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第二章
嫁がされたわけ
しおりを挟む朝食後、エレノアはフリードに連れられ王宮の執務室に向かった。頭からベールを被る。侍女は置いていくように言われたので、エレノア一人であった。皇太子相手に嫌だとも言えない。
執務室のソファに先にドカッと座りフリードはエレノアを見上げる。
「ベールを取れ。オレだけならその必要もないだろ。」
「ローランド様がいらっしゃいます。」
「ローランドに様はいらない。あれは置物と思え。」
目で座れと指示される。エレノアは逡巡した後、ベールを取らずに腰掛けた。
「ベールを取れと言った。」
「顔を晒したくありません。」
「はぁ?なぜ?」
なぜと聞くのか?女性に?不躾ではないか!しかし問われれば答えるしかない。
「普通ですので。」
「何が。」
「‥‥この顔が。ことさら晒すようなものではありません。」
フリードは絶句していた。しばらく目を剥いていたが、ふうと息を吐いて俯いた。
「ランベルト王はお前の容姿を何と言っていた?」
「特に何も。兄とは数えるほどしか言葉を交わしたことがありません。」
「はぁ?なんだと?!」
フリードはさらに呆れた声をあげる。
王なのだから当たり前だ。何を驚いているのだろうか?
「元々口数の少ない方です。」
「いや、オレの知る限りであれほど多弁な男は知らない。」
今度はエレノアが怪訝な顔をする。言っていることの訳がわからない。
「どなたかと勘違いなさっているのでは?」
「そんなことはない!‥‥だが、なんとなくわかった。本当に面倒くさい男だ。」
「どういうことでしょうか?」
「腹が立つから教えない。」
そういいフリードが目元を押さえている。やはり意味がわからなかった。
「お前は自分の顔をどう思っている?いや、なんとなくわかる。だが誰も教えてくれなかったのか?姉妹姫たちはどうだ?」
何を?凡庸だということを?そんなことを言うものは流石にいなかった。
「周りには侍女しかおりません。姉妹たちとは関わりはありませんでした。たまにご機嫌取りなら言われております。」
「多分そうではないんだがなぁ」
フリードは頭をかきながら何か言おうとするも言葉を詰まらせる。そして盛大にため息をついた。
「まぁいい。だが今はベールを取れ。話ができても顔が見えなければ会話ができない。そうだろう?」
正論を言われエレノアはおずおずとベールを取る。その顔をフリードは眩しげに見つめた。
ローランドから紅茶を出される。話は長くなるということなのだろうか。
「昨日の打ち合いは素晴らしかった。至高の瞬間だった。」
突然フリードに感嘆するように言われエレノアは驚いた。剣で褒められたのは師範代以外では初めてだった。
枝で打ち合っただけだったがエレノアにとっても至福の時間であった。同じ気持ちでいてくれたということが嬉しかった。
そう思ったエレノアであったがフリードの話は続く。その話にエレノアは心底驚いた。
「初めてお前の剣技に見えた時には感動した。神の御技だと、天才だと、天賦の才だと思った。奇跡だと心底思った。努力では到底辿り着けない領域を目にした。その領域にたどり着きたくて、お前と剣を交えたくて紛争地帯に通った。」
ほうと惚けたようにため息を漏らすフリードにエレノアは呆気に取られる。なんとなく昨日から感じていたのだが。
この男は根っからの!骨の髄からの剣術バカだ!!
そんな理由で紛争地域にやってきていたの?交渉を有利にするためじゃなく?なんて迷惑な奴だ!!
「だがそれでは一、二週に一回しか手合わせできない。だがお前はうちに嫁いで来た。これで毎日手合わせできる。共に鍛錬ができる。お前の剣技を目の前で思う存分堪能できる!なんて素晴らしい!!」
そう言い、腰を上げテーブルにだんと手をつき半身をずいと前に出してきた。フリードの目が爛々としている。エレノアはヒッと思わず身を引いた。
「やっぱり明日から‥‥いや今日の午後から鍛錬に参加しろ!目の前にいるのになぜ手合わせしない?!それでは嫁に取った意味がない!!昨日のように存分にその剣技をオレに振え!!」
そんな理由?そんな理由なの?!いっそ人質の方が信じられた!まさか剣の相手をさせるために嫁がせたとか?!ひどすぎる!!
「ほ、他にお相手はいないのですか?!」
「以前は父が相手をしてくれたのだが最近公務が忙しい。マルクスでは歯応えがない。あれの剣はそういう性質ではない。ローランドは飽きた。他は雑魚だ。絶っっ対お前がいい!オレの命だ!午後から出てこい!!」
フリードが人差し指を突き出してそう命じる。
父。皇太子の父とは。畏れ多くもアドラール皇帝陛下のことですか?!皇帝陛下までとは、アドラール皇家はどんだけなの?!
エレノアは唖然としつつも命じられば頷くしかない。というか気圧された。なんて気迫だ。
ローランドがごほんと咳払いをする。話の趣旨が逸れているようだ。
「脱線した。今日呼んだのは今後の予定の確認だ。」
我に返ったフリードは急に皇太子然の冷静さを取り戻し腰掛ける。ローランドから差し出された書面を受け取り広げた。同じものと思しき物をエレノアにも渡された。とっても分厚い。
パラパラと捲れば、毎月のスケジュールに細々とした行事が書き込まれている。一日のスケジュールがとんでもない。半分が武術訓練。残りは様々な教育の時間。
「これから忙しくなる。来週に告期、式は半年後だ。それまでにお前には帝国の知識や妃教育がある。詰め込みになるが、まあなんとかなるだろう。」
他に衣装の準備やら式典のリハーサル、来賓への謁見、婚礼後の国内訪問の話が延々と続く。
エレノアの背に脂汗が浮かぶ。帝国は側妃にもこれほどの要求をするのか。恐ろしい。ただ書面による婚礼をあげるだけだと思ったのだが。ふと訪問先にハイランド王国の名を見つけた。
「ハイランド王国にも寄っていただけるのですか?」
「お前の生国だ。当たり前だろう。」
「ありがとうございます!!!」
書面に目を落としていたフリードは歓喜の声に驚いて顔をあげる。そこには溢れんばかりの微笑みのエレノアがいた。その顔を見たフリードが思わずぼそりと呟く。
「愛らしいな。」
「はい?」
「——— なんでもない!!」
聞き取れなかったエレノアがきょとんと聞き返せば、フリードはすぐに顔を伏せてしまった。
エレノアは心の中で吐息を吐いた。
この王太子、面倒くさい。すぐ機嫌が悪くなる。結婚後もちゃんとやっていけるのだろうか。
フリードの背後に立つローランドを見やれば、表情を凍らせ微かに肩が震えている。どうしたのだろうか?
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