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第九部 五章「願い星」
「願いを叶えるのは……」
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――ずっと重いものを背負わせてしまって……ごめんなさい。
心の底から、魔女はそう誠意を込めて呟く。
無音とした静寂。何処を見渡しても白が広がる空間。水平線すら認識できない。
魔女は自分の身を見下ろしてみる。気慣れていたドレスは焼けてボロボロ。胸には突き刺された痕はあるも傷はない。右手の火傷も同様だ。
「……死んだ……のよね。ダンタリオンの声も聞こえないわ」
自身の死は痛いほど胸に刻まれた。
初めて感じる血の気が引いてゆく寒さ。それに覆いかぶさるように溢れてゆく熱い血液。かるく見えてしまった走馬灯。
それを体験させたのが、溺愛して育てた魔銃使いと思えば、心なしか笑みがこぼれてしまう。案外呆気なかった自分にも呆れてしまった分もふくめ。
「魔力の大半を別にまわしていたとはいえ。まさか、本当に私があの子にやられちゃうなんてね……。おかしい話だわ」
勝負には負けはしたが、結果として魔女は勝利を掴んでもいた。
それがこの空間にもある。
「【反転魔法】はとりあえず成功……というべきかしら。…………なら、やる事はひとつよね」
過去を振り返ることを止め、魔女は前にへと向き直る。
白の空間にぽつんとある玉座。そこに居座り、眠る一人の少女に視線が向く。
穏やかな表情を見るたびに、心臓がずきずきと痛む。罪悪感が染み出して合わせる顔すらなくなるほど。
「……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。でも、もう大丈夫。もう……傷つかなくていいの」
孤独と苦痛。世界から指差され蔑まれてきた【厄災の姫】。その宿命からの解放。それがこの先にはある。
世界が己を敵だというのなら、世界もまた己の敵でしかない。
この因縁を、世界を壊し創りかえることで終わらせる。
愛娘のために。愛した者たちのために。世界を恨む己のために。
普通を享受する者たちに終焉を。可哀想な者たちに祝福を。
――それが、魔女の【願い】だ。
――めでたしめでたし。…………なんてわけないよね?
終わりを告げる鐘などはない。それどころか、終わりを遮る声があった。
魔女は目を見開く。
玉座。その後ろから何者かがゆっくりと現れ、魔女を見る。
警戒に身が強張る。
目に映るその姿は、白の空間に紛れて不確か。白の羽に似たベールを纏い、人の輪郭は宿しているが、それを人と呼ぶことはどうしてもできない。女性か、男性か。それすら不確かだ。
それすなわち、未知でしかない。
そしてそれは、魔女を見て笑っている様にも見える。
『――ようこそ、元凶。【願い】のためによくここまで来たね。言わずともだが、此処はこの子の中。つまり彼女の中にある【呪い】の中。そのほんの片隅だ』
「……」
『さすがに中枢までは御招きできないね。ボクたちはキミのことが嫌いなもので。ここまでお疲れ様、そして残念な事にキミのこの計画には幾つか誤算があってね』
声はどこか響くようなもの。中性的で軽やかな口調から女性を思わせる。
一方的な話。それを遮るよりも魔女としては目の前の不確かな存在がなんなのか、何者なのか訴えたくあった。
「……っ、貴方は、……いったい」
『そう、それだよ。キミの一つの誤算。それはボクの存在を知らずに【呪い】を埋め込んだこと。……ボクの正体か。色々呼び名があると思うが……あえてこう名乗っておこう。ボクのことは――――【管理者】とでも』
「……管……理者……?」
『そう……。そして、――キミには【願い】を叶える権利がない』
「……っ」
『死の間際でどうにか【同化】を果たしたみたいだけど、でも申し訳ないね。例えキミがこの子になり替わったところで無意味なんだよ。権利のない者の【願い】を、どうして叶えないといけないんだい?』
魔女は唖然とする。
【呪い】は、【厄星】の力は世界を呪い殺す七つの黒星。それは【厄災の姫】の【願い】に反応し破滅をもたらすもの。それに権利もなにもないはずだ。扱うのが【厄災の姫】だけであって、その身を己が支配すれば行使は可能。そういう流れのはずだった。
だが、その計画は【管理者】を名乗る者の存在で一気に覆る。
「ふざけ……ないで……っ。貴方にそれを決める権利なんてっ」
『そうだねぇ。ボクにはない。ボクは応えるだけだから。……そして、ボクたちが応え【願い】を叶える事ができるのは――選ばれし彼女だけ』
【管理者】は一人の少女を指名する。それこそ、【呪い】を抱え続けてきた【厄災の姫】――エリー。
それはまるで目覚めの呼び声かのように、これまで目を覚ます事のなかった少女は星の瞳を開き覚醒する。
直に合う眼に、魔女は一歩後退る。
『何を驚くことがあるんだい? まさか一方的な懺悔で終わると思ったのかい? 彼女は眠りながらずっと聞いていたんだよ? キミの行いも。キミの正体も。むしろ、【同化】したことでキミの情報が幾らか彼女に流れてしまうのは避けようのないことだ。それを一方的に終わらせようなんて、なんて醜いことか……』
白い手が魔女にへと向き、そして【管理者】は問いかける。
『さあ……、選ばれし子。――キミは、この魔女の【願い】を聞き受けるのかい? キミが望むのなら、ボクらもそれを良しとしよう』
選択を星の少女にゆだねる。
エリーは、じっと、魔女を見つめていた。
そして、申し訳なさげな顔で呟く。
「……ごめんなさい。私は……貴方の【願い】を……叶えたくありません」
その一言に、魔女は胸を打たれる。
「……どう……して……?」
浮かび上がるのは、何故愛娘がその選択をしたかの疑問。疑問。疑問。
同じはずだった。この世界が憎らしいほど嫌いだった。そのはずだった。
「どうして!? 私はずっと……貴方のために……っ。愛おしい子たちのために……っ、ずっと……」
「……」
「この世界に価値なんてない! ずっと私たちを苦しめてきた世界に、存在意義なんてない! 貴方だって見たずっ。醜い偽善者たちの声を聞いたはずっ。それなのに……どうして……っ」
彼女は努力したことだろう。
彼女は耐えてきたことだろう。
彼女は【願い】のためにあらゆることに手を染めてきたことだろう。
彼女の全てを悪と断言することはエリーにはできなかった。
辛かったことも、苦しかったことも、彼女は打ち明けてきた。そんな魔女には手を差し出したくもなる。
だが、その手は取る事ができなかった。
彼女の意志に同情してしまえば、それは彼女の【願い】を肯定するともとらえることができたからだ。
何故世界を壊したくないのか。何故世界はこのままであればよいと思うのか。その答えがエリーに求められていた。
星の瞳はしばし何もない空間を見て、呟く。
「…………海を…………見たんです」
それは、少女のほんの細やかな思いで話だった。
「空と一緒に青くて、綺麗でした。夜の海も、星空と一緒になって綺麗で。私、初めて海を見た時、すごく嬉しくて……。いろんなところを歩いて、危ないところとかもいっぱい行ったんですよ? でも、それでも私は、いろんな世界の綺麗なところを見たんです。私は、この世界に価値がないとか、そんなこと思いません。だって、世界はあんなに綺麗なんですから」
「人も、魔族の方も、いろんな人がいて、いろんな気持ちがあって、それぞれがあるから、それでいいと思うんです。悪いことをしたら「ごめんなさい」って言って、嬉しいことがあったら「ありがとう」って言える。人だからとか、魔族だからとか、そんなの関係ないんです」
「確かに私は世界に嫌われているかもしれない。いろんな人に怖がられているのも知ってます。……でも、それでも私と一緒にいてくれる人たちがいるんです。頼っていい。手を取っていい。傍にいていいって、そう言ってくれる人たちがいるんです。私は、その人たちを失くしてまで、幸せになりたいなんて思わないです」
その目には世界が美しく見えた。
どれだけ殺風景なものでも、初めて見るいろんな形と景色は少女にとっては新鮮でしかない。
少女の人生は、記憶を失い、それからの歩みで激的な変貌と加速を募らせた。別れと出会い。悲劇と感動。救い救われ。絶望を植え付け絶望し。世界を恨んだこともある。世界を壊したいと望んだこともある。だが、今はそれを上書きするように世界を知る。
触れて、経験し得た全てが彼女に世界の存続を選ばせる。
『二つ目の誤算を最後に告げておこう。それは、彼女の記憶がゼロになったこと。キミの理想像はとっくに闇に葬られてしまったのだよ』
もしもエリーが記憶を失っていなければ、未だに世界を恨んでいたやもしれない。
誤算を突きつけられるも、魔女は納得がいかず声をあげる。
「だとしても……っ。抱いた恨みが完全に失われる事はない! 現に【厄星】だって実現できた!」
恨みの根源は確かに残っていただろう。
だが、今のエリーの判断が覆る事はなかった。
「それに、私はずっと守ってくださった人たちに消えてなんてほしくありません。ネアさんも、イロハさんも、ニーズヘッグさんも、フレズベルグさんも。……そして、クロトさんも」
「どうしてそこまで貴方があの子のことを想うのかしら? クロトはただ自分のために貴方を守っていただけ。……だから私はあの子を選んだの。あの子は誰も想えないからっ。誰も愛せないからっ。貴方を道具としかみないから!」
「……そうですね。…………でも、それでもよかったんです。クロトさんはいつだって、私を助けてくれましたから。私はあの人の道具でもいい。それを私は望んだんですから」
――あぁ……。なんて、まっすぐな目…………。
その星の瞳はとても澄んでいた。この場限りの言い訳や嘘などない。語る少女は苦笑を浮かべつつも、心の底から魔銃使いを信頼していた。
魔女の脳裏に、クロトの言葉がよぎる。愛娘が世界の破滅を望むわけがない……、と。
今ならその言葉の意味がよくわかる。
自分はただ【願い】を押し付けていただけでしかない。
燃え尽きた心に抱いた【願い】が枯れてゆく。そして、魔女の身が徐々に白にへと消え始めてゆく。
これが、自分の罰なのかと……虚しくもなった。
消えゆく意識の中、魔女は最後に愛娘にへと問いかける。
「……最後に聞かせて。…………貴方は、こんな世界でも……好き?」
少女の目は見てきた。魔女の目に映らない世界を。
少女は頷く。この世界を好きだと……。
「……そう。…………私は、…………それでもこの世界が……嫌いだわ」
これは、前世や過去の記憶から焼き付いた嫌悪ではない。名のない魔女の少女が抱いた世界対する印象。
相いれない魂は行き場を失い、完全な【同化】をできずに白の空間から消えてしまった。
エリーは魔女のいた場所をじっと見つめ、複雑な思いでいた。
彼女が本当の母親だったこともあるが、やはり過ごした時間もわずかでしかなく、印象が薄いこともある。酷く悲しいという気持ちも湧かず、それも申し訳なく感じてしまう。
彼女の【願い】を否定したことで消えてしまい、罪悪感だってあった。だが、その道を選んだのも自分自身。そう望むことで大切なものを守りたかった。
これでよかったのか。間違ったのか。そんな答えなどはっきり出るはずもない。
しばしの沈黙の後に、【管理者】を名乗る者はエリーの前にへとたたずむ。
『これで不純物はいなくなった。キミの望みのままに』
「……」
『負い目を感じることはないさ。キミは望みのままにあればいいのだから。それに、ボクはキミがこの場に来てくれてとてもよかったと思っている。感情ありし者たちの言葉なら、「嬉しい」というのが妥当だろう』
「……あの、なんの話ですか? それに、私は此処がよくわらかないんですけど」
改めて考えて見れば、エリーは見知らぬ空間にいるという事に不安がある。
『此処はキミの中さ。……そう。キミの奥底にある【呪い】と呼ばれる場所。今は魔女の魔法で反転してしまっているがね』
白い手を差し出す。エリーは戸惑いつつも悪意を感じられないその者の手を取り、玉座から腰を上げる。
すると、玉座は白の溶けて消えてしまった。
「……貴方は、私を待っていたんですか?」
『ああ、そうだ。そしてこの先に進めば【呪い】の中枢に着く』
玉座のあった場所。その奥を指差し言う。
見渡すも、真っ白で何があるかなどわかりもしない。
「……? そこに何があるんですか?」
『そうだねぇ……。神になることができる……と言っても過言じゃないね』
本来、魔女が手にしたかった地位。世界を創造することができる神の座。
「……私が……神様に……ですか?」
『キミが望むなら、それもできるかもね。ボクとしてはこの反転している間にキミにはそうなった方がいいと思っている。反転が解ければ、キミはまた【呪い】を抱えて恐れられる存在にへとなる。なら、いっそ神にでもなって、そんな押し付けられたものなくさないかい?』
【呪い】。それはずっとエリーにとっても抱え続けていたくないものだ。
そのせいで、どれだけの人を傷つけ、恐れさせてきたかを思い返す。争いの火種にもなり、手放せれるなら手放したい。
これは、その【呪い】を手放すことのできる機会なのだと心惹かれるも、エリーはつい後ろにへと顔を向けてしまう。
『そうだねぇ。神になるという事は世界の外側に行くということ。つまり、キミはもう元の世には戻れない。選ぶといいよ、感情を有する者よ。――【呪い】を抱えたまま戻るか。【呪い】を手放して神になるか』
***********************
『やくまが』次回予告
エリー
「次回で最終章。ついにこの日がやってきました」
クロト
「無駄に長かったな」
エリー
「本当ですね。ついにクロトさんが次回予告のタイトルを読み上げる日がきたんです。長かったですよ」
クロト
「そっちかい! ……え? 俺言ったことなかったか?」
エリー
「予告には出てましたが次回タイトルを読んだことは一切なかったですね」
クロト
「マジかー。どうでもいいんだが?」
エリー
「何を言っているんですかクロトさん。主人公なのに一度もなかったなんて、だからよく主人公(?)なんて思われちゃうんですよ?」
クロト
「それもわりとどうでもいい。だが、そうか。他の奴らができて俺ができないっていうのは確かに腑に落ちないってのが出てきた」
エリー
「はい。なので最後はびしっと決めましょうって、他の方から言われてきました」
クロト
「おいおい、たかが次回予告でそんなに押し付けてきてんのか? 誰だよ言わせようとしてんのは」
エリー
「え~っと。ネアさんと、イロハさん。それにニーズヘッグさん、フレズベルグさん、魔女さんにそれからそれから~……」
クロト
「ほぼ全員じゃねーか!?」
エリー
「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第九部 六章「願いのその先へ」」
クロト
「って、最後は結局言わせねーのかよー!」
エリー
「これはまた次回の次回予告までおあずけですね」
心の底から、魔女はそう誠意を込めて呟く。
無音とした静寂。何処を見渡しても白が広がる空間。水平線すら認識できない。
魔女は自分の身を見下ろしてみる。気慣れていたドレスは焼けてボロボロ。胸には突き刺された痕はあるも傷はない。右手の火傷も同様だ。
「……死んだ……のよね。ダンタリオンの声も聞こえないわ」
自身の死は痛いほど胸に刻まれた。
初めて感じる血の気が引いてゆく寒さ。それに覆いかぶさるように溢れてゆく熱い血液。かるく見えてしまった走馬灯。
それを体験させたのが、溺愛して育てた魔銃使いと思えば、心なしか笑みがこぼれてしまう。案外呆気なかった自分にも呆れてしまった分もふくめ。
「魔力の大半を別にまわしていたとはいえ。まさか、本当に私があの子にやられちゃうなんてね……。おかしい話だわ」
勝負には負けはしたが、結果として魔女は勝利を掴んでもいた。
それがこの空間にもある。
「【反転魔法】はとりあえず成功……というべきかしら。…………なら、やる事はひとつよね」
過去を振り返ることを止め、魔女は前にへと向き直る。
白の空間にぽつんとある玉座。そこに居座り、眠る一人の少女に視線が向く。
穏やかな表情を見るたびに、心臓がずきずきと痛む。罪悪感が染み出して合わせる顔すらなくなるほど。
「……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。でも、もう大丈夫。もう……傷つかなくていいの」
孤独と苦痛。世界から指差され蔑まれてきた【厄災の姫】。その宿命からの解放。それがこの先にはある。
世界が己を敵だというのなら、世界もまた己の敵でしかない。
この因縁を、世界を壊し創りかえることで終わらせる。
愛娘のために。愛した者たちのために。世界を恨む己のために。
普通を享受する者たちに終焉を。可哀想な者たちに祝福を。
――それが、魔女の【願い】だ。
――めでたしめでたし。…………なんてわけないよね?
終わりを告げる鐘などはない。それどころか、終わりを遮る声があった。
魔女は目を見開く。
玉座。その後ろから何者かがゆっくりと現れ、魔女を見る。
警戒に身が強張る。
目に映るその姿は、白の空間に紛れて不確か。白の羽に似たベールを纏い、人の輪郭は宿しているが、それを人と呼ぶことはどうしてもできない。女性か、男性か。それすら不確かだ。
それすなわち、未知でしかない。
そしてそれは、魔女を見て笑っている様にも見える。
『――ようこそ、元凶。【願い】のためによくここまで来たね。言わずともだが、此処はこの子の中。つまり彼女の中にある【呪い】の中。そのほんの片隅だ』
「……」
『さすがに中枢までは御招きできないね。ボクたちはキミのことが嫌いなもので。ここまでお疲れ様、そして残念な事にキミのこの計画には幾つか誤算があってね』
声はどこか響くようなもの。中性的で軽やかな口調から女性を思わせる。
一方的な話。それを遮るよりも魔女としては目の前の不確かな存在がなんなのか、何者なのか訴えたくあった。
「……っ、貴方は、……いったい」
『そう、それだよ。キミの一つの誤算。それはボクの存在を知らずに【呪い】を埋め込んだこと。……ボクの正体か。色々呼び名があると思うが……あえてこう名乗っておこう。ボクのことは――――【管理者】とでも』
「……管……理者……?」
『そう……。そして、――キミには【願い】を叶える権利がない』
「……っ」
『死の間際でどうにか【同化】を果たしたみたいだけど、でも申し訳ないね。例えキミがこの子になり替わったところで無意味なんだよ。権利のない者の【願い】を、どうして叶えないといけないんだい?』
魔女は唖然とする。
【呪い】は、【厄星】の力は世界を呪い殺す七つの黒星。それは【厄災の姫】の【願い】に反応し破滅をもたらすもの。それに権利もなにもないはずだ。扱うのが【厄災の姫】だけであって、その身を己が支配すれば行使は可能。そういう流れのはずだった。
だが、その計画は【管理者】を名乗る者の存在で一気に覆る。
「ふざけ……ないで……っ。貴方にそれを決める権利なんてっ」
『そうだねぇ。ボクにはない。ボクは応えるだけだから。……そして、ボクたちが応え【願い】を叶える事ができるのは――選ばれし彼女だけ』
【管理者】は一人の少女を指名する。それこそ、【呪い】を抱え続けてきた【厄災の姫】――エリー。
それはまるで目覚めの呼び声かのように、これまで目を覚ます事のなかった少女は星の瞳を開き覚醒する。
直に合う眼に、魔女は一歩後退る。
『何を驚くことがあるんだい? まさか一方的な懺悔で終わると思ったのかい? 彼女は眠りながらずっと聞いていたんだよ? キミの行いも。キミの正体も。むしろ、【同化】したことでキミの情報が幾らか彼女に流れてしまうのは避けようのないことだ。それを一方的に終わらせようなんて、なんて醜いことか……』
白い手が魔女にへと向き、そして【管理者】は問いかける。
『さあ……、選ばれし子。――キミは、この魔女の【願い】を聞き受けるのかい? キミが望むのなら、ボクらもそれを良しとしよう』
選択を星の少女にゆだねる。
エリーは、じっと、魔女を見つめていた。
そして、申し訳なさげな顔で呟く。
「……ごめんなさい。私は……貴方の【願い】を……叶えたくありません」
その一言に、魔女は胸を打たれる。
「……どう……して……?」
浮かび上がるのは、何故愛娘がその選択をしたかの疑問。疑問。疑問。
同じはずだった。この世界が憎らしいほど嫌いだった。そのはずだった。
「どうして!? 私はずっと……貴方のために……っ。愛おしい子たちのために……っ、ずっと……」
「……」
「この世界に価値なんてない! ずっと私たちを苦しめてきた世界に、存在意義なんてない! 貴方だって見たずっ。醜い偽善者たちの声を聞いたはずっ。それなのに……どうして……っ」
彼女は努力したことだろう。
彼女は耐えてきたことだろう。
彼女は【願い】のためにあらゆることに手を染めてきたことだろう。
彼女の全てを悪と断言することはエリーにはできなかった。
辛かったことも、苦しかったことも、彼女は打ち明けてきた。そんな魔女には手を差し出したくもなる。
だが、その手は取る事ができなかった。
彼女の意志に同情してしまえば、それは彼女の【願い】を肯定するともとらえることができたからだ。
何故世界を壊したくないのか。何故世界はこのままであればよいと思うのか。その答えがエリーに求められていた。
星の瞳はしばし何もない空間を見て、呟く。
「…………海を…………見たんです」
それは、少女のほんの細やかな思いで話だった。
「空と一緒に青くて、綺麗でした。夜の海も、星空と一緒になって綺麗で。私、初めて海を見た時、すごく嬉しくて……。いろんなところを歩いて、危ないところとかもいっぱい行ったんですよ? でも、それでも私は、いろんな世界の綺麗なところを見たんです。私は、この世界に価値がないとか、そんなこと思いません。だって、世界はあんなに綺麗なんですから」
「人も、魔族の方も、いろんな人がいて、いろんな気持ちがあって、それぞれがあるから、それでいいと思うんです。悪いことをしたら「ごめんなさい」って言って、嬉しいことがあったら「ありがとう」って言える。人だからとか、魔族だからとか、そんなの関係ないんです」
「確かに私は世界に嫌われているかもしれない。いろんな人に怖がられているのも知ってます。……でも、それでも私と一緒にいてくれる人たちがいるんです。頼っていい。手を取っていい。傍にいていいって、そう言ってくれる人たちがいるんです。私は、その人たちを失くしてまで、幸せになりたいなんて思わないです」
その目には世界が美しく見えた。
どれだけ殺風景なものでも、初めて見るいろんな形と景色は少女にとっては新鮮でしかない。
少女の人生は、記憶を失い、それからの歩みで激的な変貌と加速を募らせた。別れと出会い。悲劇と感動。救い救われ。絶望を植え付け絶望し。世界を恨んだこともある。世界を壊したいと望んだこともある。だが、今はそれを上書きするように世界を知る。
触れて、経験し得た全てが彼女に世界の存続を選ばせる。
『二つ目の誤算を最後に告げておこう。それは、彼女の記憶がゼロになったこと。キミの理想像はとっくに闇に葬られてしまったのだよ』
もしもエリーが記憶を失っていなければ、未だに世界を恨んでいたやもしれない。
誤算を突きつけられるも、魔女は納得がいかず声をあげる。
「だとしても……っ。抱いた恨みが完全に失われる事はない! 現に【厄星】だって実現できた!」
恨みの根源は確かに残っていただろう。
だが、今のエリーの判断が覆る事はなかった。
「それに、私はずっと守ってくださった人たちに消えてなんてほしくありません。ネアさんも、イロハさんも、ニーズヘッグさんも、フレズベルグさんも。……そして、クロトさんも」
「どうしてそこまで貴方があの子のことを想うのかしら? クロトはただ自分のために貴方を守っていただけ。……だから私はあの子を選んだの。あの子は誰も想えないからっ。誰も愛せないからっ。貴方を道具としかみないから!」
「……そうですね。…………でも、それでもよかったんです。クロトさんはいつだって、私を助けてくれましたから。私はあの人の道具でもいい。それを私は望んだんですから」
――あぁ……。なんて、まっすぐな目…………。
その星の瞳はとても澄んでいた。この場限りの言い訳や嘘などない。語る少女は苦笑を浮かべつつも、心の底から魔銃使いを信頼していた。
魔女の脳裏に、クロトの言葉がよぎる。愛娘が世界の破滅を望むわけがない……、と。
今ならその言葉の意味がよくわかる。
自分はただ【願い】を押し付けていただけでしかない。
燃え尽きた心に抱いた【願い】が枯れてゆく。そして、魔女の身が徐々に白にへと消え始めてゆく。
これが、自分の罰なのかと……虚しくもなった。
消えゆく意識の中、魔女は最後に愛娘にへと問いかける。
「……最後に聞かせて。…………貴方は、こんな世界でも……好き?」
少女の目は見てきた。魔女の目に映らない世界を。
少女は頷く。この世界を好きだと……。
「……そう。…………私は、…………それでもこの世界が……嫌いだわ」
これは、前世や過去の記憶から焼き付いた嫌悪ではない。名のない魔女の少女が抱いた世界対する印象。
相いれない魂は行き場を失い、完全な【同化】をできずに白の空間から消えてしまった。
エリーは魔女のいた場所をじっと見つめ、複雑な思いでいた。
彼女が本当の母親だったこともあるが、やはり過ごした時間もわずかでしかなく、印象が薄いこともある。酷く悲しいという気持ちも湧かず、それも申し訳なく感じてしまう。
彼女の【願い】を否定したことで消えてしまい、罪悪感だってあった。だが、その道を選んだのも自分自身。そう望むことで大切なものを守りたかった。
これでよかったのか。間違ったのか。そんな答えなどはっきり出るはずもない。
しばしの沈黙の後に、【管理者】を名乗る者はエリーの前にへとたたずむ。
『これで不純物はいなくなった。キミの望みのままに』
「……」
『負い目を感じることはないさ。キミは望みのままにあればいいのだから。それに、ボクはキミがこの場に来てくれてとてもよかったと思っている。感情ありし者たちの言葉なら、「嬉しい」というのが妥当だろう』
「……あの、なんの話ですか? それに、私は此処がよくわらかないんですけど」
改めて考えて見れば、エリーは見知らぬ空間にいるという事に不安がある。
『此処はキミの中さ。……そう。キミの奥底にある【呪い】と呼ばれる場所。今は魔女の魔法で反転してしまっているがね』
白い手を差し出す。エリーは戸惑いつつも悪意を感じられないその者の手を取り、玉座から腰を上げる。
すると、玉座は白の溶けて消えてしまった。
「……貴方は、私を待っていたんですか?」
『ああ、そうだ。そしてこの先に進めば【呪い】の中枢に着く』
玉座のあった場所。その奥を指差し言う。
見渡すも、真っ白で何があるかなどわかりもしない。
「……? そこに何があるんですか?」
『そうだねぇ……。神になることができる……と言っても過言じゃないね』
本来、魔女が手にしたかった地位。世界を創造することができる神の座。
「……私が……神様に……ですか?」
『キミが望むなら、それもできるかもね。ボクとしてはこの反転している間にキミにはそうなった方がいいと思っている。反転が解ければ、キミはまた【呪い】を抱えて恐れられる存在にへとなる。なら、いっそ神にでもなって、そんな押し付けられたものなくさないかい?』
【呪い】。それはずっとエリーにとっても抱え続けていたくないものだ。
そのせいで、どれだけの人を傷つけ、恐れさせてきたかを思い返す。争いの火種にもなり、手放せれるなら手放したい。
これは、その【呪い】を手放すことのできる機会なのだと心惹かれるも、エリーはつい後ろにへと顔を向けてしまう。
『そうだねぇ。神になるという事は世界の外側に行くということ。つまり、キミはもう元の世には戻れない。選ぶといいよ、感情を有する者よ。――【呪い】を抱えたまま戻るか。【呪い】を手放して神になるか』
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『やくまが』次回予告
エリー
「次回で最終章。ついにこの日がやってきました」
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「本当ですね。ついにクロトさんが次回予告のタイトルを読み上げる日がきたんです。長かったですよ」
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「そっちかい! ……え? 俺言ったことなかったか?」
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「マジかー。どうでもいいんだが?」
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「何を言っているんですかクロトさん。主人公なのに一度もなかったなんて、だからよく主人公(?)なんて思われちゃうんですよ?」
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「それもわりとどうでもいい。だが、そうか。他の奴らができて俺ができないっていうのは確かに腑に落ちないってのが出てきた」
エリー
「はい。なので最後はびしっと決めましょうって、他の方から言われてきました」
クロト
「おいおい、たかが次回予告でそんなに押し付けてきてんのか? 誰だよ言わせようとしてんのは」
エリー
「え~っと。ネアさんと、イロハさん。それにニーズヘッグさん、フレズベルグさん、魔女さんにそれからそれから~……」
クロト
「ほぼ全員じゃねーか!?」
エリー
「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第九部 六章「願いのその先へ」」
クロト
「って、最後は結局言わせねーのかよー!」
エリー
「これはまた次回の次回予告までおあずけですね」
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