わんこな旦那様の胃袋を掴んだら、溺愛が止まらなくなりました。

楠ノ木雫

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◇38-2 いい加減にしろ

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「ダルナード大公妃殿下、暁明王国浩然ハオラン王子、雲嵐ウンラン王子のご入場です!!」


 そんな使用人の声と共に、私達三人はようやく会場入りをすることが出来た。

  ちょっと遅れちゃいましたごめんなさいという理由でいけるかと思ってはいたけれど……


「遅れてしまい申し訳ございませんでした、陛下」

「よいよい、何事もなかったようで安心した」


 陛下の一歩斜め後ろに立っていらっしゃる旦那様の顔が……見られない。何となく、ぐっさぐっさ刺さってきているような……

 さて、邸宅に帰ってきた旦那様に、どんな言い訳をしようかしら。正直に言うべき……だろうね。変に隠してもどうせ見つかって大変な事になるのは目に見えてるんだから。

 そして、頭を下げて陛下方の元を離れた。

 とりあえずタリス夫人を探さないと、と思っていたけれど……視線を感じた。そう、チョランの王女だ。何故か、驚いているように見える。けれど……睨みつけるかのような視線に代わっていた。

 自粛を強いられていても、最後のパーティーだからと参加したのだろう。けれど……さっきの驚きは何を思っての表情だったのだろう。

 もしかして……知ってた?


「ダルナード夫人、こちらにいらっしゃいましたか。暁明の王子方も」

「えぇ」


 他国の方に声をかけられ視線を外したけれど……聞こえてくる。カツカツと鳴らす足音が。それは、どんどん大きくなってくるから、こちらに向かってきている。

 ふと、そちらに視線を向けると……彼女は、鬼の形相をしていた。周りの皆さんは、彼女に気が付いてぶつからないようささっと避けた。


「いい気にならないでっ!!」


 王女殿下の手には、赤ワインの入ったワイングラス。そしてそれを、私の方へ向けるところで、両隣にいる弟達のえりを掴み後ろに引いた。途端に、頭上からとっても良い匂いのするワインが流れてきた。

 ……呆れてものも言えない。アホか、このお嬢さんは。


「なっ!?」

「ダルナード夫人!?」

「姉さま、これを使ってください」

「……ありがとう」


 芳醇な香りがするワインが、髪の先からぽた、ぽた、と垂れる。周りはざわざわと騒いでいるようだ。


「この売女っ! 一体どんな手を使ったわけ? 周りもっ、オリバーもっ、この女に騙されてるだけよっ!! 弱小国が今もこうして存続出来てるのは周りをだますことが上手いからに決まってるわっ!! 姑息こそくな手を使って周りを騙してるのよっ!!」


 ……そう来るか。どうあっても認めるつもりはないと、そう言いたいのか。


「そうよ……みんな騙されてるのよ……この女に……! そうでなきゃ、オリバーがこの女と結婚するはずないもの!」


 ……大丈夫かしら、この人。逆に心配になってきた。

 けれど、さ……


 ――馬鹿にするのもほどほどにしろ。


 その意味を込めて、ワインで濡れた前髪を上げてはチョランの王女を睨みつけた。睨まれる事はないだろうと思っていたのかたじろぐ王女様。


「……殿下は、旦那様との離婚をお望みなのでしょうか」

「あ……っ当たり前でしょ! ちゃんと目を覚まさせてあげればオリバーも分かるはずよ!」

「なるほど……離婚ですか。私は暁明王国との橋渡しの為に嫁いできたわけですが、チョラン王国もシャレニア王国と友好関係を築いているわけですし、私の出る幕はない、という事でしょうか」

「そうよ! だからさっさと離婚しなさいよ!」


 はぁ、大きな声でそんな事言っちゃいますか。後悔する事になるけれど、いいのかしら。


「……浩然ハオラン雲嵐ウンラン

「「は~い姉さま!」」


 双子の弟達を呼ぶと、すぐに私の両側に出てきた。とても楽しそうなんだが。


「私が離婚したらどうなると思う?」


 その言葉に、周りはざわついた。まさか私の口から「離婚」だなんて言葉が出てくるとは、と思っているのだろう。


「それはもちろん、暁明王国国王陛下は黙っていませんね。関税を上げてしまうのでは?」

「えぇ、ありそうね」


 浩然ハオランのその言葉に、どなたかの「えっ……」「関税!?」「ダルナード夫人っ……!?」という声が聞こえてくる。それもそうだ。ここには暁明王国と貿易をしている国の使節団が多くいらっしゃる。貿易をしている国からしたら関税を上げられるのは痛手になるのだからそんな反応をするのが正解だ。


「それどころか、シャレニア王国はもちろんの事、全ての他国との取引きを断ち切ってしまう可能性もありますね。暁明は国内でまかなえるほどの生産量がありますから困る事はありません」


 あんれま、そこまでいくか。……いや、やりそうだな。「ダルナード夫人!?」「お考え直しを!!」と聞こえてくるが……


「チョランの隣に位置する国の使節団の方々もこちらにはいらっしゃるわ。そして、我が暁明とも交流している。確か、プラチナホワイトを輸出していたわね。プラチナホワイトは希少性が高く価値も安定し腐敗もしないから、もしもの為に蓄えることが出来るものよ」

「はっ、弱小国にそんなものあるわけ……」


 まだ弱小国呼ばわりするか。とはいえ、そうだろうと思っていたからそんな王女の言葉をさえぎった。


「これは、王室との取引きだったわね。という事は、何らかの危機が起こり国が傾きかけた時の為に存続出来るように。もしもの時の備えとして蓄えるために我が国から輸入したはずよ。それなのに、いきなり貿易をストップされたら困るわね。なら、一体どこに訴える?」

「えっ……」

「今この場で私に離婚と言わせたのですから、それぞれの国の陛下方の耳に入るのは分かり切っている事でしょう。なら、ご自分の頭でよく考えてくださいな?」


 ようやく気が付いたらしい。まぁ、暁明にプラチナホワイトがあるかないかは、周りの方々の視線で分かる事だろう。


「第二王女、少々お話しいただけないでしょうか」

「えっ」


 それは、私が話に出した国の使節団代表、王太子の声だ。そして、ライアス王子も前に出て、そしてスラディ大公もにこやかに王女を見つめては頷いている。

 自分は、とんでもない事をしでかしてしまった。その事実がようやく分かってくれたようだ。


「姉さま」


 浩然ハオランはそう言いかけ、同時に後ろに視線を向けた弟達。そして……後ろから手が伸びてきて、抱きしめてきた。後ろから首を伸ばして、私を真剣な目を向けてくるのは、私の旦那様だ。


「絶対駄目」


 ……いや、真剣な目じゃないな。だいぶ焦ってるな。というか、陛下の近くに立っていたはずなのに、よく聞こえましたね。……いや、王女殿下の声が大きすぎたか。でも、離婚は例えでしょ、例え。

 呆れていると、手を緩めた旦那様は目の前に周り……キスをしてきた。

 ……ここではやめてくれ。周りに人がいるんだから。しかも王女殿下も。恥ずかしいのと冷や汗でここから逃げたくなるのだが。


「絶対駄目、お願いだから離婚なんて絶対しないで」

「……あの、服、汚れますよ」

「そんなのどうでもいい。絶対離婚届にサインしないから。絶対暁明に帰らせない」

「……」


 だいぶ、必死なのだが。例えなのにどうしてそこまで焦るの……?


「オリバー!! ダメよ!!」


 私達の事を見ていたチョランの王女は、こちらに駆け寄ってきてはそう言い放ったけれど……


「あ゙?」

「っ……」


 何ともドスの利いた声で、怖い視線を王女殿下に向けた旦那様。一気に、この場の空気が凍ったような、そんな気がした。


「あなたですか、私の妻に離婚という言葉を言わせたのは」

「そ……そうよ! オリバー、貴方はこの女に騙されてるのよ! 早く目を覚まして!」


 ……まだ言うか、この王女は。


「騙されてる? なら、証拠は?」

「えっ……」

「決定的な証拠を、今すぐここに出していただきたい。私と、周りにいらっしゃる周辺諸国の方々が納得するに値する証拠を」


 こ……っわ……あの、旦那様、こ、怖いのですが……お、鬼の形相ってこの事を言うのかしら……


「証拠もなく私の妻を侮辱ぶじょくするのであれば、チョラン王国側に直接訴えさせていただきます。そして、このワインに関しても」


 王女様、泣きそうだな。うん、私も怖い。とりあえずこの人何とかしないと。


「こ、これでは新しいドレスに着替えないといけませんね。旦那様、どうかエスコートをよろしくお願いします……!」


 何か言いたげではあるけれど……私に身体を向け、そして抱き上げてきた。こんな周辺諸国の方々が集まる公衆の場でこんな事するなんてと怒るところではあるけれど、それよりもこの恐ろしい人をこの会場から退場させなくてはいけない。まずはそれ! と自分に言い聞かせ大人しく した。


「さ、お騒がせしてすみませんね。どうぞパーティーを続けてください」


 と、王妃殿下が言ってくださり、近くにいたタリス夫人はこぼれたワインと割れたワイングラスを片付けるよう使用人に言っていた。早く行きなさい、と目くばせしてくださり、会場を後にした。こちらへどうぞ、と使用人が案内してくれてスムーズに辿り着くことが出来た。

 会場では騒ぎを起こしてしまったけれど……恐らく、今チョランの王女様は大変な事になっている事でしょうね。私の事を離婚させようとしたんだから。関税を上げる? 貿易を断ち切る? ふざけるな。ってなってる事だろう。

 とりあえず、逃げられただけマシか。

 そんな事を思いつつ、使用人が持ってきてくれたタオルで髪を拭いた。うん、ワインのいい匂いがするな。

 頭からワインをかぶったから湯浴みをしないといけないんだけど、ウチのメイドを連れてくるよう伝えたから、すぐに来てくれるはず。

 けれど、いきなりまた抱きしめてきた旦那様。これは、わんこモードになったな。


「……離婚は絶対嫌だからね」

「しませんよ。例えですよ、例え」

「例えでも離婚だなんて言わないで」

「はいはい」


 二つ返事が嫌だったのか、ぎゅ~っと抱きしめる手に力が入った。そこまで嫌だったのか。いや、さっきの旦那様怖かったから、そこまで嫌だったという事か。

 私としても、本気で離婚だなんて全く考えたことがない。喧嘩はした事ないけれど、例え喧嘩したとしても離婚だなんて言わないだろうし、ドラマとかでよくある「実家に帰らせていただきます」も言わないかも。

 それだけ、旦那様の事が……


「スイラン」

「はい?」

「――愛してる」


 いきなり言われたその言葉。今までだって、何回も言われたけれど……今言ってくれたその言葉が、とても特別な言葉のように思えたのはどうしてだろう。


「はぁ……スイランの護衛騎士になって24時間365日ずっと一緒にいたい……」

「……騎士団総括様がそんなこと言っていいんですか?」

「本気」

「ダメですよ。旦那様にはいつまでも現役でお仕事してもらいたいんですから。かっこいい騎士団長総括様を見ていたいんですけど、ダメですか?」

「……それくらいスイランの事愛してるって事だよ」


 そう言って、私の手に頬を添え、微笑みキスをしてきた。

 誤魔化したな、今の。

 でも、その件に関してはツッコミを入れることが出来なかった。

 何度も聞かされた、愛してる、の言葉。

 けれど、私から言ったことはない。意思表示は必要だけど……恥ずかしくて言えない。

 一応政略結婚だったけれど、それでもあんなに私の事を好きでいてくれている。というか、一目ぼれだっけ。まぁ、私も似たようなものかもしれない。結婚式で初めて会って、何この人カッコいい! って。まぁ、その後にだいぶ激しいギャップに驚きはしたけれど。

 それでも、大げさな時はあるけれど、愛情表現をたくさんくれて嬉しかった。というか、安心出来た。こちらからも返した方がいいと思ってはいたけれど、恥ずかしいという気持ちのせいで中々言えなかった。

 でも……


「……私も」

「ん?」


 彼の首に腕を回し、抱きしめた。


「愛して、ます」


 ちょっと小さい声ではあったけれど、きっと伝わった。

 こんなに、伝えるのは難しいものなんだけれど……言ってしまうと気持ちがすっきりしてしまった。


「うん、ありがとうスイラン」

「……最近家に帰ってこなくて寂しかったんです。だから早く帰ってきてくださいね、旦那様」

「全部終わらせてすぐに帰ります」


 顔を見合わせると、何となくおかしくなって笑ってしまう。それにつられたのか、旦那様も一緒に笑ってくれた。

 早く、いつもの日常に戻ってくれるといいな。



 その後、何事もなく国王陛下誕生祭は終わりを告げた。

 今後、チョラン王国とどういう関係を築くのかは分からないけれど、まぁ時間の問題だろう。ちなみに、チョラン王国使節団のお見送りはタリス夫人が自ら買って出てくれた。気を遣ってくださって助かりました。



 次回、最終回。
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