視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子

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第1章 運命は満月の夜に導かれて残酷に

2 忠告はしたから

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「亡者たちに取り憑かれて殺されたくなければ、森には行かず、遠回りをしてでも別の道を使って景安の都に行くことをおすすめするけどね」
「ほう? 僕たちが景安に行くと知ったような口振りだね」
「あんたバカ?」
「おい小娘! 将軍に向かってバカとはなんだ。その口の利き方は!」
 従者が剣に手をかけようとするが、将軍はよい、と手をあげ宥める。
 納得のいかない従者は、鼻息を荒くしている。
「あんたたちみたいな立派な身なりをした武人が向かう先といえば、森を突っ切った先にある景安の都しかあり得ないでしょう」
「な、なぜ、俺たちが武人だと分かった!」
 自分で、先頭にいた男のことを将軍って呼んでいたたじゃん。
 こいつ、正真正銘のバカだ、と蓮花はふっと鼻で嗤う。
「それとも秘湯を探しているとか? 望むなら情緒あふれる絶景の露天風呂がある場所を教えてあげるよ。切り傷、高血圧予防、整腸、胃酸過多、通風によく効く温泉をね」
 蓮花は男たちの顔をひとりひとり確かめるように見ながら言う。
 態度の悪い蓮花に気を悪くしたふうも見せず、将軍はそれもよいな、と言う。
「切り傷はともかく、それ以外の症状は独特だな」
「そうでもないけど」
「ふむ。まあ、ゆっくりしていきたいところだが、温泉は次の機会に教えてもらおう。それと、忠告はありがたいが、我々は急いで町に向かいたい」
「つまり、あたしの言うことに聞く耳は持たないってことね。ま、いいけど。でも、ちゃんと忠告はしたから。たとえ死んでもあたしを恨んで化けて出てこないでね。あ、これ」
 蓮花は袂に手を入れ、小袋を取り出すと、男に向かって投げた。受け取ったそれに男は視線を落とす。
 手のひらに収まるほどの小さな巾着袋であった。
 男はしばしそれを見つめ、蓮花を見る。
「縫い目が雑で粗い」
「え! そこ?」
 気になるのはそこなの?
「それに、ごみがついている」
「ごみじゃなくて刺繍! 梅の花びらの刺繍だから!」
「これが刺繍……」
 将軍の手元を覗き込んだ従者たちも、蓮花お手製の小袋を見ていっせいに吹き出した。
「ぶはは! これはひどい」
「俺の八歳の娘だって、こんな雑な刺繍はしないぞ」
 蓮花は眉根を寄せ、男たちを睨みつけた。
「針仕事は苦手なの。中身は薄荷とよもぎ
「虫除けか」
「それとお守り。あんたを守ってくれるはず。別に持っていても邪魔にはならないでしょ」
「将軍、そんな怪しい物など受け取らないほうがよろしいかと」
「いや、ありがたくいただこう」
 男はにこりと笑い、小袋を懐におさめた。
 その笑みをどうとらえたらいいか分からないが、とりあえず受け取ってくれたからよしとしよう。
 もし、彼らに何かがあったとしても、引き止められなかった自分に罪悪感を抱くことはなくなる。
 男は従者たちに目配せをする。
 心得たとばかりに一人の従者が蓮花の手に銀子を手渡した。
「少ないが、虫除けの礼だ」
 手のひらの銀子を見て蓮花はごくりと唾を飲み込んだ。これで少ないというなら、うちの稼ぎはスズメの涙以下だ。
 再び、家の奥から母が苦しそうに咳き込む声が聞こえてきた。
 この数週間、ずっと咳がおさまらないため、母の身体もかなり衰弱している。
 この銀子があれば、滋養の高い山参を買い、母の気血を補える。
 栄養のつくものだって食べさせてあげられる。それから綿の入った温かい布団と新しい衣も。
 蓮花は銀子を握りしめた。
 遠慮することはない。
 この銀子に見合うものを男に渡した。
 男がお守りを手放さない限り守られるはず。だから、ありがたくちょうだいしよう。
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