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第3章 恐ろしき陰謀渦巻く宮廷にご用心
7 景貴妃の陰謀
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華雪は姉の春雪が死罪を言い渡されたことに衝撃を受け、その場に呆然と立ち尽くしていた。
恵医師は侍女の前に手を差し出す。
「香り袋を出してください」
戸惑いながらも華雪は、腰に下げられた小さな袋を外し、恵医師に手渡した。それを受け取った恵医師は、袋の中身を手のひらに少量をとり、鼻を近づけた。
「やはり」
恵医師は目を閉じ、緩やかに首を振る。
「どうしたのだ?」
「当門子、別名麝香が混入しています」
麝香と聞いて、皆が息を飲んだ。
「ご存知だと思いますが、麝香には産気づける作用があり、分娩を促進し、流産の可能性を大きくしてしまう効果があります。たとえ少量でも気づかずに麝香の香りをかいでいれば、皇后さまの胎児はいずれ流れていたでしょう。麝香は鎮静、強心剤といった症状には有効ですが、妊婦にとっては香りを嗅ぐだけで禁忌の香です」
華雪は歯をがたがたと鳴らし、口元に手をあてた。
「ああ……」
呻き声をもらし倒れそうになる皇后を、すかさず赦鶯は支える。
「何故、そんなものを持っていた! そいつも死罪を言い渡す!」
「待ってください! これは景貴妃さまに頂いた香り袋です! 私は中身が何が入っているかなど知りませんでした。それに、私には麝香の香りがどんなものか分からなかったのです!」
華雪は景貴妃に助けを求める。
「景貴妃さま、そうでございますよね! どうかお助けを!」
しかし、華雪の懇願もむなしく、数名の太監によって春雪と同様、連れ去られていく。
「景貴妃、どういうことだ? 説明をしろ」
「ああ……なんてこと」
厳しい声音で問い詰められ、景貴妃は手巾を目元にあてよろめいた。お付きの侍女が景貴妃の身体を支える。
「確かに華雪を送り出す時に香り袋を持たせましたわ。まさか皇后さまが懐妊していたなんて知りませんでした。本当です。恵医師、もう一度その袋の中をよく確かめてみて」
景貴妃に言われ、恵医師は袋の中身を丹念に調べる。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「どうした? 言ってみろ」
「これは澡豆です」
澡豆とは洗い粉のことで、これで顔や身体を洗うと肌を白くして肌荒れを治し、きめを細かくする化粧料だ。
「澡豆の材料は、大豆や赤小豆粉に胡粉、土瓜根、白檀、そして……」
「続けよ」
「麝香です……」
目元を手巾で覆うその下で、景貴妃はにやりと口元を歪めて嗤う。
「そう、それは澡豆ですわ。澡豆は麝香などの生薬を配合したもので作られる、とても貴重なもの。私はこれまでの華雪の働きを労いそれを贈っただけ。いいえ、配慮の足りなかった私のせいね。ああ陛下、どうか罪深き私を罰してください」
景貴妃は涙を流し、陛下の足元にひざまずく。
「立つがよい。知らなかったのなら仕方がない。それにそなたが侍女思いなのも分かった。そなたを責めているわけではない」
「陛下のご温情に感謝いたします。このことを肝に銘じ、これからも皇后さまのためにお仕えいたします」
眉宇をひそめ、健気な表情で景貴妃は涙を拭う。
赦鶯陛下は恵医師を指差す。
「恵医師と言ったな、そなたのおかげで皇后も産まれてくる子も助かった。褒美をつかわそう。何がよいか申せ」
「ありがたき幸せ」
恵医師は拝礼をし、礼を述べる。
「ですが僭越ながら陛下、褒美を与えるのでしたら、私ではなく蓮花にお与えください。羹の中身を詳しく調べよと申したのも、皇后さまの居室にかすかに残る麝香の香りに気づいたのも、すべて他ならぬ蓮花でございます」
「実直な男だな。気に入った恵医師とやら。約束通り褒美は与えるので考えておくがよい」
赦鶯はにやりと笑った。その顔はどこか嬉しそうでもあった。
「これで蓮花の疑いは晴れたな。いますぐ牢から出せ」
「陛下!」
恵医師は再びひれ伏す。
「おそれながら蓮花より、陛下にお伝えしたいことがあるそうです」
「なんだ? 遠慮は無用だ。言ってみろ」
「こたびの件にかかわった春雪と華雪を、死罪にするのだけはどうかお許しくださいとのことです」
それまで上機嫌だった赦鶯は不愉快そうに眉を寄せた。
「恵医師、これ以上のことにあなたが口を挟むべきことではありません。さあ、早く下がりなさい」
皇后は恵医師の行動を諫め、陛下の機嫌が損なわないうちに下がらせようとする。
「いいえ、それは皇后さまのためでもあるのです」
「皇后のためだと?」
「はい、身重である皇后に仕える侍女を死罪にするのは、あまりにも縁起が悪いと、蓮花が申しておりました。ここは寛大なるお心で二人の処遇を改めて考え直していただきたく存じます」
恵医師は侍女の前に手を差し出す。
「香り袋を出してください」
戸惑いながらも華雪は、腰に下げられた小さな袋を外し、恵医師に手渡した。それを受け取った恵医師は、袋の中身を手のひらに少量をとり、鼻を近づけた。
「やはり」
恵医師は目を閉じ、緩やかに首を振る。
「どうしたのだ?」
「当門子、別名麝香が混入しています」
麝香と聞いて、皆が息を飲んだ。
「ご存知だと思いますが、麝香には産気づける作用があり、分娩を促進し、流産の可能性を大きくしてしまう効果があります。たとえ少量でも気づかずに麝香の香りをかいでいれば、皇后さまの胎児はいずれ流れていたでしょう。麝香は鎮静、強心剤といった症状には有効ですが、妊婦にとっては香りを嗅ぐだけで禁忌の香です」
華雪は歯をがたがたと鳴らし、口元に手をあてた。
「ああ……」
呻き声をもらし倒れそうになる皇后を、すかさず赦鶯は支える。
「何故、そんなものを持っていた! そいつも死罪を言い渡す!」
「待ってください! これは景貴妃さまに頂いた香り袋です! 私は中身が何が入っているかなど知りませんでした。それに、私には麝香の香りがどんなものか分からなかったのです!」
華雪は景貴妃に助けを求める。
「景貴妃さま、そうでございますよね! どうかお助けを!」
しかし、華雪の懇願もむなしく、数名の太監によって春雪と同様、連れ去られていく。
「景貴妃、どういうことだ? 説明をしろ」
「ああ……なんてこと」
厳しい声音で問い詰められ、景貴妃は手巾を目元にあてよろめいた。お付きの侍女が景貴妃の身体を支える。
「確かに華雪を送り出す時に香り袋を持たせましたわ。まさか皇后さまが懐妊していたなんて知りませんでした。本当です。恵医師、もう一度その袋の中をよく確かめてみて」
景貴妃に言われ、恵医師は袋の中身を丹念に調べる。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「どうした? 言ってみろ」
「これは澡豆です」
澡豆とは洗い粉のことで、これで顔や身体を洗うと肌を白くして肌荒れを治し、きめを細かくする化粧料だ。
「澡豆の材料は、大豆や赤小豆粉に胡粉、土瓜根、白檀、そして……」
「続けよ」
「麝香です……」
目元を手巾で覆うその下で、景貴妃はにやりと口元を歪めて嗤う。
「そう、それは澡豆ですわ。澡豆は麝香などの生薬を配合したもので作られる、とても貴重なもの。私はこれまでの華雪の働きを労いそれを贈っただけ。いいえ、配慮の足りなかった私のせいね。ああ陛下、どうか罪深き私を罰してください」
景貴妃は涙を流し、陛下の足元にひざまずく。
「立つがよい。知らなかったのなら仕方がない。それにそなたが侍女思いなのも分かった。そなたを責めているわけではない」
「陛下のご温情に感謝いたします。このことを肝に銘じ、これからも皇后さまのためにお仕えいたします」
眉宇をひそめ、健気な表情で景貴妃は涙を拭う。
赦鶯陛下は恵医師を指差す。
「恵医師と言ったな、そなたのおかげで皇后も産まれてくる子も助かった。褒美をつかわそう。何がよいか申せ」
「ありがたき幸せ」
恵医師は拝礼をし、礼を述べる。
「ですが僭越ながら陛下、褒美を与えるのでしたら、私ではなく蓮花にお与えください。羹の中身を詳しく調べよと申したのも、皇后さまの居室にかすかに残る麝香の香りに気づいたのも、すべて他ならぬ蓮花でございます」
「実直な男だな。気に入った恵医師とやら。約束通り褒美は与えるので考えておくがよい」
赦鶯はにやりと笑った。その顔はどこか嬉しそうでもあった。
「これで蓮花の疑いは晴れたな。いますぐ牢から出せ」
「陛下!」
恵医師は再びひれ伏す。
「おそれながら蓮花より、陛下にお伝えしたいことがあるそうです」
「なんだ? 遠慮は無用だ。言ってみろ」
「こたびの件にかかわった春雪と華雪を、死罪にするのだけはどうかお許しくださいとのことです」
それまで上機嫌だった赦鶯は不愉快そうに眉を寄せた。
「恵医師、これ以上のことにあなたが口を挟むべきことではありません。さあ、早く下がりなさい」
皇后は恵医師の行動を諫め、陛下の機嫌が損なわないうちに下がらせようとする。
「いいえ、それは皇后さまのためでもあるのです」
「皇后のためだと?」
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