信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ

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本編

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 とある邸宅の庭の、さらに隅っこにあるボロボロの小屋。必要最低限の設備しかない狭いその家が、俺の帰る場所だ。

「ただいま」

 誰も返事をするわけもないのに、空っぽの家に声をなげかける。しんと静まり返った我が家に、俺はため息を飲み込んだ。ミル、おかえり、という無邪気な声が恋しい。
 この家でともに暮らしていた、俺の養い子のような存在であるレオン様は、冒険の旅に出てしまったから。

 俺は貴族の邸宅で働く、しがない使用人だ。レオン様は、俺の主人である。もっと正確に言えば、彼はこのお屋敷の持ち主である、貴族の息子だ。

 レオン様は魔王と同じ赤い瞳で生まれ、さらに悪いことに、魔王と同じ強大な黒魔力を持って生まれた。
 だから生みの親である両親(俺の雇い主でもある)は、彼を疎んでいる。それこそ、俺みたいな下っ端も下っ端の人間に預けて、厄介払いをした気になるくらいには。

「お前のような忌まわしい子ども、ここに置いてやっているだけありがたいと思え」
「ああ、けがらわしい。こんなのが私の腹に宿っていただなんて」

 小さなレオン様は罵られながら、最低限の食事だけ与えられて、なんとか生きながらえているだけだった。屋敷の片隅でガツガツと残飯を漁る、不潔なぼろ布をまとっただけの彼。
 それを見て俺は、彼を絶対に連れ出そうと決意したのだ。

 なんとか方々に手を回して、レオン様の世話係になった。その上であれこれ口を出して、その結果、疎まれた。結果的に、俺は「左遷」という形で、ボロボロの離れへと飛ばされて。
 そうして隔離という名目で、二人きりの家を手に入れた。敷地のはずれにあるこの小屋で、何年もともに暮らしていたのだ。

 かわいいレオン様。彼と暮らし始めた当時は俺も若くて(というか、幼くて)、いろいろと不便をかけた。だけど立派に育ってくれたんだ。心優しくて、いつまでも俺を好きと慕ってくれて、家に花を飾るのも欠かさないまめな人。

「俺は、ミルのことが大好きだよ」
「愛してる。誰よりも大切に思ってる」

 愛情深くて、いつだって俺なんかにこんなことを言ってくれる。優しく育ってくれて嬉しい。
 顔立ちは端正で、背も高い。俺の代わりにと力仕事も買って出てくれるから、筋肉質な身体つきになった。きっと、外に出れば、たくさんの人に好意を寄せられてしまうのだろう。

 その上レオン様は、天才なんだ。俺の拙い教育だけで、魔力をコントロールできるようになった。普通学校でみっちり習わなければできないことを、彼は難なくやり遂げた。
 だから旦那様に必死に懇願して、レオン様にちゃんとした教師をつけてもらって。それ以降、真っ当な教育を受けてメキメキと力を伸ばした彼は、俺の誇りだ。

 それこそ、魔王復活の知らせを受けて、討伐のために呼ばれるくらいには、素晴らしい青年になったんだから。

「さみしいなぁ」

 彼がこの屋敷を去って、三か月。今は魔王城攻略の際中だろうか。それとも、道中苦戦しているのだろうか。
 俺みたいな下っ端の人間には、そんな情報すらも入ってこない。ただ無事を祈るしかできない自分が、歯がゆかった。
 今頃、ちゃんと食べられているだろうか。夜は眠れているだろうか。でも、レオン様はきっと大丈夫だ。彼は、とても強い子だから。
 だけど俺は、さみしい。

 まあ、そんなことを考えていても仕方ない。俺はため息を深々と吐いた。コートを脱いで、ハンガーへかける。

「こんなときでも、腹は減るんだよな」

 今日の夕飯の献立を考えつつ、腕まくりをしたときだ。
 玄関の扉が、二回ノックされる。誰か、新しい用事を頼みにきたのだろうか。

「はぁい。何か御用で?」

 たてつけの悪い扉を開けると、「ミル」と名前を呼ばれた。逆光になった背の高い影に驚いて見上げる。
 それは、レオン様だった。赤い瞳が、爛々と輝いている。

 ほつれなんて一つもない、上等な生地がたっぷり使われた、黒い豪奢な衣装。生白かった肌は少し日に焼けている。血色のいい頬は陶器のようになめらかで、手入れされていなかった黒髪は丁寧にくしけずられてサラサラ。俺を見つめる瞳は、少し潤んでいて、視線が熱い。

 こんなに早く帰ってくるはずがない。だけど彼は間違いなく、レオン様だ。育ての親である、俺が間違えるはずがない。
 だけど、まるで間違えるほどに、かっこよくなっていた。驚いて、声も出ない。

「ミル、ただいま」

 レオン様は俺を抱きしめて、頬ずりをする。目を白黒させる俺に構わず、「会いたかった」と彼は低く掠れた声で言った。俺は目を白黒させながら、なんとかその広い背中を抱きしめ返す。

「え、えっと……」

 もう帰ってきたのか、とか。魔王討伐はどうしたのか、とか。いろいろ聞きたいことはあるのに、声にならない。そうこうしている間に、レオン様は俺の前で片膝をついた。

「レオン様!?」

 俺が驚いて裏返った声で叫ぶと、彼は真剣な瞳で俺を見上げる。ミル、と呼ぶその声の熱っぽさに、ぞくりと項の毛が逆立った。

「俺、魔王を倒したんだ」

 えっ、と俺は間抜けな声を上げた。まだ三か月しか経っていないのに、もう終わったのか。やっぱり、レオン様はすごい。俺は、自分も膝をついて彼へ視線を合わせた。彼はなおも、得意げに続ける。

「俺が魔王にとどめを刺した。だから、褒美もたくさんもらったんだ。もう、ミルに苦労なんかさせない」
「それは」

 あなたはすごい、素晴らしい、よくがんばった。そんな誉め言葉と一緒に抱きしめようとした瞬間、彼がぴたりと俺を見据える。

「だから、結婚してください」
「え?」

 この上なく気の抜けた声を上げて、俺は尻もちをついた。どすん、という音が間抜けに響く。
 突然、思いもよらないことを言われて、思考が止まった。レオン様は俺へ覆いかぶさるように身を乗り出して、「ミル」と俺を甘い声で呼んだ。

「勇者になったんだ。王様に『望めばなんでも手に入れられる』って言われて、真っ先にミルが欲しいって思った」
「えっ、ちょっと待って」
「俺がどんな気持ちで、十年間、ミルの隣にいたか分かってる?」

 レオン様は俺の手を取って、壊れやすい砂糖細工を扱うように握った。大切なものにするように指の腹で俺の手の甲を撫でて、思わず言葉に詰まる。俺はうろうろと視線をさ迷わせて、なんとか言葉を探した。

「いきなり、そんなこと、言われても……」

 しどろもどろになる俺に構わず、レオン様は「いきなりじゃない」と顔を近づけた。

「すごく頑張ってアプローチしていたのに、ミルはちっとも気づいてくれなかった。花を贈って、ずっと好きだって伝えていたのに、全然気づきもしないで」

 恨みがましい響きを帯びた言葉に、俺は居心地が悪くなってうなる。てっきり、食卓を飾るための気遣いだと思っていた。まさか、彼なりの求愛だったとは。
 レオン様はその赤い瞳で、じっとりと俺を見据えた。まるで蛇に睨まれたカエルみたいに、身動きが取れなくなる。

「だから、魔王の首を取ったら、プロポーズしようと思っていた」
「……なんで?」

 俺はぽかんと口を開ける。ちょっと、前後の脈絡が見えない。俺が首を傾げると、「だって」と、ミルは拗ねたように唇を尖らせる。

「魔王の首をとった勇者の求婚だよ。誰が断れるの?」
「え、ええ……」

 俺の意志は一体。魔王の首をとった人物であっても、そんな強制力はないだろうに。
 戸惑うけれど、それ以上に、どこか胸が温かくなる。かわいいことを言うものだ。
 そして、それだけじゃない。俺の心臓は、どくんと大きな音を立てた。
 現実味がどんどん薄れて、どこか落ち着かない。日が落ちる時間帯なのに、いつもよりも、世界が明るく見える。レオン様が帰ってきたからだろうか。

「ねえ、ミル。俺、こんなに大きくなったんだ。もう、きみに守られるだけの子どもじゃない」

 懇々と説得するように、レオン様は俺の瞳を覗き見る。その瞳は涙で濡れて、逆光になった夕日に輝いていた。頼りなさげに声を揺らして、頬を赤らめて。
 俺は、どこかいたいけなその表情に、めっぽう弱かった。だけど、なんとか首を横に振ろうとする。

「れ、れおん、様」

 それも彼の大きな掌で頬を包まれて阻まれる。レオン様は、じっと俺の瞳を見つめていた。
 どうしようもなくなって、俺は途方に暮れる。ぼんやりとレオン様の瞳を見つめていると、「ねえ」と、彼は密やかな声で言った。

「俺の、どこがいけないの? 結婚できない理由がある?」
「だ、だって俺は、使用人で……」
「勇者になったんだよ、俺。文句を言う奴らは全員、俺が黙らせる」
「で、でも、年が離れすぎじゃないかな……」
「俺がガキすぎて、無理?」

 低く艶めいた声で、レオン様が言う。ぞく、と腰骨のあたりが疼くような、しめった声色だった。俺はなんとか頷いたけれど、そんなのは嘘だ。
 本当は、めちゃくちゃ、男として意識してしまっているのだから。

「だ、だめです」

 だけど俺は大人で、彼の育ての親を自負している。いくらレオン様がかわいいから、……かっこいいからって、簡単に流されるわけにはいかない。
 精一杯の反抗として目を逸らすと、レオン様は「ミル」と、甘くて低い声を耳元へ流し込む。

「どうして? ミルはあんまり嫌そうに見えないけど」

 図星だ。だけど、応えるわけにはいかない。ぎゅっと目を瞑ると、頬に乾いたやわらかい感触があった。その熱さに、唇だとすぐに分かる。

「嫌なら、俺のこと男として見られないなら、ちゃんと拒絶してよ。そういうふうに、中途半端に期待を持たせられると、かえってつらい」

 その言葉の切実さに、俺は思わず目を開けた。レオン様は唇を笑みの形に歪めているけれど、今にも泣き出しそうに視線が揺れている。

「レオン様」

 俺は、思わず彼を抱きしめた。こんな目をした彼を、俺は放っておけない。
 一瞬の戸惑いの後、力強い腕で抱きしめ返される。俺も腕を懸命に背中へ回して、何度も撫でさすった。彼の身体は最後に会ったときよりも肉が削げ落ちて、その分硬く引き締まっていた。

「ミル。ねえ、俺じゃダメ?」

 レオン様は俺に頬ずりをして、甘えた声で俺に尋ねる。俺は口ごもりつつも、彼を突き放すことはできなかった。ぴったりと合わさった胸板の向こうで、ハウリングするようにお互いの心臓が鳴る。

「きみと俺の身分差とか、年齢差とか。そんなつまんないことを言う連中は、俺が全員黙らせるよ」

 不遜な物言いに俺が思わず笑うと、笑うなと言わんばかりに頬が首筋へ擦り付けられる。咎めるように肩を大きな手で叩かれて、俺はそれを撫でた。俺より一回りも二回りも大きな身体に抱きしめられると、安心してしまう。これまでは、俺が安心させる側だったのに。
 いつの間に、こんなに逞しく、強くなったんだろう。俺は目を閉じて、掠れた声で彼を呼んだ。

「……俺は、あなたの、育ての親みたいなものですよ」
「うん。分かってる」
「あなたよりずっと年上で、身分差はもっとあります」
「だから、俺が全部黙らせる」

 強張った声で言う彼に、俺はちいさく笑った。
 ものすごく傲慢で、強情で、いじらしい。思わず「かわいい」と、ため息のように言葉が漏れた。

「かわいい、って」

 レオン様が戸惑ったように呟く。俺の背中をさすりながら、「ミル」と少し怒ったような声で言った。

「俺をあんまり、子ども扱いしないでほしい」
「はい。分かっています」

 俺は観念して、彼の逞しい胸板に身体を預けた。鎖骨の辺りに目元を押し付けて、鼻を啜る。

「……あんなに、ちいさかったのに。大きくなったね」

 大きな身体が、どこか怯えたように強張る。


「やっぱり俺、ミルにとっては、まだまだガキかな」

 何を言っているのか。緊張を解きほぐすように、俺は彼の背中を叩く。

「……だから、がんばって。俺があなたを、男だって意識するくらい、アピールしてみてください」

 途端に、腕の中の身体が熱くなる。彼の呼吸が少し荒くなって、心臓がせわしなく脈打っていた。俺もつられて頭がぼうっとしてきて、彼の身体へとすがりつく。

「どきどきしてる」

 俺が何気なく呟くと、レオン様は「うん」と湿った声で頷いた。そして俺の首筋に顔を埋めて、ゆっくりゆっくり身体の力を抜く。

「絶対、振り向かせてみせるから」

 その低く艶めいた声に、俺の身体からも力が抜けていった。レオン様は俺をだきすくめて支えながら、くつくつと喉を鳴らす。

「もしかして、もう意識してくれてる?」

 どうなんだろうか。俺が首を傾げると、レオン様は慈しむようなキスを俺の頬へ落とした。

「ミルも、すごく、どきどきしてる」

 その言葉で無性に恥ずかしくなって、俺はそっぽを向いた。レオン様は俺を離して、ゆっくり立ち上がる。まだへたりこんだままの俺へ、手を差し伸べる。

「いつもだったら、ご飯の準備を始める時間だろ。手伝うよ」

 観念して、俺はその手を取った。力強い腕に引かれるままに立ち上がって、仕方ないなと台所へ彼と手を繋いで向かう。
 実のところ、俺はもう彼を意識しているのだろう。目の前のレオン様と、旅立つ前の彼は違う。俺が彼を見る目も、変わってしまった。
 手を繋いでいるだけで、俺の鼓動は嫌というほどうるさくなる。育ての親なのに、どうしてしまったんだろう。こんなの、保護者失格にもほどがある。
 だけどレオン様が俺を見る目が、あまりにも優しくて。流されてしまっても、いいんじゃないかって、思ってしまう。

「俺は絶対、ミルを振り向かせてみせるからね」

 意思表示のように、玉ねぎを剝きながら、凛々しい顔でレオン様が言う。目が痛いのか、少し白目が赤くなって潤んでいた。
 そういうところが愛しくて、俺は笑う。

「やってみせてくださいよ」

 煽りつつ、俺は肩をすくめた。レオン様は玉ねぎをまな板に置いて、俺の方へと身体を屈める。頬にキスをされた俺はと言えば、声にならない悲鳴を上げて、真っ赤になることしかできない。

「いつもしてたのに」

 不満げに、だけど幸せそうにレオン様が笑う。俺は頬が熱くて、隠すように掌を当てた。
 俺がレオン様の思いに応えてしまう日は、案外近いのかもしれない。

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