イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫

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 この水族館は意外と広く、全部回るのにだいぶ時間がかかった。そして今は、この水族館の中にあるカフェにお二人と一緒に入ってテーブルを囲っている。

 私は海さんと同じくパスタを注文したのだが、だいぶ緊張して手が震えそうになっている。少し明かりを落とした館内に対し、カフェはとても明るいから簡単に表情などが見えてしまう。ここでぼろを出したくはない。


「瑠奈ちゃんって大学生でしょ? 湊君といつ出会ったの?」


 当然、飲み屋で聞かれた質問にも答えないといけなくなる。前回はほぼ全て湊さんの「煩い」ではねのけられていたけれど、今ここに彼はいない。私が一人で何とかしないといけないのだ。


「その……私の友達が、湊さんの友達で、偶然友達といる時に会ったんです」

「へぇ~」


 ……すみません、友達に来たお見合いを断ってこいと向かわされて出会っただけです。

 これ、あとでちゃんと口裏合わせないとなぁ、はは……


「湊に友達いたんだな」

「ね~。妹はいるって聞いた事あったけどね」


 へぇ、妹さんがいるんだ。聞いたことないな。

 今思うと、まだ1ヶ月くらいだから湊さんの事はあまりよく知らない。一応、最近出来た彼女という設定だからそんなに知らなくても大丈夫だろうけれど。

 けれど、思った。

 この二人は、だいぶ私に優しくしてくれている。さっきだって、私が寂しい思いをしてるからと言っていた。けれど、私は今この二人を騙している。嘘をついている。

 アルバイトの彼女役として雇われたのは分かってる。けれど、ちょっとチクっと来るな。


 ようやく、私達三人は水族館を後にした。野木さんの車に乗せてもらい、そのまま湊さんの家に向かわれてしまった。

 車内で内心ドキドキしつつもスマホを確認すると、湊さんからのメッセージが届いている事に気が付いた。自分の家に関する事だ。

 そのままお邪魔していいとのことで、部屋の番号や暗証番号などが書いてあった。本当に良かったのだろうか。私は大丈夫と言ったのに。


「はい、着いたよ。ここでいい?」

「あ、はい、今日はありがとうございました」

「いいっていいって、俺達も楽しかったし」


 じゃあまた一緒に食べに行こうね! という言葉を残して二人が乗る車は去っていった。

 さて、困ったぞ。これから私はこのマンションに乗り込まないといけないのか。

 どうしたものか、とマンションの目の前でスマホを片手に立っていると、スマホに着信音が鳴り出した。その相手は、湊さん。


「もしもし」

『瑠奈か。さっき広山から瑠奈を送り届けたって連絡があったんだ。今、マンションの前か』

「あ、はい」

『入り方、分かるか』


 ……分かりません。

 電話で教わりつつ、マンションの中に入り、ようやく湊さんの家まで辿り着いた。


『普通に家で過ごしてくれればいい。あるものは勝手に使ってくれ。そうだな……20時には帰れるか。戻ったらちゃんと家に送るから安心してくれ』

「わ、かりました。待ってます」

『あぁ。何かあったら連絡してくれ』


 じゃあ、と通話は終了した。

 ……アルバイト、雇用主の家に来てしまった。

 湊さんの家に来てしまったが、仕方ないことではあった。でも、あそこであのまま駅に連れていってもらえればこんな事にはならなかったとも思う。

 けれど、気になった事が一つ。海さんに寂しがらせてるとか言われた時の、湊さんのあの反応。いつもは塩対応とか言っていたのに、どうして黙っていたのだろうか。しかも、鍵まで渡してきたのだからおかしかった気がする。

 それに、湊さんをよく知ってる海さん達だって、驚いた顔をしてたし。

 上がらせたこともない、ただのアルバイトを本人がいない状態で家に行かせるだなんて。これ、いいのかな。もしもし警察官さん? 物騒ですよ?

 ドアを開けると、広い玄関が見えた。すごく清潔感のある玄関だ。そろりと入り、鍵をかけてから静かに靴を脱いだ。しっかりと靴を揃え、玄関から続く廊下をきょろきょろしつつも進んだ。

 ……何となく、悪いことをしているような、そんな気分だ。本人から了承はもらっているから、決して私は泥棒ではないし不法侵入でもないのは分かっているけれど。

 そして、目の前にあるドアを開くと、広いリビングに行き着いた。

 ソファーにローテーブル、大きめのテレビにと揃っているけれど、あまり生活感は感じられなかった。

 一応テーブルにニ脚の椅子はある。その奥にはキッチンだろうか。

 こんなに広い部屋なのだから、家賃は高いことだろう。さすが、エリート警視。持っていらっしゃる。

 さて、困ったぞ。今からだと、彼が戻ってくるのは大体4時間。それまでどう時間潰しをしたらいいのだろうか。

 とりあえずどこかに座ろう、と思いつつテーブルに並んでいる椅子に座らせていただいた。椅子の隣にバッグを置き、スマホを開いた。


「大学のノート、持ってくればよかった」


 それなら、勉強出来たんだけどなぁ……まぁ、なければないでやれる事はあるし、それで暇つぶししよう。
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