13 / 23
第三章
ずっとそばに
しおりを挟むレオーネにもらったドレスは足捌きが良く本当に走りやすい。走る前提に作られているようだ。左手で塀をついてひらりと難なく飛び越える。身軽な体のキレも毎日の訓練の賜物だ。
飛んでくる短剣を細身剣で弾く。木の影に隠れ追っ手の剣を叩き落とし斬り伏せる。ついでに後ろ蹴りを入れて吹き飛ばした。肉弾戦は久しぶりだったが勘は鈍っていなかった。
いける!あと二人、そう思い正面の敵を見やったところで。
背後に殺気を感じた。咄嗟に身を躱すが右手に何かが掠める。そして痺れるような痛み。右手の剣が落ちた。
毒だ!浅い傷だが焼けるようなその違和感でわかった。もう一人潜んでいたのか。だからここに自分を追い込んだ。なかなかに周到だ。
三人がエレノアを囲む。背後には壁。もう逃げられない。エレノアは右手の傷を庇う。
手足が痺れて寒気がした。それなのに汗が滝のように出てくる。これは良くない。視界が霞む。暗殺者たちは動かない。そのまま毒に倒れるのを待っているのか。
エレノアはたまらず膝をついた。体に力が入らない。舌が動かない。毒耐性を身につけていたがこれほどのものは初めてだった。
黒太子より自分が先に死んでしまうなんて。人の心配をしている場合ではなかった。
剣技をあれほど必死に身につけても命を落とすのは一瞬。そして死ぬ時も独りだったか。寂しさからあの男の笑顔を思い出せば、悲しくて恋しくてじわりと目に涙が浮かんだ。ああ、こんな時にこの気持ちに気がつくなんて。
霞む視界の中、正面の男が手の剣を振りかぶったのを気配で察した。エレノアは身を震わせた。
最期はあなたに一緒にいて欲しかった。
瞼が重くなったところで黒いものが目の前を過ったように思った。それが人の形で大きな剣だとわかったところでエレノアは意識を失った。
エレノアは重い瞼を開けた。黒い誰かに抱きしめられている。その誰かが必死に自分の名前を呼んでいる。目の焦点が合わないが、声でそれがフリードだとわかった。
「エレノア!大丈夫か?!」
「‥‥なぜ‥ここに?」
フリードは血の気のない顔でエレノアを覗きこみ、エレノアの額の汗を拭った。傍にはエルザ。エレノアの右手の治療をしていた。二の腕が縛られているのは毒が身体中に回らないようにだろう。
「軽い毒としびれ薬が含まれていたみたいです。重い毒と勘違いさせて心を折るつもりだったのでしょう。毒耐性がある相手に有効です。毒の種類がわかりましたので、ひとまず手元の血清で応急処置しました。医師が来たらきちんと治療させます。」
テキパキと毒の対処と傷の止血をするエルザの様子を、その背後に転がる暗殺者三人の体をぼんやり見やった。おそらく全員事切れている。フリードがやったのだろうか。面倒をかけさせてしまった。
「‥‥‥すごい。‥的確な治療ね。」
「エルザは毒と治療が専門だ。」
へぇ、そうなんだ。ふわふわとした思考でエルザを見れば、エルザはボッと赤面した。そしてふいと顔を背ける。
「いぃぃぃいい、いえぇ!こ、ここここのぐぐぐらい‥‥」
どもりがすごくて何を言っているのかわからない。目が霞んで顔がよくみえないが何があったのだろうか?その様子にフリードがため息を落とした。
「こいつは面倒臭いやつでね。話は後か。医師が来た。」
屋敷へはフリードがエレノアを運んだ。初動対応が良かったためそれほどひどくはならなかったらしいが、エレノアの体にはまだ痺れが残っていた。
「すまない。もう少し早く駆けつけられれば良かった。」
そう言いフリードは悲しそうな顔をした。
フリードは『視察』先の村についたが、魔物はいなかった。
村人もそんなもの見ていないという。情報が誤っていたのか?ニ晩待ってみたが魔物の様子は伺えなかった。
念のため一部の騎士を残しフリードは先に城へ帰還した。駿馬で駆ければかなり早くついた。
逸る気持ちを抑え、帰還のその足でエレノアが居るという温室に向かえば目の前をドレス姿のエレノアが駆け抜ける。そして白昼堂々とそれを追う覆面の一団。
フリードも跡を追ったが一瞬見失った。物音を追って塀を駆け登ればそこに傷を負い跪くエレノアがいた。
塀より宙を舞ったフリードは瞬く間に三人の首を刎ねていた。
「予定より早く帰られたのですね。」
「ああ、あちらは無駄足だったがこちらに間に合って良かった。」
フリードはベッドに横になるエレノアの額を撫でる。エレノアはその心地よさに目を閉じた。剣だこのあるごつごつした手が大きくて暖かい。
安堵からか意識が混沌とする。意識が闇に落ちようとする中で死を覚悟した時の想いが溢れ出した。
それは普段であれば言ってはならない言葉。その時だから言えた言葉。
あなたにあいたかった。
もうはなれないで。ずっとそばにいて。
エレノアの囁きを聞いてフリードは目を細める。規則正しい寝息が聞こえてきた。そうしてフリードはエレノアの手を握りしめて自分の額に祈るように当てた。
それからしばらくエレノアはベッドで過ごした。体からはもう痺れは取れているのだが、フリードはベッドから出さなかった。
「手に傷がある。」
「かすり傷です。」
「利き手だろう?もっと大切にしろ。」
表情が険しい。何かを話に来た様子だ。言いにくそうだったからこちらから水を向けてみた。
「何かお話がありますか?」
フリードは疲れたように嘆息する。膝の上で組んだ自分の手をじっと見下ろしていた。
「今回の件、完全にこちらの不手際だった。すまなかった。」
「謝罪はたくさんいただきました。フリード様のせいではありません。」
「いや、お前の知らない事情がある。‥‥嫌な話だが聞くか?」
エレノアが頷けばフリードが語り出した。
エレノアが暗殺者に狙われている。
諜報からその第一報が入りアドラール家内ではその対策を立てた。王宮よりも警備がし易く手厚い屋敷になるべくエレノアを滞在させる。常に誰かがエレノアの側についている。間者を放ち暗殺の出どころを探る。そうしてエレノアを守っていた。
暗殺者の襲撃を二回止めた。そして首謀者をあぶり出し身柄を押さえた。
「首謀者は帝国内の貴族。和平が気に入らなかったらしい。どこにでも戦い続けたい輩はいる。そいつはあの紛争で儲けていた輩だった。」
これで解決した。アドラール家は油断していた。暗殺集団はもう一組いた。
フリードが城を出たタイミングを狙われた。さらにたまたま攻撃力の弱いエルザが側にいる時を狙われたのが間が悪かった。その後の治療を考えればエルザは適任ではあったのだが。
フリードは暗殺者を三人切り捨てた。エレノアが斬り伏せた一人も事切れていた。エルザが短剣に塗った痺れ薬で抑えた者も自害した。リースが拘束した二人は生きていたが、その後服毒が確認された。
実行犯が全員死亡。見たことがない装備。帝国内のものではない。首謀者がわからない。
「だがお前の侍女が言っていた。あれを見たことがある、と。」
ぞくりとした。リースが見たことがある。それは‥‥
「ハイランド王国のものだろう。おそらく第二王女。お前が帝国皇太子の正妃になるのが許せないと言い回っていたらしい。お前を消せば自分が成り代われると思ったようだが、愚かしいことだ。」
フリードが冷たく言い放つ。その目は鋭く光っていた。
「どうやら和平条約の内容までは知らなかったようだ。和平の条件にはお前と帝国皇太子との婚姻が明記されている。そのお前を害することは和平条約を害するのに等しい。国同士の約束事を反故しようとする行為は大罪だ。」
フリードはそこで言葉を切った。部屋に沈黙が訪れる。
「ハイランド王国にはこの旨を伝え厳重に抗議した。どうやら第二王女は王族から外され修道院に行くようだ。」
エレノアはその話を静かに聞いていた。身を賭して守っていた王国と王族。その一人、第二王女に命を狙われた。それほどの恨みを買っていたのか。体を張って必死に守っていたかつての自分が滑稽に思えた。
「すまない。嫌な話だったな。でも知らせておかなければならないと思った。」
「いえ、むしろすっきりしました。気になってはいたので。」
ハイランドが自分をどのように思っていたのか。おそらくエレノア個人が母国に関わることはもうないだろう。
41
あなたにおすすめの小説
初夜に夫から「お前を愛するつもりはない」と言われたわたくしは……。
お好み焼き
恋愛
夫は初夜にわたくしではなく可愛い少年を侍らしていましたが、結果的に初夜は後になってしました。人生なんとかなるものですね。
勝手にしろと言ったのに、流刑地で愛人と子供たちと幸せスローライフを送ることに、なにか問題が?
赤羽夕夜
恋愛
アエノール・リンダークネッシュは新婚一日目にして、夫のエリオット・リンダークネッシュにより、リンダークネッシュ家の領地であり、滞在人の流刑地である孤島に送られることになる。
その理由が、平民の愛人であるエディットと真実の愛に満ちた生活を送る為。アエノールは二人の体裁を守る為に嫁に迎えられた駒に過ぎなかった。
――それから10年後。アエノールのことも忘れ、愛人との幸せな日々を過ごしていたエリオットの元に、アエノールによる離婚状と慰謝料の請求の紙が送られてくる。
王室と裁判所が正式に受理したことを示す紋章。事態を把握するために、アエノールが暮らしている流刑地に向かうと。
絶海孤島だった流刑地は、ひとつの島として栄えていた。10年以上前は、たしかになにもない島だったはずなのに、いつの間にか一つの町を形成していて領主屋敷と呼ばれる建物も建てられていた。
エリオットが尋ねると、その庭園部分では、十年前、追い出したはずのアエノールと、愛する人と一緒になる為に婚約者を晒し者にして国王の怒りを買って流刑地に送られた悪役王子――エドが幼い子を抱いて幸せに笑い合う姿が――。
※気が向いたら物語の補填となるような短めなお話を追加していこうかなと思うので、気長にお待ちいただければ幸いです。
残念なことに我が家の女性陣は、男の趣味が大層悪いようなのです
石河 翠
恋愛
男の趣味が悪いことで有名な家に生まれたアデル。祖母も母も例に漏れず、一般的に屑と呼ばれる男性と結婚している。お陰でアデルは、自分も同じように屑と結婚してしまうのではないかと心配していた。
アデルの婚約者は、第三王子のトーマス。少し頼りないところはあるものの、優しくて可愛らしい婚約者にアデルはいつも癒やされている。だが、年回りの近い隣国の王女が近くにいることで、婚約を解消すべきなのではないかと考え始め……。
ヒーローのことが可愛くて仕方がないヒロインと、ヒロインのことが大好きな重すぎる年下ヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:266115)をお借りしております。
エメラインの結婚紋
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――
第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】
日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。
◆◆お別れなので「王位継承セット」をプレゼントしたら、妹カップルが玉座を手に入れました。きっと喜んでくれてますよね◆◆
ささい
恋愛
ん?おでかけ楽しみ? そうだね。うちの国は楽しいと思うよ。
君が練ってた棒はないけど。
魔術に棒は要らない。素手で十分? はは、さすがだね。
なのに棒を量産したいの? 棒を作るのは楽しいんだ。
そっか、いいよ。たくさん作って。飾ってもいいね。君の魔力は綺麗だし。
騎士団に渡して使わせるのも楽しそうだね。
使い方教えてくれるの? 向上心がある人が好き?
うん、僕もがんばらないとね。
そういえば、王冠に『民の声ラジオ24h』みたいな機能つけてたよね。
ラジオ。遠く離れた場所にいる人の声を届けてくれる箱だよ。
そう、あれはなんで?
民の声を聞く素敵な王様になってほしいから?
なるほど。素晴らしい機能だね。
僕? 僕には必要ないよ。心配してくれてありがとう。
君の祖国が素晴らしい国になるといいね。
※他サイトにも掲載しております。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる