イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫

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 アルバイト期間は3ヶ月。あと1ヶ月で終わりに近づいてきている頃、とんでもない案件が舞い込んでしまった。


『瑠奈、またウチに来てくれないか』


 と、電話で湊さんに言われてしまったのである。

 はて、これは一体どういう事なのか。


『同僚達が俺んちで飯が食いたいって言い出してな。瑠奈も呼べってうるさいんだ。明日の夜、来れるか?』


 来れるなら迎えに行くとの事だった。その日の予定を確認すると、珍しくバイトが入ってなかったのでOKした。

 ……マジか。また同僚さん達とご対面する事になるのか。水族館で湊さんが帰った後の事を彼に報告すると問題なかったみたいだから、引き続きやらかさないよう頑張ろう。


 そうして迎えた、次の日。その日は夕方まで大学での講義があり、終わった後に大学まで迎えに来てくれることになっていた。大学じゃなくて近くのカフェに、とまた言ったのだが……大学に直接行った方が効率がいいとのことで聞き入れてもらえなかった。

 ニヤニヤした琳にエールをもらいつつ、湊さんを見つけて車に乗り込んだ。思った通りではあったが、女子大学生達の視線が痛い。


「家に向かう前にスーパーに寄っていいか。まだ買い物していないんだ。流石に7人分は冷蔵庫にないからな」

「あ、はい、どうぞ。手伝います」

「助かる」


 確かに、一人暮らしの冷蔵庫に7人分の食料は入ってないだろうな。冷蔵庫大きかったから入りそうではあったけれど。

 7人分、という事は私達の他に5人が来るという事。じゃあ、あの日の飲み会メンバーだろうか。二回会っている海さんと野木さんも来るのであれば少し安心出来る。

 買い物をするためにやってきたのは、湊さんの住むマンション近くに位置する大きなスーパーだった。駐車場が広く、時間帯のせいか駐車している車が多い。


「初めて来ただろ。手は繋げないから迷子にならないよう気を付けろよ」

「大丈夫ですっ!」


 水族館でも言われたけれど、さすがにこの歳で迷子にはならない。これはからかっているのだろうか。

 慣れた手つきでカートにかごを乗せ、押しつつ店内に入った湊さんに続いた。野菜が陳列されているコーナーに入り、野菜をかごに入れ始める。

 さすが貧乏、と自分で言っていいのか分からないが……安い値段の方に目が行ってしまう。もやしは私がよく行くスーパーの方が安いけれど、ここではレタスや玉ねぎが安い。

 買っていきたい、とまで思ってしまったがこれから行くのは湊さんの家。そして同僚さん達が来て食事もする。流石に買っていけない。何となく、悔しいな。


「レタス、買いたいか?」

「……分かってて言ってますか?」

「さぁな」


 ……これは分かってて言ってるな。すみませんね、貧乏なもので。


「湊さん、レタスはこっちの方が新鮮ですよ」

「こっち? じゃあ入れてくれ」


 仕方ない、アルバイトとして恋人役を全うさせていただこう。お給料の為だ、全力で務めさせていただきます。

 と、思いつつ肉コーナーに向かうと、湊さんは大量のお肉をかごに入れだした。


「お肉、ですか」

「あぁ。アイツらには肉を食わせておけばいい」

「そう、ですか……」


 確かに警察官さん達はいっぱい動くだろうし結構食べるんだろうけれど……女性も二人いるはず。それなのに、この量ですか。

 まぁ、食べきらなかったら……湊さんの明日の朝ご飯になるか。


「おやつ、買いたいか? 買ってやるぞ」

「いりません」

「そうか。ならこのまま会計に行くか。ついでにトイレットペーパーも買っていこう」

「……はい」


 本当に、私をからかうのが好きらしい。私ってそんなに子供に見えるのだろうか。一応もう成人した大学生なのだが。


「私、持ちますけど」

「彼女に荷物持たせる彼氏がいると思うか」


 けれど、そこはちゃんと彼女と言ってくれるらしい。おこちゃまだから持てないだろ、とは言わないのか。

 本当に、湊さんはよく分からない人だ。

 買い物を終えて、私達は湊さんの家に到着した。以前も来たことがあるけれど、マンションとなるとやっぱり緊張する。

 前に居眠りした奴が何言ってるんだと言いたいところだが、その時は疲れていたからだ。だって、いきなり湊さんの同僚二人と会って、湊さんなしで一人で恋人役頑張ったんだから疲れるに決まってる。褒めてもらいたいくらいだ。


「お邪魔しまぁす……」

「遠慮せず入れ」

「あ、はい」


 知っている廊下を歩き、リビングへ。そして、キッチンに向かい唯一持たせてもらえた袋の中の野菜を取り出した。それを、冷蔵庫を開けた湊さんに手渡す。

 以前にも思ったけれど、冷蔵庫、大きいな。さすがお金持ち。一体警視ってどれくらいのお給料なんだろう。聞きたいところではあるけれど、恐ろしくも感じるから聞かないでおこう。


「今日はすき焼きだ」

「へぇ……」


 と、言いつつ彼がキッチンの収納棚から出したものに驚いてしまった。でかっ……と。

 彼が出してきたのは、鍋だ。大人数ですき焼きをするにはちょうどいいサイズだ。


「前にアイツらが買ってきたんだ。これですき焼きを作ってくれ、ってな」

「なるほど……」


 いや、なるほどで納得していいのだろうか。皆さんは、最初から湊さんに作ってもらう前提でここに来るのね。まぁ、湊さん料理上手だし、気持ちは分かる。以前食べさせてもらったうどん、美味しかった。

 すき焼きは作った事あるか? と聞かれてNOと答えると、じゃあ野菜を切ってくれとお願いされた。ねぎに、春菊に、焼き豆腐に、と定番のものばかりが並んでいく。

 以前、友達の家に招待されて食べたすき焼きは覚えている。それは中学の時の記憶で、それからは全く食べる機会がなかった。それもあってかだいぶ楽しみである。


「〆はうどんだな」

「うどん、美味しいですよね」

「この前食べたろ」

「すっごく美味しかったです」

「冷凍うどんだけどな」

「冷凍うどんだって思えませんでした」

「褒めても何も出ないぞ」


 お世辞ではない。本当に美味しかったんだから。

 けれど、思った。このすき焼き、お肉と他のものとのバランスがおかしい気がする。このお鍋に対して野菜と焼き豆腐の量が極端に少ない。という事は、他は肉という事になる。まぁ、あんなに買い込んだのだからお肉は多くなるだろうけれど……

 食事のバランスは、ちゃんと摂らないといけないのでは? と、思ったけれど、さっき買ってきた野菜を取り出した湊さんは、せっせと副菜を作り出した。なるほど、そういう事か。

 皆さん、すき焼きが好きらしい。すき焼きのお肉が、か。
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