イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫

文字の大きさ
3 / 23

◇2

しおりを挟む

 とあるホテル前。琳に送られてきたメッセージに書かれていたホテルまで辿り着いた。これはバイトの支給品よ、と高い服を買っていただき身に付けもう準備万端。流石お金持ちのご令嬢だ。しかも、行き帰りのタクシー代まで。なんとも待遇の良いバイトである。


「う、わぁ……」


 けれど、辿り着いたホテルに圧倒されている。なんだこのキラキラしたホテルは。大きすぎる。一体何階建てなんだ。こんな所に来たことなんて全くないから、このホテルに入ってもいいのだろうかと尻込みしてしまう。

 けれどこれは仕事だ。25万が待っているのだからちゃんとやらなきゃ。内心ドキドキしつつもそう言い聞かせて背筋を伸ばしホテルに入った。

 私の行き先は、このホテルの最上階にあるホテルレストラン。何階もあるホテルのエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押しドアを閉めた。

 スマホを取り出し時間を見れば、約束の7分前だと確認出来た。5分前に着ければいいやと思っていたから、ちょうどいい時間だ。

 相手はもう来ているだろうか。確か、相手は警察官。警視という階級を持つエリート警察官らしい。しかもビックリなのが相手はまだ25歳。こんなに若いのにエリートだなんて……出世間違いなしじゃない。

 琳によると、パパは警察との繋がりが欲しいんじゃない? とかるーく言っていたけれど……これは本当に断っていいのだろうかとも思う。

 とはいえ、私の仕事はお見合いを断る事。初めての事ではあるけれど、断ってご飯を食べて帰れば25万が手に入る。そう、25万。

 25万が手に入れば、まずは溜まっていた支払いに充てて……と考えているうちに最上階に辿り着き音が鳴った。エレベーターのドアが開くと、ホテルのエントランスとはまた違った景色が広がっていた。

 高級レストラン。まさに、それだ。

 話しかけてきたウエイターに用件を伝えると、席に案内してくれた。

 その先にあった席には一人の男性が座っていた。

 スーツを着こなす短髪の男性は、細身でスッとした顔立ちだ。足の長さからするに、きっと高身長だと思う。


「君が今日のお見合い相手か」

「あ、はい」


 そう答えつつ、ウエイターに椅子を引かれて落ち着いた。

 私が思っていた警察官とは違った雰囲気の人だ。エリートの偉い人だったからもっと厳つい人なんだと思っていたけれど……そんな事はなかった。表情筋は硬そうだけれど。


「初めまして、清水琳さん」

「あ、はじめま……」

「……の、お友達の高木瑠奈さん」


 その瞬間、身体が硬直した。そして、少しの沈黙が訪れる。ここだけ、時間が止まったように感じた。

 何故……何故その名前が出てくるんだ。……私の名前が。

 固まった表情のまま、私はスッとスマホを取り出した。すぐに電話帳を開き、履歴の一番上をタップした。すると、もしもし何? と彼女の声がスマホ越しで聞こえてくる。

 最初の一声は、これだった。


「……琳、バレても25万くれる?」

『はぁ? 私そんなケチじゃないけど』

「うん、安心した」


 忙しいから切るよ、と彼女の声は消えていった。

 よし、25万は確定だ。となると、まずはこの状況を何とかしないといけない。断る事もこのバイトの一つだからだ。


「話は終わったか?」

「あ、はい、終わりました……」


 何故彼は私の名前を知っていたのだろうか。お見合い相手の名前しか知らないはずよね。

 いや、でもこの人は警察官だ。顔に出ていた、とか……?


「あ、あの、よく、分かりましたね……どうして?」

「さぁ?」

「えっ……」


 さ、さぁ? って、どういう事……?

 答える気はない、と?


「名乗ってなかったな。矢野湊。聞いているだろうが警察官だ」


 琳から聞いていた通りの人だった。

 ついでに言うと、とても顔が整っていらっしゃる。きっとモテるんだろうな。


「君が代わりに来た、という事はこの縁談は却下、という事でいいのか?」

「あ、はい……」

「そうか。それは俺も助かる」


 彼は、最初から断るつもりだったらしい。さっさと断ってご飯を食べるために来たのだとか。私と同じことをしに来たようだ。

 まぁ、知らない人とご飯というのは少し気まずくはあるけれど、こんなに豪華な料理にありつけられるのだから文句は言わない。


「……で、その25万って?」

「えっ……」


 ようやく料理が運ばれてきて、目をキラキラさせていたところで、そう言われてしまった。危うくカトラリーを落とそうとしてしまったが、しっかりと握っていた為非常事態には至らなかった。

 そういえば、見破られて琳に電話した時に言ったな、25万って。今更ながらに何とも恥ずかしいというか、何というか。やっちまった。


「そうだな……お前の様子を見るに、だいぶ多い金が必要らしいな」

「……」

「予期せぬ事で生じた高額の支払い、ってところか」

「……」


 さすが、警察官。まさに、その通りでございます。

 とはいえ、さすがに母親が実の娘の名前を書いた借用書を置いて蒸発するなんて事は思いもしないだろう。彼は警察官だからここまでバレてるけど、これは分からないはず。

 けれど、もしバレたら……恥ずかしい気がする。実の母親に借金押し付けられて蒸発されました、なんて……はは、笑えない。


「そうだな……じゃあ、俺はアンタにいいアルバイトを提供しようか」

「……え?」


 何とも聞いたことがある話だ。つい数日前に、琳にも言われたような気がする。まさか、デジャヴ?


「そうだな……期間は3ヶ月で、月給でこれくらいか」

「やります」

「……おいちょっと待て、内容も何も言ってないのに承諾していいのか」


 スマホの計算機を打って見せてきた金額は、目が飛び出そうなくらいの金額だった。即答したくなるほどの。

 今の現状、借金は分割してあるけれど、さすがに生活費もあるから一ヶ月分の支払いが多くなり困っているし、家賃も滞納していてなかなか払えずにいる。早く払いたいと焦ってはいたけれど……これを受ければ、余裕は出来るはずだ。


「この他に、交通費免除に食事付きだ」

「やります」

「……お前、すぐに騙されるタイプだろ」


 ……いや、今まで詐欺とかに遭った事は一度もないはずだ。借金を作った母親はどうだか知らないけれど。


「提案している身としては何だが、警察官として言っておく。美味い話には必ずしも裏がある。それを踏まえてよく考える事だ。俺がもし闇バイトを持ってきたらどうするんだ」


 あぁ、確かに。テレビとかでよくやってるな。騙されちゃダメですよ、まずは疑いましょうって。なるほど、まさにこれか。


「裏があるんですか?」

「……本人に聞くなよ。ないって返ってくることは当然だろ」

「でも、警察官なんですよね?」

「まぁ、そうだが……今回の件は一応警察官だと証明されているからいいとして、もしまたこういった機会に出会った時にはちゃんと疑いの目を持つように。いいな?」

「……はい」

「よろしい」


 警察官さんに、しかもエリートさんに教えを請いてしまった。何とも説得力のあるありがたい話だったようだ。

 とりあえず、頭の片隅にでもしまっておこう。バイトを選ぶときはちゃんとその言葉を思い出すように。


「じゃあ気を取り直して、バイト内容だな」


 あ、そうだ。バイトだ。了承してしまったけれどちゃんとバイト内容を聞かないと。

 月給がこんな金額なんだから、重要な内容なのかな。


「恋人役を勤める事」

「……パパ活?」

「はぁ? そんなふざけたバイト内容じゃないに決まってるだろ」


 恋人役? この時給で?


「誰の恋人役をすればいいんですか?」

「俺の」

「……」

「最近周りがうるさくてな。同僚にはそれくらい作れと言われるわ、女性には言い寄られるわ、飲み会には連れていかれるわ、上司には見合い話や娘を紹介されるわで困っているんだ」

「……大変ですね」


 遠い目をするくらい。だいぶ困っているな、これ。


「そう思うなら助けてくれ。金はきっちり払ってやる」


 マジか。しかも、こんな私にまで助けを求めてくるとは、相当なんだろうな。


「正直に言うと、今日はお見合いの予定があったからあのクソジジイとの飲み会に行かずに済んだんだ。娘を連れてくると言っていたからだいぶ助かった。それに下戸だってのにあの上司はいつも酒を飲ませにくるから困っていたんだ。だから、お前には感謝してるんだよ」

「はぁ……」

「だが、その救世主が大体20代くらいの若い女性なのに結構な金欠ときた。同情くらいするだろ。まぁ、それは職業柄もあるけどな。だから、この話を出したんだ」


 ……やばいな、それは。本当にだいぶ困ってた。でも、クソジジイ……?

 というか、助かった、と言ってもそれはこのお見合いを持ってきた琳のお父様に感謝するべきでは? 私じゃないよね、それ。


「それに、大金で困っていて追い詰められている奴ほど扱いやすい人間はいない」

「……」


 あぁ、それが本音か。なるほど、確かに大金で困っているな。

 なるほど。裏がある、というのはこういう事か。……いや、合ってるのか?

 期間が3ヶ月と言っても私の休みだけでいいらしい。けれど、彼の同僚達と会う事になる。となると、だいぶ不安ではあるけれど、お金の為だ。何でもやれる。


「でも、3ヶ月だけですよね。その後はどうするんですか?」

「口だけで彼女がいると言ったところで信憑性に欠ける。だから3ヶ月で信憑性を作れればあとはどうとでもなる」

「なるほど……」


 3ヶ月だけ彼女役をすればいい。それなら、いけるかな?

 と、いう事で契約完了となった。


「連絡先」

「あ、はい」


 すぐに連絡先を交換すると、ちょうどデザートが運ばれてきた。うわ、さすがホテルレストランのデザートだ。高級感がある。


「写真撮っていいか」

「え? あ、はい、どうぞ」


 デザートの写真を撮るのかと了承したら、何故か彼のスマホのレンズは私の方に向いていた。そして、シャッター音も。

 ……私?


「同僚に見せるがいいか」

「……変な顔、してません?」

「してないが?」


 なら……いっか。確かに、本当に彼女が出来たのか疑われたら、写真を見せれば信じてもらえる。

 お給料のためなら、頑張ります。3ヶ月だから、さっき見せてきたお給料の3倍が貰える。よし、頑張れ私。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死神公爵と契約結婚…と見せかけてバリバリの大本命婚を成し遂げます!

daru
恋愛
 侯爵令嬢である私、フローラ・アルヴィエは、どうやら親友アリスの婚約者であるマーセル王子殿下に好意を持たれているらしい。  困りましたわ。殿下にこれっぽっちも興味は無いし、アリスと仲違いをしたくもない。  かくなる上は…、 「殿下の天敵、死神公爵様と結婚をしてみせますわ!」 本編は中編です。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します

恋愛
ヤンデレ乙女ゲー主人公に転生した女の子が好かれたいやら殺されたくないやらでわたわたする話。基本ほのぼのしてます。食べてばっかり。 なろうに別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたものなので今と芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。 一部加筆修正しています。 2025/9/9完結しました。ありがとうございました。

君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐
恋愛
クリスマスイブのホテルで偶然出会い、趣味が合ったことから強く惹かれあった古川遥(27)と堂本匠(31)。 のちに再会すると、実はライバル会社の御曹司と秘書という関係だった。 逆風を覚悟の上、惹かれ合うふたりは隠れて交際を開始する。 それは戻れない茨の道に踏み出したも同然だった。 遥に想いを寄せていた彼女の上司は、仕事も巻き込み匠を追い詰めていく。

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

処理中です...