怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

文字の大きさ
1 / 147

01)蠱毒(こどく)の村

しおりを挟む
その村は、地図にも載っていなかった。
 山深い奥地にひっそりと佇むその集落は、まるで何かに隠されるように存在していた。

 私がその村のことを知ったのは、地元の老人から聞いた話がきっかけだった。
 彼は酒に酔うと、決まってこう言う。

「昔な、あの山の奥に『蠱毒の村』ってのがあったんだよ」

 蠱毒(こどく)——私はその言葉を聞いて背筋が冷えた。
 それは、古くから伝わる呪術の一つ。
 何種類もの毒虫を一つの壺に閉じ込め、共食いをさせ、最後に生き残った最強の一匹を使って呪いをかけるという、恐ろしい秘術である。

「本当にそんな村があったんですか?」
「おうよ。もう何十年も前の話だけどな……俺の叔父さんが、あそこで失踪したんだ」

 老人はそう言って寂しげに杯を傾けた。
 彼の話を聞くうちに、私は妙な好奇心に駆られ、その村を訪ねてみることにした。
 私は昔からこういう曰くつきの場所に興味があったのだ。

****************************

 山道を進むこと三時間、地元の人間ですら「行ってはいけない」と言う場所に、私は辿り着いた。
 鬱蒼とした森の奥に、朽ち果てた鳥居が立っている。

「……ここか」

 村の入り口らしき場所には、無数の注連縄(しめなわ)がかかっていた。
 本来、注連縄は神聖な場所を守る結界のようなものだが、ここに張られているものは異様だった。
 縄には動物の骨や、人の髪のようなものが絡みついていたのだ。

 鳥居をくぐると、視界が一気に開けた。そこには、信じられない光景が広がっていた。

 家々は朽ち果て、地面には黒ずんだ染みが広がっている。
 村の中心には、巨大な壺のようなものが置かれていた。
 それは石で作られており、ところどころに赤黒い汚れがこびりついている。

「……まさか」

 近づいて壺の中を覗いた瞬間、私は息を飲んだ。

 中には無数の虫がうごめいていた。それも、普通の虫ではない。
 あり得ないほど巨大なムカデ、蛇のように蠢く蛆(うじ)、奇妙な形のカブトムシのようなもの……
 それらが、まるで何かを待っているかのように、壺の中で蠢いているのだ。

 その時、ふと背後に気配を感じた。

「……誰かいるのか?」

 振り返ると、村の奥にある古びた家の影から、誰かがこちらを見ている。

 私は慎重に近づいた。近づくにつれ、それが人間であることが分かった。だが、その姿は異様だった。

 異様に痩せ細り、肌は土気色。目だけが爛々と光っている。
 髪はボサボサで、爪は異様に長い。まるで、何年もこの村で生き続けている亡者のようだった。

「お前……まだ、生きてるのか……?」

 彼は、私をじっと見つめると、かすれた声で呟いた。

「……帰れ」

「え?」

「お前は……ここにいてはいけない……」

 彼の言葉が終わると同時に、風が吹き抜け、村全体がかすかに軋むような音を立てた。
 その瞬間、壺の中の虫たちが一斉に騒ぎ出した。

 私は、本能的に危険を感じた。

「……!」

 足を止めず、全力で駆けた。背後から何かが迫ってくる気配がした。
 あの異形の男が追ってきているのか、それとも——

 村の入り口にある鳥居をくぐると、全ての音がぴたりと消えた。

 振り返ると、そこには何もなかった。村は闇に溶け込むように消えていた。

****************************

 私は、山を降りるとすぐに地元の老人を訪ねた。

「あの村……まだ、あったぞ」

 そう言うと、老人は目を見開いた。

「まさか……お前、本当に行ったのか……?」

「ああ。壺もあった。中には……あんなものが」

 私の言葉に、老人は肩を震わせた。そして、声を潜めて言った。

「……あの村の住人は、みんな“蠱毒”になったんだ」

「……どういうことだ?」

「あの村では、昔から“蠱毒”の儀式をやっていたんだよ。
 だがな、いつの頃からか、奴らは虫じゃなくて——“人間”を壺に閉じ込めるようになったんだ」

 私は、寒気を覚えた。

「最後に生き残った者が……“最強”になるってな。だが、それを繰り返すうちに、村全体が歪んじまったんだよ」

 老人は震える手で酒をあおった。

「お前が見たあの男……そいつは、最後の生き残りだったんじゃないか?」

「……」

 私は何も言えなかった。ただ、あの村で感じた異様な空気と、男の爛々とした目だけが、脳裏に焼き付いていた。

 それから数日後、私は気になってもう一度、村へ行ってみた。

 しかし——

 そこには、何もなかった。

 鳥居も、村の跡も、何もかもが消えていた。

 まるで、最初からそんなものは存在しなかったかのように——
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

少し怖いホラー短編集(文字数500以下)

仙 岳美
ホラー
文字数500以下のショート集です、難しく無いので気楽にどうぞ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...