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2009年7月
見えない少年1
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インビジブル【invisible】(形容動詞/名詞)
超心理学におけるインビジブルとは超能力(psychic ability)の一種である。
この名称はH.G・ウェルズの小説「透明人間(invisible man)」に由来するが、小説のように実際に透明化するわけではなく、周辺の人物に対して自分の存在を認識させない能力であり、おそらくは超感覚(Extra Sensory Perception=ESP)能力のひとつであると推測される。
ジョセフ・リッチフィールド著「超心理学の基礎知識」より
---------------------------------------------------------------------------
私立青葉学園中等部3年の宮下真奈美はテレビドラマを観るのが好きだった。特に好きなドラマは沢口靖子主演「科捜研の女」である。
「科学は嘘をつかない」を信条に、凶悪化・ハイテク化する犯罪に立ち向かう法医研究員・榊マリコは真奈美の理想の女性像だった。
時には仲間たちとも反発しながらも決して自分の信条を曲げず、事件を解決する。
そして彼女はとても美しく、品があり、とても清らかだ。
(私もマリコのようになりたい。でも。。)
自分はマリコのようにはなれないだろうという、暗い思いが頭をもたげる。
(私は狂っている。科学ですべてを割り切ることなんて、とてもできない)
真奈美がテレビが好きなのには理由がある。それはテレビの人たちからは、心の声が聞こえないからだ。
初めて心の声が聴こえたのは2年生のとき。14歳のある日、真奈美が初潮を迎えたことを母親に報告したときのことだ。
優し気に微笑む母からは確かに、『ああ嫌だ。この子もオンナになっちゃったのね。いやらしいわ』という声が聞こえた。
あまりに酷い言葉にとても驚いたが母の口は動いていなかったので、真奈美は空耳かもしれないと自分を納得させようとした。
しかしこの時を境に、他人の考えることが声になって聴こえるようになったのだ。
いや、それは本当に他人の考えなどではなく、狂った自分の心が生み出す幻聴なのかもしれない。
(きっと私は狂っているのだ)
そう思わないとやっていられないほど心の声はとても醜いことが多い。
父も母も、明るい家族を演じながら心の中ではいつもとても醜いことを考えている。
両親だけではない。出会う人、誰もがそうなのだ。人間とは醜い生き物だ。
学校に行くことは真奈美にとっては地獄だった。真奈美の意思とは無関係に、クラスメイトたちの心の声が頭に飛び込んで来るからだ。
「真奈美~おっはよう♪」
通学路で声を掛けてきたのは小学生のころからの親友である高橋真紀だ。
(親友・・・そう・・ずっとそう思っていたのに。。)
真紀の心の声が聞こえる。
『あらあら、今日もカワイイ振りしちゃって。自分で思ってるほどかわいくなんかないわよ』
人の心とは醜い物である。それは真奈美とて例外ではないが、毎日それを嫌と言うほど突きつけられるのだ。
「真奈美~!ほら、早坂先輩よ。挨拶しよ!」
ウキウキした声で真紀が言う。
ふたりの先を歩いている3人の夏服の男子生徒たち。
そのひとりが、女生徒たちのアイドル的存在である高等部バスケットボール部のキャプテン・早坂だ。
「早坂先輩、おはようございます」
真紀が声を掛けると、3人の男子生徒たちが一斉に振り返る。
真奈美は男子生徒に近づくのが苦手である。彼らはどうせ碌なことを考えていないからだ。
『うわ~女の子の夏服いいなあ。ブラがちょっと透けて見えそうだな』
『こっちの子は胸でかいな。触ってみたいなあ』
こうして男子たちは真奈美たちの制服を妄想で透視しはじめるのである。
「おはよう。ええと、君たちは中等部の子だよね」
「は、はい!」
長身なスポーツマンの早坂に爽やかな声でそう言われて、真紀の心が舞い上がっているのがわかる。
しかし早坂の目は真奈美に向けられていた。
『おっ!こいつ、かわいいなあ。***が***だな。***したいぜ』
早坂のいやらしい心の声につづいて真樹の嫉妬に満ちた声が聞こえる。
『なんなの?真奈美、てめえ早坂先輩に色目使ってんじゃねえよ』
こんなことが一日中続くのだ。
(テレビがいい。マリコは醜いことなんか考えない。テレビの世界に行きたい。。)
授業中もクラスメイトたちの心の声は止まない。
最近は少しづつ、それを受け流す技術を身に着け始めていたが、それでもまったく気にならないわけではない。
真奈美は気力を振り絞って勉強に集中しようと努めていた。
その声はある日の数学の授業中に聞こえてきた。
『・・・完全に消えてしまえないものか。。』
驚いた真奈美は声の聞こえる後方の席を見た。
そこには色白でか細くて、あまり特徴の無い無表情な顔立ちの男子生徒が座っていた。真奈美が初めて見る顔だ。
(誰?・・なんで知らない子が授業を受けているの?それになんで誰も気にしてないの?)
真奈美は少し精神を集中して、その男子生徒の心の声を聞こうとした。
その男子生徒の心は驚くほど静かであった。何も考えていないわけではないのだが、それはただ授業の内容を反芻しているだけで、それ以外何も聞こえない。
14歳のあの日以来、真奈美が精神を集中しても心の声が聞こえないなんて初めてのことである。
(でもさっき聞こえた『完全に消えてしまえないものか』っていうのは?まさか自殺を考えている?この子の名前は??)
休み時間。
「ちょっといいかしら?」
真奈美は思い切って、その男子生徒に声を掛けてみた。
「ええと、あなたの名前は・・・」
(ああ、そうだ。思い出した。なんだずっと以前から同じクラスに居た子じゃない。どうして今まで思い出せなかったんだろう?)
「・・山口肇君よね?」
休み時間になっても授業中と同じ姿勢のまま席に座っていた山口肇はゆっくりと顔をあげ、真奈美の顔を見た。
そして抑揚の無い声でこう言った。
「宮下君には僕が見えるのかい?」
超心理学におけるインビジブルとは超能力(psychic ability)の一種である。
この名称はH.G・ウェルズの小説「透明人間(invisible man)」に由来するが、小説のように実際に透明化するわけではなく、周辺の人物に対して自分の存在を認識させない能力であり、おそらくは超感覚(Extra Sensory Perception=ESP)能力のひとつであると推測される。
ジョセフ・リッチフィールド著「超心理学の基礎知識」より
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私立青葉学園中等部3年の宮下真奈美はテレビドラマを観るのが好きだった。特に好きなドラマは沢口靖子主演「科捜研の女」である。
「科学は嘘をつかない」を信条に、凶悪化・ハイテク化する犯罪に立ち向かう法医研究員・榊マリコは真奈美の理想の女性像だった。
時には仲間たちとも反発しながらも決して自分の信条を曲げず、事件を解決する。
そして彼女はとても美しく、品があり、とても清らかだ。
(私もマリコのようになりたい。でも。。)
自分はマリコのようにはなれないだろうという、暗い思いが頭をもたげる。
(私は狂っている。科学ですべてを割り切ることなんて、とてもできない)
真奈美がテレビが好きなのには理由がある。それはテレビの人たちからは、心の声が聞こえないからだ。
初めて心の声が聴こえたのは2年生のとき。14歳のある日、真奈美が初潮を迎えたことを母親に報告したときのことだ。
優し気に微笑む母からは確かに、『ああ嫌だ。この子もオンナになっちゃったのね。いやらしいわ』という声が聞こえた。
あまりに酷い言葉にとても驚いたが母の口は動いていなかったので、真奈美は空耳かもしれないと自分を納得させようとした。
しかしこの時を境に、他人の考えることが声になって聴こえるようになったのだ。
いや、それは本当に他人の考えなどではなく、狂った自分の心が生み出す幻聴なのかもしれない。
(きっと私は狂っているのだ)
そう思わないとやっていられないほど心の声はとても醜いことが多い。
父も母も、明るい家族を演じながら心の中ではいつもとても醜いことを考えている。
両親だけではない。出会う人、誰もがそうなのだ。人間とは醜い生き物だ。
学校に行くことは真奈美にとっては地獄だった。真奈美の意思とは無関係に、クラスメイトたちの心の声が頭に飛び込んで来るからだ。
「真奈美~おっはよう♪」
通学路で声を掛けてきたのは小学生のころからの親友である高橋真紀だ。
(親友・・・そう・・ずっとそう思っていたのに。。)
真紀の心の声が聞こえる。
『あらあら、今日もカワイイ振りしちゃって。自分で思ってるほどかわいくなんかないわよ』
人の心とは醜い物である。それは真奈美とて例外ではないが、毎日それを嫌と言うほど突きつけられるのだ。
「真奈美~!ほら、早坂先輩よ。挨拶しよ!」
ウキウキした声で真紀が言う。
ふたりの先を歩いている3人の夏服の男子生徒たち。
そのひとりが、女生徒たちのアイドル的存在である高等部バスケットボール部のキャプテン・早坂だ。
「早坂先輩、おはようございます」
真紀が声を掛けると、3人の男子生徒たちが一斉に振り返る。
真奈美は男子生徒に近づくのが苦手である。彼らはどうせ碌なことを考えていないからだ。
『うわ~女の子の夏服いいなあ。ブラがちょっと透けて見えそうだな』
『こっちの子は胸でかいな。触ってみたいなあ』
こうして男子たちは真奈美たちの制服を妄想で透視しはじめるのである。
「おはよう。ええと、君たちは中等部の子だよね」
「は、はい!」
長身なスポーツマンの早坂に爽やかな声でそう言われて、真紀の心が舞い上がっているのがわかる。
しかし早坂の目は真奈美に向けられていた。
『おっ!こいつ、かわいいなあ。***が***だな。***したいぜ』
早坂のいやらしい心の声につづいて真樹の嫉妬に満ちた声が聞こえる。
『なんなの?真奈美、てめえ早坂先輩に色目使ってんじゃねえよ』
こんなことが一日中続くのだ。
(テレビがいい。マリコは醜いことなんか考えない。テレビの世界に行きたい。。)
授業中もクラスメイトたちの心の声は止まない。
最近は少しづつ、それを受け流す技術を身に着け始めていたが、それでもまったく気にならないわけではない。
真奈美は気力を振り絞って勉強に集中しようと努めていた。
その声はある日の数学の授業中に聞こえてきた。
『・・・完全に消えてしまえないものか。。』
驚いた真奈美は声の聞こえる後方の席を見た。
そこには色白でか細くて、あまり特徴の無い無表情な顔立ちの男子生徒が座っていた。真奈美が初めて見る顔だ。
(誰?・・なんで知らない子が授業を受けているの?それになんで誰も気にしてないの?)
真奈美は少し精神を集中して、その男子生徒の心の声を聞こうとした。
その男子生徒の心は驚くほど静かであった。何も考えていないわけではないのだが、それはただ授業の内容を反芻しているだけで、それ以外何も聞こえない。
14歳のあの日以来、真奈美が精神を集中しても心の声が聞こえないなんて初めてのことである。
(でもさっき聞こえた『完全に消えてしまえないものか』っていうのは?まさか自殺を考えている?この子の名前は??)
休み時間。
「ちょっといいかしら?」
真奈美は思い切って、その男子生徒に声を掛けてみた。
「ええと、あなたの名前は・・・」
(ああ、そうだ。思い出した。なんだずっと以前から同じクラスに居た子じゃない。どうして今まで思い出せなかったんだろう?)
「・・山口肇君よね?」
休み時間になっても授業中と同じ姿勢のまま席に座っていた山口肇はゆっくりと顔をあげ、真奈美の顔を見た。
そして抑揚の無い声でこう言った。
「宮下君には僕が見えるのかい?」
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