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第一章
幕間: 和平交渉
しおりを挟むこれは和平が締結されエレノアが帝国に嫁いだ時から遡ること半年前。
アドラール帝国とハイランド王国の和平交渉一回目はものの八秒で終わった。
議場に入って早々、帝国皇太子である黒太子フリードリヒが挨拶もそこそこに開口一番発した言葉のせいだ。
「エレノアを嫁に寄越せ!」
「——エラは誰にもやらん!」
入り口で立ち止まったハイランド王国の外交王ランベルトはその捨て台詞で部屋を出てしまった。これで一回目終了。
両宰相とその側近たちは慌てる。和平交渉のはずなのに、席にすら着いてない。終戦の話も一言も出なかった。しかも唯一出たのが嫁取りの話。
側近たちが話を詰めに詰めまくって今日に臨んだのに、これはあんまりだ。落胆のため息が出る。
和平の話は実は早い段階で纏まっていた。だから締結も間もないと考えられていた。なのにいきなり初回決裂。
波乱の幕開けだった。
しかしこのままでは紛争は終わらない。この小競り合いは両国にとって一欠片の利益もない。早々の終戦が必要だ。それは両国の腹蔵ない共通の認識だ。
だから王と黒太子の争いとは別に話をまとめ、代表同士の合意まで整えた上で席を設けるも、その二人が必ず喧嘩をする。しかも理由は妹姫。
会談を追うごとに次第に罵り合いはエスカレートしていく。
「なぜエレノアを出さん!さっさと出せばこちらは手を引くと言っている!」
黒髪黒眼のフリードは、だん!とテーブルを叩き半身で凄み交渉相手を睨みつける。相当焦れている様子だ。
「お前のような下衆に誰が大事な妹を差し出すと?王であっても人としての尊厳は失ってないぞ!」
金髪のランベルトが睨み返し吐き捨てる。帝国の皇太子相手でも一歩も引かない。
「誰が下衆だと?!この変態王が!妹愛を履き違えるな!!」
「何だと!この脳筋が!エラの愛らしさもわからない卑小な存在が!!」
「あの剣才の素晴らしさこそエレノアの全てだ!それもわからないお前の方が低俗だ!!」
悪口雑言に罵り合いが止まらない。部屋の外まで怒声が響いていた。そもそも会話が噛み合っていないのだ。お互いの価値観が違っているためだろう。これでは側近たちも口の出しようがない。
ここで黒太子より正論が出る。
「大体一目も会わせないくせに良さがわかれとか頭がおかしいだろ!姿絵さえよこさずに!馬鹿か?馬鹿なのか?!」
「当然だ!エラの眩い美しさは下々に晒せるものではない!まさに天使!お前は戦場で会っているのにそれさえもわからないのか?!お前の目は穴か?何も入ってないのか?!」
そうだよねー。両側近たちは心の中で頷く。
とにかくこの王は妹可愛さのあまり、愛らしいエレノアを外に出さない、夜会や式典でさえも。出したとしても兜セットのフルプレート姿。それでは何もわからない、姫将軍の強さ以外何も。なのにこの多弁な王は良さをわかれという。もうこの無茶振りも傲慢この上ない。フリードは確かに戦場でエレノアに会ってはいるが、やはり兜にフルプレート姿。それで何を悟れというのか。どうせ相手が姫将軍の良さをわかったところで嫁に出さないくせに、と宰相と側近たちは心の中で独り言ちた。
しかしこの溺愛とは裏腹に、ランベルトはエレノアの前では口数が途端に少なくなる。本人曰くカッコいい兄像がそうなのだが、この寡黙さのおかげでエレノアには欠片もその溺愛が伝わっていないという残念さがあった。
一方的に妹の素晴らしさを語るランベルトであったが、フリードはその斜め上を行った。
「美しいとわかっているから寄越せと言っている!美醜なぞいらん!剣技の美しさこそ全てだ!」
おおっと、さすが黒太子!次元が違う!剣術バカ!そして素晴らしく言い切った!
側近たちは心の中でいっそ拍手を送った。これが愛情かはわからないが、これで話が纏まるならなんでもいい!
しかし王の罵りは止まらない。
「だから貴様は脳筋と言っている!剣技ではなくエラの良さを理解しろ!」
「ならばエレノアに会わせんか!!」
「誰が会わせるか!愚か者が!!」
睨み合う二人に両国の宰相が頭を抱え、側近たちは嘆息した。
エレノアの婚姻は両国にとって良いことであった。何より帝国の皇太子から内容はともあれ、これほどまでに望まれている。しかしその婚姻でここまで揉める。
もう他の和平条件など関係ない。草案で交渉役同士は合意済み。皇帝の稟議も通っている。だから揉めているのは和平の条件の一つとなっているこの婚姻だけ。姫将軍の取り合いだけでもう会談は十を超えた。
何かがおかしい。
熱くなる二人を除きその場の全員がそう思った。
平行線が続く十二回目。永遠に続くかと思われたこの不毛な罵り合いにようやく打開が見えた。
確かにエレノアは愛らしいのに剣の技も素晴らしい、お前なんぞカスだ!と宣った王に黒太子はキレた。この皇太子、黒剣の二つ名を持つ猛者に対してカス呼ばわりはあからさまな挑発だった。
黒太子が黒剣であることは極秘事項。戦場でも黒剣は兜を被り素顔を晒していなかったが、どこを探ったのかランベルトはかぎつけていた。
「‥‥そこまでいうなら、オレがエレノアに勝ったら嫁に寄越せ!」
「いいだろう!勝てるのならばな!お前なぞエラの剣のサビにでもなってしまえ!!」
側近たちの耳が象のように大きくなる。
なんですと?!姫将軍が負けたら和平条約成立?!
「その言葉忘れるなよ!絶対貴様を叩き潰す!首を洗って待っていろ!!」
その捨て台詞はちょっと違う。戦うのはこの場にいない、可哀想な姫将軍だし。
王を除く全員は心の中でツっこんだ。
この異常な状況を姫将軍だけが理解していなかった。
そこから話は一気に急展開する。
エレノア会いたさに毎週のように係争地域に殴り込んでくる黒剣ことフリードの相手を、何も知らない姫将軍が受け持っていた。
相手をできるのが姫将軍しかいない、という言い訳であったが、エレノアを出さないと怒り狂う黒剣が暴れて被害が大きくなるのは過去の経験からわかっていた。
だから姫将軍が自ら出るといえば誰も止めない。そして事情を知らない姫は、苦労をかけて申し訳ないという謝罪と生ぬるい諦めを帯びた視線で送り出される。
あの条件を出されてから黒剣の猛攻がすごい。
毎週どころか連日係争地帯に入り浸り暴れまくる。その力はどこから出てくるのか。
姫将軍を出せ!という無言の圧に底なしの執着を感じさせる。あれで本人が無自覚というのがさらに恐ろしい。
そして二人は戦場で剣を合わせる。
あれで本当に愛情なのか?!その剛剣の苛烈さに、事情を知る取り巻きの武将達から驚愕の声が上がる。
だがそれを悲鳴に勘違いした姫将軍は負けられない!と剣技を冴えさせ堪える。そしてそれに黒剣が狂喜する、という悪循環が続く。
見守る両軍が二人の撃ち合いの激しさに息を飲んだ。
日を追うごとに激しくなる黒剣の斬撃が襲いかかる。それでも姫将軍は必死に耐える。ただ彼女の天賦の剣才がそれをなんとか繋いでいた。
しかしそれが相手をさらに煽っていることを本人は知らない。
猛攻が連日続き疲れが見えた姫将軍の剣がついに飛ばされた時は、手に汗握って見ていた両軍の兵士たちから賞賛のため息が、王宮では側近達から安堵のため息が出た。
三日後、会談では勝ち誇った皇太子フリードリヒ、そして苦虫を噛み潰した顔のランベルト王が見えた。
持久戦は卑怯だ!という王の訴えは黒太子に黙殺された。
こうして十三回目の会談で、和平が成立した。
締結に際し婚姻に関しての分厚い附属書が追加されたことは言うまでもない。
和平交渉を始めて半年が経過していた。
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