのかは分かんねぇけど、ルダ様には迷惑かけたくないな。

 …………というか、お腹空いた。
 頭使うとすぐ腹が減るんだよなぁ。

 うーん、この首輪が邪魔だ。

 ──両手両足縛られてる上に、魔力も封じられちゃ動きようがない……って思ったのかな、アイザックは。

「えい」

 短い掛け声と一緒に、ロープらしき物体をぶちりと引きちぎる。 

 元々、俺の魔力は大して多くない。純粋な力の方が強い俺に、この程度の戒めは飴細工より甘かった。

 目隠しを取ると、自分がいる場所の全貌をようやく見ることが出来た。窓がない牢屋みたいな部屋。寧ろ牢屋?空気がどことなく冷たいから、多分氷の精霊の住処かな。

 まあ考えるのは後にして、今はお菓子を食べよう。

「うわ、結構硬い…………」

 魔力を封じる石で作られた首輪は、流石に硬い。ちょっと、これ外さないとお菓子創れねぇんだけど。

 そうやって、いらいらしながら首輪の破壊行動に勤しんでいると、

「ようやくお目覚めかよ、泥棒ようせ…………って、えええぇっ!?な、何してるんだ!?」
「見て分かんないの?お腹空いたから壊そうとしてるだけ」
「あ、そうなんだ。──じゃなくて!どうして縛られてたはずなのにほぼ自由の身になってんだよ!?」
「引きちぎった」
「引きちぎっ……!?」

 ガゴッ

「ふー。やっと壊れた~。……あ、つーかお前誰?」
「え……確かに普通の妖精より力は強いって聞いてたけど…………き、規格外すぎるだろ……!」
「だからさぁ、お前誰って聞いてんだけど。何、アイザックのお仲間?」
「っ……!お、おお皇子を呼び捨てに……っ!皇子が許しても俺が許さねぇぞ!」
「さくさくさくさく」
「菓子を食うな!人の話を聞け!」

 金髪の煩い奴が格子の向こうでぎゃーぎゃー言ってるけど、今は食べるのが最優先。
 腹を満たすために、ぽんぽんと甘いお菓子を出しては口の中に放り込んでいく。うん、美味しい。

 暫くその行為を繰り返していると、不意にがちゃりという音が聞こえて、鉄格子の一部が開いた。出てもいいってことなのかなと思ってたら何故か金髪が中に入ってきた。

 はてなマークを浮かべながらお菓子を食べ続ける俺の前にすとんと座った金髪は、すごく真面目な顔をしていた。へぇ、よく見ると……ルダ様には負けるけどなかなかのイケメン君だ。

「クーロン。あんたがどうしてこんな所に入れられてんのか、分かってんのか?」
「いや、知らない」
「なら教えてやるよ。たかだか一妖精の分際で、俺達の皇子を奪ったからだ」
「さっきも思ったんだけどさ~、皇子って誰のこと?」
「とぼけても無駄だ!精霊王のご子息の一人、アイザック様のことだよ!!」
「アイザック……?え、あいつ皇子さまだったんだ」

 驚いて目を丸くする俺を見て、金髪はどこか困惑したような表情を浮かべた。

「…………皇子のこと、知ってて攫ったんじゃないのか……?」
「はぁ?攫ってなんかねぇし、寧ろ俺の方が攫われてんだけど」
「………………意見の相違があるみたいだな。少し確認させてもらうぞ」

 ──そうして金髪からの質問責めにあって、分かったことがいくつかある。

 皇子ことアイザックは精霊王の子息だけど、特別魔力が強いわけじゃない上に氷の領土から離れると生命力が著しく奪われてしまう呪いにかかってるとか。

 水鏡という遠くを映せる道具で俺のことをよく見ていたとか。……え、なにそれこわい。

 そんなある日アイザックが書き置きもなくいなくなって、急いで捜索したら俺と一緒にいたから俺を誘拐犯だと思って捕まえたとか。金髪もといトトルは光の精霊だけど色々あってアイザックに仕えてるとか。……それはどうでもいいんだけど。

 そんな風なことをつらつらと話したトトルに、俺はルダ様がアイザックの呪いを解いて俺に会わせるために連れてきたと伝えると、一瞬表情が固まった後すごい勢いで牢屋から飛び出していった。

 あーあ、鍵かけ忘れてるし。これって脱走してもいいのかなぁ。まあ、転移を使えば楽に逃げれるけど、その分魔力も体力使うからな~。

 取り敢えず、残りのお菓子を食べてから考えよう。


*****


 それから幾許かもしない内に、俺がお菓子を食べ終わるのとほぼ同じタイミングでトトルが戻ってきた。
 あーあ、思ったより早かったから脱走出来なかったな。

 でもなんか、さっきまでとは違って、どこか嬉しそうな悲しそうな複雑な表情を浮かべている。

「今、皇子に確認してきたらあんたが言ったのと全く同じことを話されたよ……。呪いが解けたのは嬉しいけど、どうして妖精なんかに惚れちゃったんだよ皇子……っ!」
「……うるさいなぁ、妖精ってだけで馬鹿にするなよ」
「だって!俺、馬に変化する湖の妖精に『光の精霊?豆電球の間違いだろ』って散々馬鹿にされたことがあるんだよ!!そんな性悪種族に皇子を渡せるわけないだろ!!」
「あのさぁ……、妖精でもみんながみんなそんな性格じゃねぇし。あんたら精霊だってそうでしょ?」
「……。…………そういえば、そうだな」

 なんとなく、この光の精霊はちょっとおばかさんなんだな、ってことが分かった。
 良く言えば直球で、悪く言えば周りが見えない、みたいな?
 俺もあんまり人のことは言えないかもだけど。

「……だとしても!あの褐色妖精のことだけは許せないからな!
「褐色……?」
「……はぁ、とにかく、あんま気は乗らないけど、皇子が呼んでるから案内してやるよ」

 問答無用とばかりに俺の腕を掴んで歩き出すトトルの後を、ぼんやりとついて行く。こんなことになったのも皇子の説明不足だし、軽く潰しちゃおうかなぁ。でもそんなことしたら、トトルが発狂してめんどいことになりそうだからやめとこ。

 あと、湖の妖精で肌の色が褐色の奴っていないんだけど。それに馬に変化したってことは、どう考えても幻獣のケルピーだよね。ケルピーって気性荒いのによく悪口だけで済んだなぁ。
 教えてあげてもいいけど、そこまでする義理はないからいっか。

 ──そんなに広くない廊下を暫く無言のまま歩かされて、たどり着いた扉の向こうには椅子に座ったアイザックがいた。

 俺達が入ると、ぱっと立ち上がって走り寄ってき……

「ぐぇっ」
「ごめんねクゥ、オレが浮かれすぎて皆に説明もせずにルダセイク君について行ったせいで、こんな目に合わせてしまって……。トトル君に悪気はなかったんだ。オレの呪いを心配してくれた上での行為だったんだよ。まさかオレ共々眠らせてくるとは思わなかったけど。もう少し早く目覚めていればもっと早く誤解が解けたんだけどね……。本当にすまなかった、クゥ。……許してくれるかい?」
「……ゆるすから、手ぇ離して。くるしい」

「ソーリー。それと、ありがとう。こんな理不尽なことをされたのにすぐ許してくれるだなんて、やっぱりクゥはエンジェルだね」

 アイザックに勢いよく抱きつかれた後、意味が分からない単語と一緒にそんなことを言われた。
 そーりーとかえんじぇるとか聞いたことがない。精霊特有の言語なのかな。

「それよりさ~、アイザックって皇子様なんでしょ。なんで俺なんかに構うワケ?」
「皇子といっても末端だからね。魔力も普通の精霊と変わりないし、名ばかりの皇子って所かな。それと、好きな子を構いたいと思うのは普通のことだろう?」
「…………は?」

 すきなこ?
 きな粉は好きだけどすきなこって何だろう。

 一瞬だけ現実逃避した俺に構うことなく、アイザックは俺の頬を手の平で優しく包んできた。

「水鏡でクゥのことをずっと見ていたんだ。お菓子を食べてる姿が可愛くて天使かと思ったよ。今思うと一目惚れ、だったのかな。虐められているのをいつも助けたいと思っていたけど、呪いのせいで出来なくて。そもそも精霊が妖精の主になるのは不可能だから、トトル君にも頼めなかったしね。それで、偶然近くを視察に来ていたルダセイク君……魔王様にクゥを助けてください、なんてお願いしちゃって。まさか聞き届けてもらえるなんて思わなかったよ。俺の呪いまであんなに時間をかけて解いてくれて……その代わりクゥを幸せにしろって何度も言われたけどね。言われなくてもそのつもりだけど。クゥ、アイラブユー」

 …………えっと、何これ。
 詰られるのは慣れてるけど、好きな子とか可愛いとか言われたことがないからどう反応していいのか分からない。触れられている頬が熱くなった気がするけど、手の温度でそうなったのかな。

 トトルはいつの間にかいないし。もう、何でこういう時に消えるんだよ。
 あと、精霊言語使われても意味分かんねぇし。

「クゥがルダセイク君のことを好きなのは知ってる。忘れろとも言わないけど、オレの気持ちだけは知っていてほしいんだ」
「…………。……あいらぶゆーって、何」

 会話をぶったぎってそう尋ねると、アイザックはきょとんと目を瞬かせた後、くしゃりと破顔した。

「ふふ、そっか。この言葉じゃ分からないよね。教えてあげるから少し屈んでもらってもいいかな」
「ん」

 頬を挟まれたまま背中を丸めると、息をする場所を塞がれた。

 ………………あれ、れ?

 これっていつもルダ様がアルジュにやってることだよね。
 恋人同士がする行為だよってルダ様は言ってたけど。

「んっ、んんーっ!!?」

 きつい苦しい息ができない死んじゃうなんか舐められてる気持ち悪いのに嫌じゃないってどういうことだから苦しいってばいいかげん──

「っ、やめ、ろっ!」

 手加減しつつアイザックを突き放して、手の甲で唇を拭う。
 ぎろりと睨みつけても、アイザックはどこ吹く風で嬉しそうに微笑むだけ。

「ごめんね、クゥが可愛すぎて我慢が出来なかったよ。それと、キスの時は鼻で息をすると楽だよ」
「可愛くねぇし、うるせぇし!もう俺に近づくなっ!」
「それは無理な相談だよ。ルダセイク君と約束しちゃったし、オレもこの気持ちを抑えられそうにない。手を出さない、とは言ってないからね。呪いも誤解も解けた今、これからがんがん攻めさせてもらうよ」
「っ……!!俺は、お前なんか好きにならないから」
「そうか。落とし甲斐があるよ。……ああ、アイラブユーの意味を教えてなかったね」

 一歩ずつ近づいてくるアイザックは、俺より小さいのに妙な迫力があって、つい後ずさってしまった。

 …………ぶっちゃけてしまうと、ルダ様のことはもう吹っ切れている。アルジュと話してみて、怖がりだけど素直で良い子だってことが分かって、今まで燻っていたものがさらりと流れていったような気持ちになった。だからといって、アイザックをすぐ好きになるのは無理だと思う。
 間接的に助けてくれたことにはなるけど、いきなりあんなことする奴だし、物腰柔らかだし、無駄にイケメンだし、俺みたいな巨人妖精を可愛いとか言ってくるし、笑顔が綺麗だし、なんか全体的に大人っぽいし…………あれ、何で褒めてんだろ、俺。

 そうこうしている内に、壁に追いつめられた。
 俺を見上げてくるアイザックの、色っぽく弧を描いた唇に目がいってしまって無性に恥ずかしくなってしまう。
 うー……、やだやだ、こんなの俺じゃない。

「アイラブユー。…………オレはあなたのことを愛しています。って意味だよ」

 固まった俺の手を恭しく持ち上げて、どこかの騎士みたく手の甲に唇を落とすアイザックに、胸の奥がぐらりと揺れた気がした。


【恋愛初心者妖精とストーカー精霊】


(絶対、好きになんかなってやらねぇし)
(そういえばクゥ、元はといえば精霊界に伝わるお菓子を食べさせる約束だったね。今から食べるかい?)
(……食べる)
(それじゃあ、あげる代わりにオレのことを愛称で呼んでよ)
(んー……、じゃあザック?ね、早くお菓子ちょうだい)
(…………こんなに素直になるなんて……、ちょっと躾けておかないと知らない奴にも普通について行きそうだな……)
(ザック、はーやーくー)
(了解。取り敢えず今は甘い時間を過ごそうか)

(うぅ……居づらい…………。なんなんだよあの空気……胸やけしてきた……。はぁ…………、ちょっと外の空気でも吸ってこようかな……。確か近くに綺麗な泉があったよな。よし、そうと決まればレッツ逃亡!)

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