イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫

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「……あんのクソババア」


 静かな、誰もいない自宅。テーブルには大量の空の酒瓶。その隣には……私の名前が書かれた借用書。

 もちろん、誰かにお金を借りた覚えは一切ない。となると、これはアル中の母が私に押し付けた借金という事になる。

 とりあえず、あの女の顔を殴りたくなった。

 私の家族は恥ずかしいくらいに酷かった。中学時代に母の浮気がきっかけで父と離婚し母と二人暮らしになった。と言っても、父も浮気していたことは私も知っているが。

 私は、受験勉強を死ぬ気で頑張り、ようやく大学生になれた。そして大学入学と同時に一人暮らしをするはずだったが、母に懇願され二人暮らしから抜け出せずそのまま大学に通う事になった。

 母は、仕事をせず浮気相手と遊んでは酒に溺れるろくでなしだった。私がバイトで稼いだお金も持っていかれ、ギリギリの生活だった。

 自分の母だから、血の繋がった家族だから、そう自分に言い聞かせて注意するくらいだったんだけれど……


「はは……馬鹿だなぁ……」


 母にとって、私はその程度の存在だったのだろうな。と、つくづくそう思ってしまった。

 私は、借用書に目を背けるようにして風呂に向かい……冷たいシャワーを浴びることにした。頭を冷やそう、と。



 母がいなくなった。それは、別に悲しい事ではない。だから、現実に戻るのはさして難しい事ではなかった。

 まずは、今どうしても必要なお金を計算しないといけない。そして、アルバイトでこれから入ることが確定されている収入も一緒に把握しないと。

 けれど、現実はそう甘くない事もちゃんと分っている。何度も計算したところで、足りない金額が変わる事もないのだから。

 さて、どうしたものか。


「えっ、またバイト増やすの!?」

「そうだけど」

「えぇ……大丈夫? だって、居酒屋のバイトに、コンビニもだし、あとは……」


 私の通う大学の授業を受けるために教室に向かうと、私と同じ大学生の琳が声をかけてきた。ちょうど来たみたいで、元気よく私の隣に座ってくる。

 まぁ、いつも通りなんだけど。入学時に彼女から声をかけてきてくれて、それからずっとこの通り。今では仲の良い親友だ。


「……何かあったんでしょ」


 こういう時だけ鋭い事も、いつも通り。

 まぁ、私が言うまで聞いてくるから、仕方なく彼女に耳打ちした。「借金が出来た」と。

 彼女は私の性格をまぁまぁ知っているから、さすがにアルバイトを増やさないといけないくらいの借金を私本人が借りる事はないと分かるはず。じゃあきっと何かあったんだとすぐに気が付く。

 はぁ、本当に、あのクソババアが何とも素敵な借金をプレゼントしてくれちゃったおかげで迷惑極まりない。しかもあのババアに引き抜かれていたのか通帳の中もすっからかん。幸いバイトの給料日前だったからよかったものの、大変なことになるところだった。

 これから光熱費などの支払いだってあるというのに……あぁ、先が思いやられる。


「あの、さ」


 と、私の顔色を見つつも改まった様子でそう言ってくる彼女を不思議がりつつも「何?」と答えると、とんでもないことが口から出てきた。


「もし、今すぐにでもお金が必要なら、いいバイト教えてあげよっか」

「いいバイト?」

「三時間で25万、ホテルレストランのディナー付き」

「……パパ活?」


 三時間で25万、ホテルレストランのディナー付き。

 そんな美味しい話なんて、私の頭の中ではそれしか出てこない。三時間で50万だなんて、時給いくらよ。しかもホテルのディナー付きって、夕飯代が浮くどころかすっごく美味しそうな夕飯にありつけられるって事だ。これはさすがに怪しすぎる。

 けれど、それを提案した彼女は私が貧乏だという事をよく知っている。お金に関する事は、絶対にからかうなんて事はしない。となると、これは真面目に提案しているという事だ。


「違う違う。お見合い代行で断ってくるってだけの仕事だよ」

「……それ、アンタに来たお見合いでしょ」

「あはは~、はい」


 あははじゃないわ。まぁ、この子はとある中小企業の会社の社長を父に持つ、いわゆるお金持ちだ。何とも裕福なお家育ちなんだから、お見合いなんてものも普通に来るだろうけど。


「だってパパがさぁ、もう成人したんだから結婚も考えなさいって言って煩いのよ~。だから勝手にお見合いをいくつも持ってきてこっちは困ってるの! だからさ、お願いっ! 断ってきてっ!」

「本音は?」

「……その日、ライブがあるんです、はい」


 あぁ、なるほど。そういう事か。と、呆れて遠い目をしてしまった。この子は、K-POPのとあるアイドルにハマっている。結構人気のアーティストらしくて、ライブチケットも倍率が凄いらしい。確か、すごく良い席を手に入れられたって騒いでいたな、数日前に。

 お願い~! と、私の腕に抱き着いてくるが……もう私の頭の中には、その25万でいっぱいだった。チャリンチャリンと音が鳴ってるような気もする。


「はい、やらせていただきます」

「やったぁ! やっぱり持つべきは友ね!」


 その友達を利用して自分は楽しみに行くという事を分かっているのだろうか。まぁ、でも確かにいいバイトなんだし、ありがたくやらせていただこう。だって、断ってくればいいのよね? なら簡単よね。

 そして、琳には詳細を聞きつつも気合いを入れたのである。
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