わんこな旦那様の胃袋を掴んだら、溺愛が止まらなくなりました。

楠ノ木雫

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◇8 リーファは?

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「おはようございます、奥様」


 そんな声で、目が覚めた。

 もぞもぞと布団から上半身を出し、のび~っと身体を伸ばした。


「おはよぉリーファ~」

「違いますよ、アドラでございます」


 あくびをしつつの挨拶に、ん? と疑問を抱いた。あれ、リーファは? 私の世話係だよね? アドラも世話係になってくれたけれど。


「……リーファは? 朝の支度はリーファの担当よね?」

「リーファはただ今手が離せないようでしたので、代わりにわたくしが朝のご準備をさせていただく事になりました」


 手が離せない? ここに来て初日なのに? 何か手間取ってるのかな?

 そんな疑問を抱きつつも、アドラに手伝ってもらいつつ朝の支度を済ませた。今日は、この邸宅の案内をしてくれるらしい。あとは、ゆっくり過ごすように旦那様に仰せつかっているようだ。きっとお疲れのことだろうから、と言われたらしい。何ともお気遣いの出来る素晴らしい旦那様だ。

 じゃあ旦那様は? と聞いてみると、今日もお仕事で戻れないとのことだった。新郎なのにお仕事? とも思ったけれど、緊急招集とのことだったので、それは仕方ないか。

 おにぎりの件とかお話したいところではあったけれど、それなら仕方ない。そう思いつつも、地獄の食堂に向かった。

 今日もあのパサパサで味気のない料理かぁ……あぁ、この屋敷のキッチンの場所を早く把握したい。そして、いつか掌握できれば……と思いつつも、出てきた料理にありつけたその時だった。


「……ねぇ、リーファは?」

「恐れながらリーファ殿は、今手が離せず……」

「じゃあ私が行く。どこにいるの」

「あ、いえ、それは……」

「どうして来れないか、当ててもいいかしら」


 使用人が気まずそうな表情を浮かべている。けれど、これは早く解決しないといけない事案だ。

 近くにいたアドラが使用人に向かって頷き、そのまま「少々お待ちください」と食堂を出ていった。そして、数分後に……


「お待たせいたしました、奥様」

「朝から大変だったみたいね、リーファ。いや、昨日からかしら?」


 苦笑いのリーファ。一体何があったのかは、その姿を見ただけで分かる。


「……流石でございます、奥様」

「私がリーファの料理を間違うわけないでしょ」


 一口食べただけで、いや、見ただけで分かるわ。私を誰だと思ってるのよ。

 ……それで、リーファの後ろに立つ大勢の料理人達は何かしら。と思っていたら……一列に横に並び、土下座をし出した。

 いや、ちょっと待って。


「誠に申し訳ございませんでした!!」

「「「申し訳ございませんでしたっ!!」」」


 ……は? いや、何で土下座?

 一体何に対して謝ってるの?


「旦那様から、奥様に苦労をさせないようにと仰せつかり、奥様の故郷である暁明シァミン王国の料理を再現出来るよう手を尽くしたのですが……ご用意出来ず面目次第もございません!!」

「ま、待って、まずは顔を上げて!」

「奥様……!」


 いや、泣かないで。お願いだから。収拾付かなくなるから。


「……それで、旦那様から私の食べる料理に気を遣うようにと言われたのね?」

「は、はい……」

「はぁ……」


 おにぎりの効果は絶大だった……いや、違うか。

 というか、苦労をさせないようにだなんて……いや、スパダリにしては出来すぎだ。何その旦那様は。理想の旦那様過ぎる。


「まずは、昨日の夕食をちゃんと食べられなかった事を謝るわ。せっかく用意してくれたのに、ごめんなさいね」

「滅相もございませんっ!! 我々がご満足いただける料理をご用意出来なかったことが原因です!」


 いや、そこまで勢いよく謝られるとこっちが困るから。


「はぁ、まずは落ち着いて。それで、暁明シァミン人のリーファに料理の事について聞いて、リーファに作ってもらったと。それで合ってる?」

「おっしゃるとおりでございます……」

「奥様、料理長殿達は、私にどういったものを食べていらしていたのか聞いてきたのです。決してお料理を作るよう強要してきたわけではなく、私が自ら言い出したのです!」

「えぇ、貴方の事はよく知ってるからそれは分かってる。じゃあ、あなたたちは母国で販売されていた料理本を見て作ったわけね」

「はい……ですが、こちらとは作り方が別ですので、中々理解が出来ず……」


 暁明シァミンでは、その料理本が販売されている。それは、私が書いたものだ。暁明シァミンの料理は壊滅的だったから、ちゃんとした料理を食べるよう言ってそれを配ったのだ。

 そしたら、だいぶ仲良くしてくれていたとある国の方が来訪してきた時、それが欲しいと言い出したのがきっかけでそれを販売する事となったのだ。けれど、まさかそれをこちらの料理長達が購入し再現するよう頑張っていたとは……驚きである。


「はい、分かった。じゃあ、食事が終わったら私をキッチンに連れてってちょうだい」

「えっ……」


 その言葉に、周りは驚愕、ため息を吐く人が一人。まぁ、分かってはいたけれど。

 けれど、このままにしておくわけにはいかない。土下座までしてくる始末なんだから。それに……自分も、料理がしたくてしたくてうずうずしていたところでもある。


 昨日から準備して作ってくれたリーファの料理をありがたく平らげ、アドラにお願いをした。私に使用人の制服を貸してほしいと。せっかく用意してくれた綺麗なお洋服を油まみれにしたくないし。ちょうど私はリーファと同じ背丈だから、同じサイズのものを。そして、エプロンも。


「このお屋敷の制服、可愛いのね」

「奥様、この制服で過ごしたいだなんて言い出さないでくださいね」

「言わない言わない」


 そんな話をしつつも、キッチンに案内してもらった。

 この邸宅のキッチンは、とても広い。母国の本宮くらいあるかな?


「奥様!? お入りになられては危ないですよ!」

「大丈夫よ、心配しないで。食材は?」

「こ、こちらに」


 周りはハラハラドキドキな様子ではあるけれど、これに慣れているリーファはいつも通り。というか、安心している様子だ。まぁ、私が勝手にここに突撃しなかったからか。

 このキッチンの隣に倉庫があるらしく、そこに食材を保管してるらしい。野菜や常温のものがいっぱいだ。

 うん、私が見たことのある食材がたくさんある。じゃあ、何を作ろうか。

 これと、これと、と隣にいる料理長に食材を渡す。慌てて料理長は受け取ってくれて、倉庫を出た。


「お肉は?」

「こ、こちらに」


 冷蔵庫には色々なものが入っていた。うん、これも私が知ってるものばかりだ。えぇーっと、鶏肉は……


「あ、あの、奥様……?」

「包丁とまな板、あとフライパン一つ貸して」

「奥様ぁ!?」

「奥様は私より慣れていらっしゃいますから心配ございません。ですが奥様、怪我だけはお気をつけください」

「はいはい」


 まぁ、それは当たり前の反応でしょうね。侍女のリーファより慣れてるって言ったんだから。でも、それは本当の事。リーファより私の方がキッチンにいる時間が明らかに長いんだから。

 ここは、洋食用の牛刀があるらしい。暁明シァミンだと中華包丁だったからなぁ。あれは本当に使いづらかった。だから輸入してもらったんだっけ。懐かしい。

 まずはこの塊肉をこれくらいの大きさに切って。と説明を入れつつも作業開始。

 切り目を入れて、あとは調味料を混ぜ合わせる。


「じゃあフライパンね」

「奥様、これで火の加減を調節するようです」

「へぇ~!」


 これコンロじゃない! うわ嬉しい! あるって聞いてたけど、この国にもあるなんて嬉しすぎる!

 暁明シァミンでは、昔の日本の台所みたいな火を起こすものだった。その後コンロを輸入してもらって使ってたけど、ここにもあってよかった。

 ハラハラドキドキ、そんな視線を周りは向けてくる。けど私はワクワクだ。美味しいお肉が食べられる~!


「はい、お肉ちょうだい」

「こちらに」


 油を入れて温めたフライパンにお肉を乗せると、じゅわぁ、っと音が立つ。あぁ! と周りが驚くけれど、そんな火傷なんてしないって。過保護すぎよ。


「はい、タレちょうだい」

「こちらに」

「おっ奥様! はねますから私が!」

「大丈夫大丈夫」


 ん~いい匂い! 隣に立つリーファもワクワクしている様子だ。早く食べたい!

 これでお肉は完成。あとは切った野菜を残ったタレで炒める。

 はいちょうだい、と野菜を乗せたバットを受け取りフライパンに投入。そして炒め始める。サッ、サッとリズムよくフライパンを揺するのを見て、おぉ! と声が聞こえるが、え、これしないの? と驚いてしまった。


「はい出来上がり。照り焼きチキンよ。包丁ちょうだい」

「は、はい!」


 お肉を一口台にカットし、そしてお皿に乗せた。ん~いい匂い!

 フォークちょうだい! と言うと、ささっと出してきた。もう準備済みだったみたい。


「ん~~! うっまぁ♡」


 いつもなら、リーファは「いただいてもよろしいでしょうか!」と来るけれど、周りの目と立場というものがあるせいかためらっている様子だ。


「リーファも食べる? 皆もどうぞ食べて」

「で、ですが……」


 リーファはもう手にフォークがスタンバイ。けれど他の使用人達はためらっているようだ。あ、私が食べているものを一緒に食べるのは、ということかな。

 けど……


「旦那様には秘密ね。みんなも食べていいよ。秘密に出来るなら」


 この国では、ご夫人に仕事はない。周りと交流し情報収集するくらいだそうだ。だから、当然料理なんてものもしない。それなのに料理をした事が旦那様に見つかってしまい何を言われるか分からないし……口止めはしておいたほうがいい。

 周りは、いただきます! とフォークを伸ばし始め、そして……


「んっ!」

「お、美味しい……!」

「えっ」

「ん~!」


 はい、もうここは掌握しょうあく。これでもう料理させてもらえる。ちょろいもんね。

 皆、料理には正直みたい。うんうん、いいことね。


「美味しい?」

「はいっ! とっても!」

「こんなに美味しいものがこの世にあったなんて! ありがとうございます、奥様!」

「奥様のお料理がこんなに美味しいとは……私は、この大公家の料理人として恥ずかしい限りです。美味しくない料理を奥様に出していたと思うと……申し訳ありません……」

「気にしないで。これから、美味しいご飯作ってね」

「はっはいっ! 誠心誠意せいしんせいい、努めさせていただきます!」


 ちょっと泣かないで、私が泣かせたみたいじゃない。やめて。

 そんな時、隣にいたアドラの表情が視界に入り気になった。


「……アドラ? どうしたの?」

「……以前、旦那様が奥様の母国である暁明シァミン王国に使節団として来訪され帰ってこられた際、食事に関することをお話になられたことがございました」


 あぁ、そういえば旦那様来訪されたことあったっけ。あのおにぎりの時や、儀式が行われた時も食事したよね。


「とても美味しかったと、また来訪したいとおっしゃっておりました。以前はあまり食事に対して興味をお示しにならなかったものですから、一体どんな料理なのだろうかと思っておりました。まさかここまで美味しく優しい料理だったとは……」

「へぇ……」


 なるほど、そういうタイプの人だったんだ。……おにぎり、嬉しそうに食べてたけど。あの顔は忘れないわ。

 よし、それを聞いてしまったら旦那様に美味しいご飯を食べさせてあげなきゃよね。


「よしっ、今から勉強会よ!」

「ダメですよ、奥様。これから仕立て屋がいらっしゃいます」

「……リーファ、湯浴みの準備しておいて」

「もう出来ておりますよ」


 忘れてた、そういえば今日仕立て屋が来るんだった。母国でも思ったけれど、さすがリーファ。私の事よく分かってる。

 と、いうところで、「奥様っ!!」と血相を変えてここに来た使用人が私を呼んだ。だいぶ息切れしてるな。

 そこまで急ぐ事が起きた?


「グロンダン侯爵夫人とご令嬢がお見えですっ!!」

「……は?」

「奥様とお話になりたいようなのですが……いかがいたしましょう……?」


 ……マジ? タイミング悪すぎない?

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