58 / 76
第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ
3 あらゆる可能性にかける
しおりを挟む
陛下が暗殺されたという事件は、瞬く間に宮中に広まった。
妃嬪たちが心配そうな顔で、陛下の住まう宮殿に次々と集まって来る。
「陛下の容体は?」
真っ青な顔で現れた凜妃は、陛下が眠る寝台にひざまずき、はらはらと泣き崩れる。
寝台を覗くと、赦鶯が苦しげに呻いている。
ひたいには汗が浮かび、唇も紫色だった。
「毒矢に打たれたというのは、本当なの?」
侍医はいいえ、と首を振る。
「陛下の身体に二カ所傷がありました。一つは矢がかすめた肩ですが、矢には毒は塗られていませんでした。そして、もう一つが脇腹。剣で斬りつけられた傷で、こちらから附子の毒が検出されました」
「解毒は? 目を覚ますわよね?」
「すぐに調合して飲ませました。が……」
侍医たちは揃って皇后の前にひざまずいた。
「申し訳ございません。芙答応さまから、附子の毒に甘草乾姜湯が効くかもと聞き処方しました。ですが、本来附子の毒に有効な解毒剤は存在しないのです。あらゆる手をつくしました。あとは陛下の気力しだいです」
「手をつくしたですって! 他に助かる方法がないか考えなさい! 陛下にもしものことがあれば、おまえたち全員の首を刎ねてやる!」
そう声を張り上げたのは、景貴妃であった。
「精一杯つくします」
そんなやりとりを離れたところで見守っていた蓮花は、ゆっくりとした足取りで寝台に眠る赦鶯の側に立った。
「思い出した。昔、医師だった父から聞いたことがあるの」
ぽつりと口を開いた蓮花を、みながいっせいに注目する。
「附子の解毒に黒豆を煮たものを食べるといいと。使われた毒が少なければ助かるかも」
蓮花の言葉に侍医たちは互いに顔を見合わせ、困った笑いを浮かべる。
医師ではない小娘が、何をバカなことを言っていると思っているのだろう。
「恐れながら芙答応さま、そんな話は聞いたことがありません」
うつむきながら失笑をこぼす侍医たちの姿に、蓮花は悔しい思いを抱く。
「やってみなければ分からないでしょ! 陛下を救いたくないの!」
「芙答応さまの仰ることは、ごもっともです。できない、無理だとあきらめるのではなく、あらゆる可能性にかけ試してみるべきではないでしょうか」
部屋に入ってきたのは恵医師であった。彼の手には小さな器が載っていて、その中には黒豆を煮たものがあった。
「恵医師、それは黒豆?」
「はい。昔、師と仰いだ方から教わりました」
恵医師は器を蓮花に手渡した。
「ありがとう、感謝するわ」
「早く陛下に」
蓮花は匙で黒豆をすくい、陛下の口に流し込んだ。
意識はもうろうとしているが、それでも陛下は黒豆を数回噛み飲み込んでくれた。
生きようと、陛下も戦っている。
「附子の毒は二十四時間たつと無毒化されます。つまり、二十四時間以上生存すれば、回復する可能性は大きいです。とにかく、医師としてできる限りのことをするつもりです」
恵医師の説明に、それまで蓮花のことを嘲笑っていた医師たちも反省の色をみせる。
ふと、蓮花は寝台の脇、陛下の枕元の辺りに視線を向けた。
「しばらくみな、下がってもらえないでしょうか」
「何を言っているの! おまえごときがこの私に出て行けというの! 誰かこの無礼な女をつまみ出せ!」
景貴妃が目をつり上げ蓮花を怒鳴りつける。しかし、蓮花が数珠を取り出したのを見て皇后は何かを悟ったようだ。
「みな、下がりなさい。景貴妃、あなたもよ」
「皇后さま、どういうつもりですか! その女と陛下だけをこの場に残すと言うの? そうよ、狩りの場で、従者たちが駆けつけた時、その女が陛下の側にいたと聞いたわ。ならば、陛下を殺したのはその女ではないの!」
どうやら、陛下を殺したのは蓮花だと景貴妃は疑っている。しかし、皇后は景貴妃の世迷い言に惑わされることはなかった。
「景貴妃、これは命令です。下がりなさい」
厳しい声で釘を刺され、景貴妃は言葉を飲み込む。しかし、いまだ凜妃は座り込んだまま泣きじゃくっていた。
蓮花は凜妃の肩に手を添え立ち上がらせた。
「凜妃さま、ここはあたしに任せてください」
蓮花は凜妃に仕える侍女と太監を見る。ふと、蓮花の目が太監にとまった。
「どうしたの目のあたり? 荒れているようだけど」
太監は恥ずかしいというようにうつむき、顔に手をあてた。
「凜妃さまにお知らせしようと慌てていて、顔から転んでしまいました」
「痛々しそう。後で薬を届けるから。ちゃんと手当をして」
「ありがとうございます」
皇后の命令通り、皇后、妃たち、この場にいた者全員が部屋から出て行く。
部屋には蓮花と寝台で眠る赦鶯だけとなった。
蓮花の目が寝台脇にそれる。
妃嬪たちが心配そうな顔で、陛下の住まう宮殿に次々と集まって来る。
「陛下の容体は?」
真っ青な顔で現れた凜妃は、陛下が眠る寝台にひざまずき、はらはらと泣き崩れる。
寝台を覗くと、赦鶯が苦しげに呻いている。
ひたいには汗が浮かび、唇も紫色だった。
「毒矢に打たれたというのは、本当なの?」
侍医はいいえ、と首を振る。
「陛下の身体に二カ所傷がありました。一つは矢がかすめた肩ですが、矢には毒は塗られていませんでした。そして、もう一つが脇腹。剣で斬りつけられた傷で、こちらから附子の毒が検出されました」
「解毒は? 目を覚ますわよね?」
「すぐに調合して飲ませました。が……」
侍医たちは揃って皇后の前にひざまずいた。
「申し訳ございません。芙答応さまから、附子の毒に甘草乾姜湯が効くかもと聞き処方しました。ですが、本来附子の毒に有効な解毒剤は存在しないのです。あらゆる手をつくしました。あとは陛下の気力しだいです」
「手をつくしたですって! 他に助かる方法がないか考えなさい! 陛下にもしものことがあれば、おまえたち全員の首を刎ねてやる!」
そう声を張り上げたのは、景貴妃であった。
「精一杯つくします」
そんなやりとりを離れたところで見守っていた蓮花は、ゆっくりとした足取りで寝台に眠る赦鶯の側に立った。
「思い出した。昔、医師だった父から聞いたことがあるの」
ぽつりと口を開いた蓮花を、みながいっせいに注目する。
「附子の解毒に黒豆を煮たものを食べるといいと。使われた毒が少なければ助かるかも」
蓮花の言葉に侍医たちは互いに顔を見合わせ、困った笑いを浮かべる。
医師ではない小娘が、何をバカなことを言っていると思っているのだろう。
「恐れながら芙答応さま、そんな話は聞いたことがありません」
うつむきながら失笑をこぼす侍医たちの姿に、蓮花は悔しい思いを抱く。
「やってみなければ分からないでしょ! 陛下を救いたくないの!」
「芙答応さまの仰ることは、ごもっともです。できない、無理だとあきらめるのではなく、あらゆる可能性にかけ試してみるべきではないでしょうか」
部屋に入ってきたのは恵医師であった。彼の手には小さな器が載っていて、その中には黒豆を煮たものがあった。
「恵医師、それは黒豆?」
「はい。昔、師と仰いだ方から教わりました」
恵医師は器を蓮花に手渡した。
「ありがとう、感謝するわ」
「早く陛下に」
蓮花は匙で黒豆をすくい、陛下の口に流し込んだ。
意識はもうろうとしているが、それでも陛下は黒豆を数回噛み飲み込んでくれた。
生きようと、陛下も戦っている。
「附子の毒は二十四時間たつと無毒化されます。つまり、二十四時間以上生存すれば、回復する可能性は大きいです。とにかく、医師としてできる限りのことをするつもりです」
恵医師の説明に、それまで蓮花のことを嘲笑っていた医師たちも反省の色をみせる。
ふと、蓮花は寝台の脇、陛下の枕元の辺りに視線を向けた。
「しばらくみな、下がってもらえないでしょうか」
「何を言っているの! おまえごときがこの私に出て行けというの! 誰かこの無礼な女をつまみ出せ!」
景貴妃が目をつり上げ蓮花を怒鳴りつける。しかし、蓮花が数珠を取り出したのを見て皇后は何かを悟ったようだ。
「みな、下がりなさい。景貴妃、あなたもよ」
「皇后さま、どういうつもりですか! その女と陛下だけをこの場に残すと言うの? そうよ、狩りの場で、従者たちが駆けつけた時、その女が陛下の側にいたと聞いたわ。ならば、陛下を殺したのはその女ではないの!」
どうやら、陛下を殺したのは蓮花だと景貴妃は疑っている。しかし、皇后は景貴妃の世迷い言に惑わされることはなかった。
「景貴妃、これは命令です。下がりなさい」
厳しい声で釘を刺され、景貴妃は言葉を飲み込む。しかし、いまだ凜妃は座り込んだまま泣きじゃくっていた。
蓮花は凜妃の肩に手を添え立ち上がらせた。
「凜妃さま、ここはあたしに任せてください」
蓮花は凜妃に仕える侍女と太監を見る。ふと、蓮花の目が太監にとまった。
「どうしたの目のあたり? 荒れているようだけど」
太監は恥ずかしいというようにうつむき、顔に手をあてた。
「凜妃さまにお知らせしようと慌てていて、顔から転んでしまいました」
「痛々しそう。後で薬を届けるから。ちゃんと手当をして」
「ありがとうございます」
皇后の命令通り、皇后、妃たち、この場にいた者全員が部屋から出て行く。
部屋には蓮花と寝台で眠る赦鶯だけとなった。
蓮花の目が寝台脇にそれる。
18
あなたにおすすめの小説
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる