インビジブル(超・本格推理小説)

冨井春義

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2009年7月

見えない少年3

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「ただいま」

 宮下真奈美が帰宅すると、リビングの方角から母が姿を現した。

「おかえりなさい。あら?真奈美、どうしたの?珍しいわね、にやにや笑いなんか浮かべて」

(・・・え?)

 真奈美は自分の表情に気づいていなかったが、確かにその顔には明るい笑みが浮かんでいたのだ。

「でもいい事よ。お母さん、ここのところ真奈美がふさぎ込んでいるみたいに見えて心配だったのよ」

 たしかに母は日ごろから、真奈美があまり感情を表に現さないことを気にしていた。

「心配かけてごめんなさい。うん、でもなぜかしら今日は気分がいいの」

 本当にこんなに気持ちが晴れ晴れしているのは久しぶりだった。

『どうしたのかしら?こんな明るい顔、もう長らく見たことないわ。もしかしたらこの子、誰か好きな人でも出来たんじゃないかしら?』

 そう母の心の声が聞こえた。

(好きな人?まさかそんな。。。)

 真奈美は男性に恋愛感情を持ったことが一度も無い。どんなに素敵に見える男性でも、その醜い心の中がわかってしまう真奈美にどうして恋ができるだろうか?

(でも、山口君の心の声は聞こえない。だからもしかしたら私、山口君に恋愛感情を持ってしまった?)

 山口肇の顔と声を思い出すと、確かに胸の鼓動が早くなる。

(私があれほど忌み嫌っていた他人の心を読んでしまう能力を、神に与えられたギフトだと言ってくれた、あの人に?)

「大丈夫?真奈美、今度はぼーっとして」

 そう言う母の声を聞いて真奈美は我に帰った。

「あっ、大丈夫よお母さん。ちょっと考え事をしていたの。じゃあ私、お部屋で着替えて来るね」



 自分の部屋で制服から部屋着に着替えた真奈美は、ベッドに腰かけてまた肇のことを考えていた。
 そしてドキドキと高鳴る胸に手を当てて、確信した。

(そうだわ。私は山口君が好きになった。これって間違いなく初恋だよね!)

 真奈美は素直にうれしかった。
 自分に人並の恋愛感情が生まれることなど、この先一生あり得ないと思っていたからだ。
 まるで未来が明るく輝き始めたようにすら思えた。

(明日、学校に行けば私の好きな人が居るんだわ。私の目にだけ見える彼が!ああ、なんだか秘密めいてて素敵)


 その日の夕食時、真奈美は久しぶりに家族の団欒を味わっていた。両親の心の声も全く気にならない。父も母も、明るくなった娘の変化を不思議に思いながらも喜んでいた。


 翌朝。
 真奈美はとても気持ちよく目覚めた。まるで新しい人生の夜明けを迎えたような気分だ。

(窓から差し込む陽光がまぶしくてとても綺麗。どうしたのかしら?本当に気分がいい)

 両親と共に朝食を摂り、家を出て学校に向かう。
 いつもならとても憂鬱なこの時間がとても楽しく思えるのが不思議だった。

「真奈美~おはよう!どうしたの?なんだか今日はとてもうきうき顔ね。いいことでもあった?」

 真紀も真奈美の変化を不思議に思っている。真奈美自身もそうだ。

「なんだかわからないんだけど、今朝はすごく気分がいいの。自分でも不思議」

「ふーん?ああ!もしかして誰か好きな人でも出来たんじゃないの?そういう顔してる」

(好きな人?そんなの出来るわけがない。男子の心が読めてしまう私に恋心なんて芽生えようがないもの)

 でもそれもどうでもいい気がしていた。

「そういうことじゃないんだけど、ただ気分がいいだけ」


 授業中。
 相変わらずクラスメイトたちの心の声が聞こえるが、それは風の音や鳥の声と同じで特に意味を持たない音に聞こえた。

(人の心の声が聞こえることを、それほど忌み嫌う必要ってなかったんじゃないかしら?そうこれはきっと・・神様が私にだけ与えてくれたギフトなのかもしれないもの)

 しかし一体どうして突然このような心境の変化が生まれたのかが、真奈美には不思議でならなかった。
 なんとなく、教室を見回してみた。
 いつもと変わらないクラス。そして見慣れたクラスメイトたち。

(きっと私は成長したんだわ。少し大人になったのかもしれない)

 そう自分を納得させることにした。
 しかし、かすかな痛みをともなう胸の高鳴りの意味を真奈美は理解できずにいた。
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