今日も武器屋は閑古鳥

桜羽根ねね

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閑古鳥武器屋番外中

光と水の屈折愛

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 精霊と妖精の違いは、力の質を見れば一目瞭然だ。

 同じ炎を司る者でも、使える炎の質が違う。例えて言うなら妖精は蝋燭の炎、精霊は火炎放射器……みたいな?

 とにかく、精霊は妖精よりも秀でていて……、俺はその精霊だったりする。

 ただ、妖精だからといって見下していたわけじゃない。
 …………あの褐色妖精にあんな屈辱的なことを言われるまでは。
 ああ、思い出しただけで腹が立つ……!俺のどこが豆電球なんだよ!

 苛々しながら泉の近くに腰を下ろすと、爽やかな風が悪戯に髪を弄んでいった。
 木々に囲まれた所にぽつんと存在するこの泉は、微力だけど魔力回復の効能を持っている。

 高位な魔法を使うとすぐに尽きてしまう皇子のためによく汲んでいくけど、今日はちょっとそんな気にはなれない。俺がいるのを忘れて、クーロンっていう妖精といちゃいちゃいちゃいちゃ…………流石にあれは耐えきれない。砂どころか砂糖を吐きそうな勢いだった。

 俺が勘違いして突っ走ったのは悪いと思うけど、独り身にあのオーラは目に毒すぎる。

 二人が落ち着くまで暫くここにいようかな……。
いつもと変わらない透き通った泉をぼんやりと眺めながら小さく呟く。

 ────と。

 ぼこり、と水面が泡立った。

 それと共に感じる、強烈で、嫌な魔力。
 この感覚には覚えがある。覚えていたくなんかないけど、ついさっきそのことでムカついてたし。

 立ち上がって泉から距離を取る俺の目の前に、そいつはザバリと姿を現した。
 黒い体躯に、靡く鬣。見た目だけはカッコいい黒馬。そいつは地に降り立つと、背の高い褐色の妖精に変化した。口元には嫌みったらしい笑みを浮かべている。

「よぉ、また会ったな。豆精霊」
「俺は会いたくなんかなかったし、豆呼ばわりするな!」

 ああ、駄目だ。
 一旦落ち着けクールダウン。

 このまま噛みついていっても、相手のいいように転がされるだけだ。

 豆電球について納得したわけじゃないけど、ここは大人の対応をしようじゃないか。用件を聞いて、さっさと帰ってもらおう。

「…………それで、何の用だよ」
「は?別に用なんてねーよ。水ん中からテメーが見えたからからかいに来ただけだ」「はあぁ!?何なんだよその傍迷惑な思考!」
「別にいーだろ。減るもんじゃねーし」
「そういう問題じゃない!大体、湖の妖精がこんな所にいていいのかよ!」
「湖?妖精?お前…………馬鹿か?」
「ばっ……、馬鹿じゃない!」
「いーや、んなこと言ってる時点で馬鹿だろ。俺のどこが貧弱な湖の妖精に見えんだよ、馬鹿豆」

 どこか呆れたような目を向けられて更に苛々が募る。
 ここは大人の対応として…………少し攻撃しておこう。

「あんまり馬鹿馬鹿言うと、流石の俺も怒るからな!」

 手に魔力を込めて勢いよく前方に放つと、眩いばかりの光がレーザーのように宙を薙いだ。
 見た目に反して殺傷能力がない、目眩ましの魔法だ。要するにアレだ、フラッシュ。傷を負わせないとはいえ、目へのダメージは大きい。

「(ふっふっふ……あまりの眩しさにのた打ち回れ!)」
「テメー……。いきなり何しやがんだ、あ"ぁ?」
「あ、れ?き……、効いてない?」
「あんなしょっぱい魔法が俺に効くわけねぇだろーが」
「っ……!じ、じゃあこれならどうだ!」

 余裕綽々な褐色に向かって、今度は攻撃用の魔法を放つ。無数の光の球を生み出して、常人なら目で追えない程の速さで放った、のに。

「甘ぇよ」
「なっ……!」

 褐色の造った水の壁によって、いとも容易く消え去ってしまった。
 く、悔しい……!確かに光と水じゃ相性悪いけど、妖精にしては魔力強すぎだろ……っ!

 ………………いや、そもそもその認識が間違っていたのかもしれない。こいつから直接名乗ったわけじゃないし、もしかすると湖の妖精じゃなくて水の精霊だったのかも。

「……あんた、妖精じゃないな?」
「っは、やっと気付いたのかよ」

 断言は出来なかったけど、カマをかけてみたらあっさり肯定してきた。妖精じゃないんなら、あの異様な魔力の強さも頷ける。
 自分が名乗れば相手もつられて名乗るんじゃないかという単純思考の元、口を開く。

「俺は光の精霊のトトル。決して断じて絶対に豆電球なんかじゃないからな!」
「へーへー、分かったっつの。うるせぇ豆だな」
「分かってないじゃないか!この褐色野郎!」
「ふーん……。テメーの方こそ分かってねぇから教えてやるよ。一度しか言わねぇから、その小せぇ頭に叩き込め。俺はヴィルヘルム。馬鹿な精霊連中とは違う、幻獣の水棲馬──……ケルピーだ」

 ケルピー。
 その名前には聞き覚えがありすぎた。
 昔は人間を水の中に引きずり込んでしまう暴虐な習性があったみたいだけど、今の魔王が統治するようになってからはそんなことは一度も起こっていない、らしい。
 そして、馬鞍を着けてさえしまえば人間にも乗りこなすことが可能になることも文献で知った。
 手懐けることが出来たならば、どの馬よりも優れた名馬になるとも書いてあった。

 ……貶されて怒っていたとはいえ、どうして湖の妖精なんて馬鹿な間違いをしてしまったんだろう。

 だって、ケルピーは。

 幼い頃、誤って川に落ちて溺れかけていた俺を救ってくれた、ヒーローのような種族なのに。

 そう思うと、……この褐色が俺を助けてくれたケルピーでないとしても、その種族というだけで、これまで抱いていた怒りがすっと引いてしまった。

 代わりに湧き出したのは……、憧れに似た不思議な気持ち。

「…………ルヘル!」
「……おい、何だその変な呼び方は」
「褐色よりいいだろ。俺のこともトトって呼んでくれていいからな」
「誰が呼ぶかよ。……さっきまで喚いてたくせにいきなりフランクになりやがって……。──……つーかお前、俺が怖くねぇのか?」
「怖い?まあ、睨まれると怖いな。あと、豆って言われるのはムカつく。ただ、ケルピーには昔助けてもらった恩があるんだよ。その仲間が悪い奴なんて到底思えないからさ」
「はぁ?なんだそれ、やっぱテメー馬鹿だな」
「う…………、あーもう馬鹿でいいよ!とにかく、俺にとってのケルピーは憧れの存在で。特にあの雄々しかったケルピーは俺のヒーローなんだよ。……あっ、もし知り合いにそんなケルピーがいたら教えてく、」
「んな酔狂な奴知るわけねーだろ。……興が冷めちまったぜ」
「ちょっ、最後まで言わせ…………あー……もう消えちゃった…………」

 止める暇を与えることなく水の中に身体を溶け込ませていったルヘル。もう少し、普通(?)の会話を楽しみたかったんだけどな。

「…………また会いに来るから」

 静かになった水面にそう呟いて、あまり戻りたくない城に戻るため、重たい足に力を込めた。


【俺様水棲馬とツンツン純粋精霊】


(おや、ヴィルヘルム。顔が赤いな)
(うるせぇ)
(そういえばこの前、昔助けてやった精霊に会ったと言っていたな。つい悪口を吐いてしまった……とへこんでいたけど、誤解を解いてきたのか?)
(………………うるせぇ。大体、覚えてやがるだなんて予想外だったんだよ……)
(……まあいいよ。とにかく、その子供みたいな……好きな相手を苛める思考はどうにかした方がいいと思うよ)
(すっ……!?好きなんかじゃねぇ!)
(そんな顔で言われてもね。まあ、主人として応援してあげるから頑張ることだね)
(だから違うっつってんだろ!このヘタレ魔王!)
(…………へぇ。ヘタレ、ねぇ?)
(あ゛っ)
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