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◇25 美味しい紅茶をどうぞ
しおりを挟む「旦那様、どうぞ」
「……スイラン、オリバーって呼んでくれないの?」
旦那様の出勤時、玄関ホールで上着を渡そうとしたところ、受け取らず軽く抱きしめてきた。何となく気付いてはいたけれど……旦那様、が板についてしまったというか、何というか。
「……旦那様、今日のお弁当はおにぎりですよ」
「本当? 中身、楽しみだな」
諦めたのか腕から解放してくれる。でも、これはただ単に私がちょっと恥ずかしいだけでもある。
けれど、こんなにしょんぼりした旦那様を見ていると……罪悪感というか、なんというか。犬耳が垂れているような幻影が見えるような、ないような。
これは、腹を括るしかないか……と、旦那様が上着を着て背中を見せたタイミングで口を開いた。
「いってらっしゃいませ……オリバー」
「っ!?」
その瞬間、思った通り振り向いてくる。はぁ、マズった……うわ、何あの満面の笑、みぃ!?
速足で私の元へ戻ってくるなり、強く抱きしめてきた。おい、仕事はどうした。
「ははっ、スイランありがとう」
「……遅れますよ」
すんすん、と私の匂いを嗅いでいるような音が聞こえてきて、背中をバシバシと叩いた。本当に、それはやめてください、お願いですから。
じゃあ行ってきます、とキスをしてきてだいぶご満悦で出勤していった。
「嬉しそうでしたね、旦那様」
「……」
「奥様、もうちょっと素直になられてください」
「……リーファ、煩い」
はぁ、朝から顔が熱い……言ったの私だけどさぁ……
昨日も、「可愛いなぁ」だの「やっぱり好き」だの連呼された。いつもあんなにラブコール入れられたら、こっちも答えなきゃって思ってしまう。一応私は彼の妻だし。……というのは、建前なのかもしれない。
……そうじゃない、今日はミセラ夫人が来訪するんだ。それは後後。
ミセラ夫人はこの国一のブティック経営者。以前、結婚式の次の日にこの邸宅に来てもらった事がある。その時はグロンダン夫人が乗りこんできては色々と口出しをしてくれちゃったからゆっくりと話すことは出来なかった。
けれど今回は、私はダルナード夫人であっても暁明王国の元王女という事で話をする事になっている。
「ご機嫌麗しゅう、大公妃殿下。お声がけくださり光栄でございます」
「わざわざ足を運んでくださりありがとうございます」
「とんでもございませんわ。殿下からのご提案はとてもありがたいものばかりで、すぐにでもお話させていただきたいと思ってしまいました」
以前、ミセラ夫人とは手紙でのやり取りを何回かしていた。その内容には……
「まさか、暁明王国からコットンを専属契約として我がブティックに卸していただけるだなんて……暁明王国に我がブティックを選んでいけただけた事、とても光栄ですわ」
暁明王国では植物の種子で作られているコットンを生産している。島内で皆が着ている漢服は全てコットンだ。そして、シャレニア王国は動物繊維で作られているウールやシルクがほとんどでありコットンはない。
だから、今回コットンを人気ブティックに卸しシャレニア王国に広める契約が立てられた。……立てたのは私だが。ブティックは、いわば情報の宝庫らしい。噂話の好きなご令嬢やご夫人が集まるのだから当たり前か。
だから、そのブティックを取り仕切るミセラ夫人と手を組む事はこちらにとって得になると思った。以前、初めてお会いした時のグロンダン夫人への対応もその理由にある。まぁ、本音は分からないけれど……
「最近はベルスリーブのお洋服やドレスを注文される方が多くなったのですよ。きっと殿下の影響でしょうね。コットンを作った洋服を売り出せば、たちまち流行となる事でしょうし……」
とってもほんわかしたおっとりお姉さんに心が浄化された、というのもあるかもしれない。……冗談だけど。
でも一番は……
「とても香ばしい匂いがしますね。産地をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
リーファがミセラ夫人に出した紅茶だ。いつもと変わらぬ茶葉だとしても、淹れ方が全く違うから匂いも色も味も違う。だから、夫人はこれがいつも飲んでいる紅茶だという事は気付かないみたいだ。
「シャレニア王国の紅茶ですよ」
「えっ……」
驚いた顔を私に見せ、そして手に持っていたティーカップに視線を移した。くんくん、と臭いを嗅いでは味を確認している。それでも、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべている。
「私はお茶が好きなんです。でも、お茶にはカフェインというものが含まれているのです。眠気覚ましや疲労回復という効果があるのですが、過剰摂取してしまうと不眠やめまいなどの影響が出てしまうのです。夫人は、睡眠時間はどれくらいかお聞きしてもよろしいですか?」
「そう、ですね……仕事柄もありますから、4時間程度でしょうか……」
おぉ、4時間か……まぁ、人それぞれでショートスリーパーなんて言葉もあるけれど、4時間は短いと思う。
旦那様はショートスリーパーだったらしいけれど、私が食事改善をしてから今までより目覚めが良く身体がすっきりしていると言っていた。だから、やっぱり食事に睡眠に運動にと生活習慣はちゃんとした方がいい。
「我が暁明王国では、睡眠時間を最低6時間にする事を推奨しています。睡眠は身体を休ませる時間。だからちゃんと休ませなければ不調が続いてしまいます。そして、それを取り入れてから、暁明王国の平均年齢が少しずつ上がっていくようになりました」
「す、睡眠時間を増やすだけで、でしょうか……?」
「えぇ。ですから、睡眠を邪魔してしまう大量のカフェイン摂取は避けた方がいいと思ったのです。でも、やっぱり好きなものは我慢出来ないので……研究したのです」
「少ない茶葉の量で、美味しく淹れる方法、という事でしょうか?」
「はい、その通りです」
本当の事は言えないから、暁明王国にいた時にもこの手を使わせてもらった。リーファもこれが本当の事だと信じ切ってるはずだろう。
暁明では、シャレニアほどの茶葉を入れていなかったけれど、緑茶がどす黒くなっちゃってたんだから。あれは本当にダメだって。布団に入っても目がギンギンして全然眠れなかったから飲まなかったし。
「ティースプーン一杯分の茶葉で、お湯を入れた後にふたをして蒸らすのです」
「ふたを、ですか……」
「はい。そして、蒸らすのに必要な時間は3分だけです」
「3分……だいぶ早いようですが、それでも美味しくいただけるのですね……蒸らす、という事が重要、という事でしょうか?」
「はい」
夫人の様子を見るに……信じてくれたような、気がする。少なくとも、疑いの目は持っていないようだ。
「なるほど……私、実は紅茶が少々苦手だったのです。紅茶の渋み、といいますか。それがどうしても苦手で……ですが、この紅茶には苦みや渋みが感じられません。とても飲みやすいですわ」
なるほど、確かに苦いものや渋いものが苦手な人は多少なりともいる。アドラから、この国では紅茶を飲めれば大人、という風によく言われていると聞いた。いや、これを子供に飲ませるのはだいぶ地獄のように思う。泣くぞ、これ。
「ふたのあるティーポットとなると、暁明王国から輸入は出来るのでしょうか?」
「えぇ、ティーセットをいくつも輸出するつもりだと陛下から聞いていますから。あぁ、よければ私のコレクションをご覧になりますか? いくつもあるので、見本になるかと思います」
「まぁ! ありがとうございます」
これで、とりあえず一人確保だ。彼女はブティックの経営者であり侯爵家の夫人。なら、きっとこの事を広めてくれる事だろう。
頃合いを見て、新聞の出版社の方にもお願いしようかな。
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