ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜

楠ノ木雫

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◇8 聖女とは

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 衝撃的な事を聞いてから次の日、私の部屋に可愛いお花が飾られた。鉢もとても可愛い。グリフィスさんが選んでくれたのだろうか。

 花は、昨日名前を教えもらった【リン】の花。白くて小さい花が沢山植わってる。

 本当は外に植えてあげたかったけれど、毒となっては大変な事になっちゃうからね。


「可愛いなぁ。リン、か……」


 お水、あげてみましょうか。そう用意してくれたメイドさんが、水の入ったジョウロを用意してくれて、丁寧に水をあげてみた。置いてある場所も、陽の光が当たる窓側を選んでみた。

 本日はどういたしましょうか、そう聞かれて、じゃあ図書室に行きたいとお願いし部屋を後にした。


「植物図鑑、ですか」

「昨日の話を聞いて、何か気になっちゃって」

「ど、毒の植物をですか!?」

「あ、はは……」


 だって、気になっちゃったものはしょうがないでしょ? ちょっとだけよ、ちょっとだけ。ぱらぱらと見るだけにするから。

 初めて来る公爵邸の図書室は、とても広々とした空間だった。一体何冊あるのだろう、数えるのは骨が折れそう。それくらい沢山だった。


「では、何かございましたらこの呼び鈴を鳴らしてください」

「はい」


 私の生まれた世界では、公共施設の大図書館や、働いていたお屋敷で図書室に入った事がある。あそこもたくさん本があったけれど、ここほどではなかった。沢山ありすぎて、自分が読みたい本が中々……あ、何だろうこれ。


「神聖力と、歴史……」


 神聖力って聖女様が使える力って言ってたっけ。でも、私聖女召喚で呼ばれたけれどそんな力みたいなの感じられないし……ただの羊族の小娘だし。

 何となく自分にがっかりしてしまい、はぁ、とため息を一つ付いていた時、いきなり現れた人物に驚いてしまった。

 棚の、向こうの列に行こうとした時、窓枠に座る人物がいたのだ。その相手は……公爵様。でも……ね、寝てる? 目をつぶってるみたいだけど、寝息、聞こえてくるような、こないような……

 公爵って上から二番目に偉い人だよね。忙しいはずなのに、こんな所で寝ちゃっていいのかな。

 窓枠に腰掛けてるけど、落ちたりしない?


「何だ、お前か」

「ぁっ」


 いきなり声がかけられてしまい、目も開いていて。もしかして、私が起こしちゃったのかな。何だか、申し訳ない事をしてしまったよね。

 こんなにいい天気で、暖かい日差しを浴びてると眠くなっちゃうもん。起こしちゃってごめんなさい。


「お前は、どう思ってる」

「え?」


 そんな、突然の質問に驚いてしまった。邪魔になっちゃうし離れた方がいいかな、って思ってたけれど……どう思ってる?


「聖女召喚で勝手に召喚されたんだ、思う所はあるだろ」


 あ、そういう事か。いきなり呼ばれて、私は悪魔だと勝手に決められちゃったし……


「あの、呼ばれる前、実は料理をしてて、火を使ってたんです。だからつけっぱなしになっちゃって、火事になってないかちょっと心配です」


 私は一人暮らしだから、火がつけっぱなしなのを気づいてくれる人はいない。大丈夫だろうか。お隣さんに燃え移ったりしちゃったら大変だし……


「……」

「……」


 ……あれ。私、間違っちゃったかな。公爵様、静かにこっち見て……


「……ククッ、ははっ、そうか、火事か!」


 沈黙していたのに、突然笑い出してしまった公爵様。羊だと暴露ばくろした時以上に、爆笑している。火の心配なんて当たり前の事なのに、そんなに面白かっただろうか。


「普通なら、聖女だとたたえられ喜ぶ奴、いきなり知らぬ地に呼び出されて不安になる奴、もう家族や恋人に会うことが出来ず悲しむ奴、理不尽に呼ばれ怒り狂う奴。大体そんなところだ。それをお前は……火事か……!」


 確かに、今まで繋がりのあった人達に会えない事は悲しいし、不安もある。けど、私の場合は家族もいないし、恋人もいない。友人はいるから会えなくなってしまうのは悲しいけれど……もう起きてしまったのだから仕方ない。


「それ」

「え?」


 彼の視線の先には、私の持つ本。さっきの、神聖力と歴史という本だ。読んだのか、と聞かれ頭を横に振った。


「この世界には、魔力とその神聖力という二つのエネルギーがある」

「え?」

「違い、分かるか」

「い、いえ」


 あ、教えてくれる、の?


「魔力とは、体内にあるコアに蓄積されているエネルギー。それに対して神聖力は周りに漂う自然エネルギーのことを言う」

「神聖力って、聖女しか使えないんですよね……?」

「そうだ。魔力はコアに蓄積された分しか使用出来ないが、神聖力の源となる自然エネルギーは周りに大量に漂っている。だから、魔力を有する魔導士では聖女に太刀打ち出来ない」


 普通の人間、コアを持った魔導士は魔法。聖女が使うものが〝奇跡〟と呼ばれるらしい。

 〝奇跡〟か……


「聖女召喚の儀が初めて行われたのは約200年前。聖女召喚の儀は、数十年に一度しか行う事が出来ない。それだけ高度な召喚魔法という事だ。だがその高難易度魔法の技術を独占している我が国は、それを機に急激に発展した。ただの小国だったこの国は、今やこの大陸一大きな国だ。規模も、技術も、この帝国に勝るものは一つもない。まさに皆が求める理想の国だ」


 理想の国。

 ……本当に、そうだろうか。皆が求める国とは、一体どんなものだろう。

 この国は、聖女召喚の儀という魔法を独占している。魔導師とは比べ物にならない力を持つ聖女はこの国にしかいないという事。


「……強い力を持って支配していった、の間違いじゃ、ないのでしょうか……」

「そうだ。聖女の〝奇跡〟は、人々を助ける力、だが強過ぎる力は時に脅威きょういともなり得る。こんなに大きな国だ、どれだけの犠牲があったと思う?」

「……戦争、って事ですよね」

「あぁ。敗北し皆殺しにされた国、服従し帰属した国と様々だ。だが、この国はあまりにも大きくなりすぎた。一つの大きな力でじ伏せてはいるものの、それが崩れたらどうなると思う?」

「……周りがどう思っているのかは分からないですが……反乱、ですか」

「そうだ。今、皇族派と貴族派、中立派という勢力が存在する。これもバランスというものがあるが、今回の聖女召喚。人数は14人と過去最多だ。今は皇室が保護しているが、これに貴族派が介入してみろ。聖女の取り合い合戦になり一気に混乱に陥る」


 それだけ、聖女という存在は影響力を持つ人物なのだろう。

 戦争に負けて帰属した国の人々は、もしかしたらこの国の皇室を恨んでいるかもしれない。そう考えると、皇室を恨んでいる人達は一体どれだけいるんだろう。


「人々を助けるための力、なのに……これじゃ、意味ないです」

「貪欲な奴らがいるからこうなる。ただそれだけの話だ。実に滑稽こっけいだろう」


 私は聖女じゃないから、他人事みたいに思っちゃうんだけど……そんな事のために異世界から連れてこられたなんてたまったもんじゃない。


「ま、お前は悪魔って事で免れたしな。なら元気にウチのペットでもしてろ」

「う”っ……ペ、ペットなんて」

「羊なんだろ? 政治に利用されるのと家でペットとして過ごすのどっちがいいんだ?」


 そう聞かれ、私は何も言えなかった。だって、嫌に決まってるよ、そんなの。

 今の話を聞いて、自分がホッとしてしまった事がとても申し訳なく感じた。

 そろそろ飯の時間だ、と窓枠から降りた公爵様。聖女と歴史の本は持ち出し禁止区間にあった本。だから持ち出し可能な植物図鑑だけ持って一緒に図書室を出た。


「こ、公爵様とお話しされたのですか……?」

「え? はい、偶然会ったので」

「そ、そうですか……」


 呼びに来てくれたメイドさんは、真っ青な顔をしていたのはよく分からなかった。けど……


「いい、俺が直接行く。拷問部屋に入れとけ」


 グリフィスさんが何かの報告をしていて、公爵様のその恐ろしい返答を聞き、視線を向けられなかった。ご飯の味は感じられたのは幸いだと思う。

 図書室でちょっとは私達の仲が少しだけ深まったと思ったのに、また遠ざかってしまったような、そんな気がした。
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