視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子

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第2章 あたしが宮廷女官? それも皇后付きの侍女!

2 一颯の屋敷にて

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「ちょっと、なんであんたがここにいるのよ!」
 一颯に向かってあんた呼ばわりをする蓮花が気に入らないのか、側にいた彼の従者が気色ばむ。だが、一颯は手で制して従者を宥めた。
「賊に殺されかけたおまえを助けてやっただろう。覚えてないのか? もっとも、助けられたのは僕も同じだが」
 一颯は手にしたお粗末な刺繍の小袋を蓮花に見せた。すでに中のお守りは消えているが。
「だから言ったでしょ。森に行くのはやめときなって」
 一颯は眉根を寄せる。
「おまえには亡霊あれらが見えるのか? あのお守りはなんだったのだ?」
「そう、あたしには普通の人にはみえないものが視えて、聞こえない声が聞こえる。ついでに、除霊も浄霊もできて、悪霊から身を守ることもできる。あんたに渡したお守りは、あたしのお手製の呪符」
 一颯は言葉もなく、難しい顔で蓮花を見下ろすだけであった。
 そんな話など、誰が信じるのか、といったところか。
 大抵の人はこういう反応をする。ひどいときは嘘つき呼ばわりをされることも。だから、そう言われるのは慣れっこだ。別に気にしない。
「なるほど、そうか」
 一颯は腕を組み、難しい顔のまま何度もうなずいた。
「え? あたしが言ったこと信じちゃうの?」
「嘘なのか?」
「いや、本当だけど」
「信じるもなにも、この目で実際に亡霊とやらを見たし、襲われた。おまえがくれたお守りのおかげで助かったのも事実。いったい、おまえは何者なのだ?」
「別に何者でもないけど、まあ、しいていうなら薬草売りの霊能者」
 霊能者か、と一颯は繰り返す。
 蓮花は香麗に向き直り、深々と頭を下げた。
「助けてくださってありがとうございます。あたし悪さはしないけど、怪しい者なんです。村に帰ります。家に戻らなければ」
 寝台から降りようとする蓮花を、香麗は慌ててとどめる。
「蓮花さん、動いたらだめ。家に戻るにしても、体力を取り戻してからでないと」
「そうだ。だいたい今、家に戻ればおまえ……いたたっ! 母上やめてください!」
 は、母上! ってつまり、この菩薩のような優しい人が一颯の母君?
 夫人は息子の頬をぎゅーっと、つねっている。
「蓮花さんに向かっておまえとはなに? だからおまえは粗雑だと言われるの」
 息子をどんと押しのけ、香麗は蓮花を寝台に戻そうとする。
「気にしないでね。武将の家に育ったせいもあって、少々荒っぽいところがあるけれど、根は優しい子なのよ」
「はい、分かってます」
 なんで森から引き返してきたのか知らないが、あたしのことを見捨てず、賊から助けてくれた。
 心の優しい人だ。
 正義感もある。粗雑だと母君に言われたが、きっとたくさんの女性が一颯に思いを寄せているだろう。
 蓮花はこめかみのあたりに指をあてた。
 少しずつ、記憶がよみがえってきた。
 そうだった。
 あの日、町から戻って来たら、突然やって来た賊に父と母が殺された。自分も殺されそうになったところを、この男が現れ助けに来てくれた。
 その後、気を失った自分を馬に乗せ、景安の都にある彼の屋敷に連れて来られた、というわけである。
「奥さま、親切にしていただきありがとうございます。このご恩は忘れません」
 殺された両親は今もあの場で地面に横たわっているのかもしれない。早く家に戻って弔いたい。
「動いてはいけないわ。今はあなた自身の身体を治すことだけを考えましょう。ね?」
「母上の言う通りにしておけ、それに、家に戻ってまた賊が襲ってきたらどうする。おまえまで殺されたら、両親が悲しむぞ。それと、勝手とは思ったが、おまえの……」
 母親にじろりと睨まれ、一颯はこほんと咳払いをし、言い直す。
「蓮花の両親を手厚く葬るよう、白蓮の町の者たちに頼んでおいた」
 たぶん、町の者にいくらかの銀子を渡したのだろう。
「両親のことを気がかりだと思うのは分かる。だが、今、家に戻っても再び危険な目にあわないとも限らない。まだ賊があの辺りに潜んでいるかもしれないからな」
「そうよ。これからのことは身体が回復してから考えましょう。お薬を飲んで、今日はもう休みなさい。何かあればここにいる鈴鈴リンリンに言って」
「鈴鈴です。なんでも仰ってください」
 夫人の側に控えていた鈴鈴と呼ばれた侍女が、親しみのこもった笑みで挨拶をする。
「はい……」
 それ以上、蓮花も夫人の申し出を断ることはしなかった。
 いろいろ、気になることがあって頭の中がいっぱいいっぱいだが、とにかく今は休もう。
確かに、ここを出て行くにしても、体力を回復させなければ途中で生き倒れる。それでは元も子もない。だからここは甘えてしまおう。
 蓮花は素直に眠ることにした。やはり、身体は休息を求めていたのだろう。枕に頭を沈めたと同時に、深い眠りに落ちていった。
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