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◇13 何故こうなった……?
しおりを挟むシャレニア王国では、お仕事に向かう旦那様には出かける手前で上着を渡すことが奥方の仕事らしい。
そんな小さなことが仕事らしいけれど、見送る事が大事な事らしい。その役目のために私は玄関ホールに来たわけだが……
「奥様」
「うん、ありがとう」
という事は、上着を着た旦那様を見てもいいという事になる。何とも眼福な素晴らしいお仕事だ。まぁ、話し合いが出来ていないからこのお役目を私がしてしまってもいいのかどうかは分からないけれど……一応私は法律上の妻。なら怒られはしないだろう。
「スイランさん」
そんな時、玄関ホールで立つ私に声をかけてくる人がいた。グロンダン夫人の娘、アドリーヌ嬢だ。
夫人はいないみたいだけれど……そのニコニコした顔は一体なんだ。しかも、視線は私が持っている旦那様の上着だ。
「スイランさん、まだシャレニアの作法はよく分かっていませんよね。じゃあ、私がお手本を見せてあげますね」
そう言って、それを渡してと言いたげな顔で手を出してきた。お手本、だなんて貴方まだご令嬢でしょ。結婚してないだろ。これをやった事があると言っているのかもしれないけれど。
「これは、私の役目だと思うのですが」
「でも、シャレニアに来たばかりでしょ? レッスンも途中みたいだから、分からないでしょ?」
う、わぁ……何それ。昨日の今日でどうして私がシャレニアの事は何も分からないって決めつけるの。逆に恐ろしいわ。
「はい、ください」
「……アドリーヌ嬢、あなた側室じゃないですよね」
「なる予定ですよ。早いか遅いかの問題でしょ?」
「でも、まだいとこですよね」
「細かい事は気にしなくていいじゃないですか」
……おい、教えてあげると言ってるくせにめちゃくちゃじゃない。しかも上から目線だし。
「これは私の役目ですよ、いとこさん」
「……」
笑顔ではあるけれど、黙り込んでしまったご令嬢。一体何を考えているのやら。
そして……
「私が直々に教えてあげるから、さっさと寄こせって言ってるの。分からないの?」
あっ……これが本性か。さっきの話がでまかせだと思っているからその態度が取れるんだと思うけれど……いいの? 夫人に怒られちゃうだろうけど。
さて、どうしたものかと思っていると、ご令嬢は私の後ろに視線を向けた後……
「きゃあっ!?」
いきなりそう悲鳴を上げて尻もちをついて転んでいた。……なにこれ。私どうしたらいい。そう思っていたら、足音に気が付いた。振り向くと……
「オリバー!」
わぁお、旦那様だ。
「わ、私、オリバーをお見送りしたいって、来たら……スイランさんが戻れって……突き飛ばされて……」
なるほど、マンガとかでよくあるやつだ。本当にあるのかなと思っていたけれど、実際にやられると……一体どんなリアクションをすればいいのか戸惑うな、これ。言い訳をした方がいいのか、一から十まで全部説明した方がいいのか。
でも、旦那様がご令嬢を信じたら私はさっさと領地に行けと言われてしまいそうだ。……さて、お父様をどう止めようか。手紙で止められるかな。
そして、旦那様はご令嬢の前に立ち、しゃがみこんだ。やっぱり、愛した人の方を信じるという事か。何ともご立派な……
「お前は誰だ?」
「へ……?」
……お前は誰だ、ですか?
「お前はただのいとこ。ならいとこの分際で、妻を持つ相手を気安く呼ぶ事はどういう意味を持つのか、ちゃんとした家庭教師を雇って教えてもらうといい」
確かに、たとえいとこであっても奥方のいらっしゃる旦那に向かってご令嬢が名前を気安く呼ぶのはタブーだ。しかも、奥方のいる前で。
……この人、私の前で何回旦那様の名前、呼んだっけ?
「帰れ」
「っ……」
満面の笑みで、そう言い放ち立ち上がった。
「スイランちゃん」
「は、はい」
やばい、怒られる? そう思っていたのに……
「煩くてごめんな」
煩くて、ごめんな……? どうして私、旦那様に謝られてるの……?
「怪我はない?」
怪我? 怪我する様な事ってあったっけ?
「はい、ないです……」
「よかった。じゃあそれ」
と、手を出される。この上着を渡してくれということだろうか。
「はい……」
「ありがとう」
……何故、こうなった。
覚悟まで決めたというのに……あの、旦那様、愛するご令嬢そっちにいますけど。顔真っ赤にしてますけど。
あっさりすぎて、逆に怖いのだが。そしてご夫人が焦りつつも玄関ホールにやってきてご令嬢を心配している、というか……青ざめてません?
「あぁ、そうだ。今日ムセラス教皇から、結婚祝いの品が届くそうだよ。今首都まで届いたみたいだから、すぐここに届くと思う」
「……結婚祝いの、品ですか……」
ムセラス教皇……マジで持ってきたのか。
「その知らせを受けた陛下は、今度のお茶会でスイランちゃんと話をしたいみたいだよ」
「なる、ほど……」
「ムセラス教皇……ですって!?」
ご夫人の声で、周りがその言葉にざわついていた事に気が付いた。使用人達はこの事を知らなかったらしい。
「あの、神を崇める国が、スイランに結婚祝いを、だなんて……!?」
あぁ、そういえばあの国って気難しくて近隣諸国とは交流を全くしていない事で有名だったな。まぁ、ウチとはしてたんだけどさ。
「母国にいた時教皇のご子息達がたびたび使節団として遊びに来ていたんですよ」
「あ、あ、遊び、に……?」
「はい、私と彼らは歳が一歳差でしたから親しみやすかったんです」
というか、好奇心旺盛な子息達の子守をしていた、の間違いか。
あの、ご夫人、大丈夫ですか。今にも倒れそうになってますけど。あと、ご令嬢はムセラス市国の事をちゃんと知っていたようで同じく顔を真っ青にしているようだけど、貴方ようやくですか。
というか、私は聞いていないのだが? もうちょっと早く教えてほしかった。まぁどうせ驚かせたかっただのなんだのと言われるんだろうな。
私達はもう帰ります! と夫人はご令嬢の腕を掴んで玄関ホールから逃げるようにして中に入っていった。
「騒がしくてごめんな」
「……いえ、お気になさらず」
ようやく帰ってもらえることになったけれど、また面倒ごとになりそうな気がする。
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